2026年10月18日業界動向

10月前半のM&A動向 ― 債務超過32億円の会社が売れ、非開示だった価格が3か月後に出た

2026年10月1日から17日までに公表された適時開示から、譲渡側が中小企業だった案件を拾いました。純資産△32億円の会社が買われた例、取得価額14億500万円を全額借入でまかなった例、契約時は非開示だった価格が3か月後に79億円と開示された例、香港の子会社が1香港ドルで売られた例。開示された数字のまま整理します。

10月前半のM&A動向 ― 債務超過32億円の会社が売れ、非開示だった価格が3か月後に出た

2026年10月1日から17日までの適時開示から、譲渡側が中小企業だった案件を拾いました。上場企業同士の経営統合と海外案件は除いています。数字はすべて買い手の開示資料に基づくものです。

前回(9月後半)の動向では、再生手続き中でもスポンサーが付く例と、異業種が地場の会社を買う例を取り上げました。今回目立ったのは、貸借対照表が傷んでいても事業が黒字なら買われることと、非開示だった価格が後から出てくることの2つです。

純資産△32億円の会社が、100%買われた

10月6日、ヨシムラ・フード・ホールディングスが、日本罐詰(北海道河西郡芽室町)の全株式を取得すると開示しました。明治からの譲受です。

数字はこうなっています(2026年3月期)。

金額
売上高 30億4,100万円
営業利益 2億900万円
総資産 34億8,100万円
純資産 △32億3,700万円

負債が67億円あり、32億円の債務超過です。それでも買い手が付きました。

理由は営業利益を見れば分かります。2024年3月期から1億7,800万円→2億1,300万円→2億900万円と、3期連続で黒字です。十勝の契約農家との調達網、国産冷凍コーンの高いシェア、FSSC 22000に基づく食品安全管理体制。これらは貸借対照表には出てきません。

ただし、売り手が大手だったことは効いている

開示には、譲渡に先立って明治を割当先とする第三者割当増資で債務超過を解消すると書かれています。つまり買い手が引き受けたのは、債務超過が解消された後の会社です。

オーナー個人が売り手の場合、同じことはできません。この案件をそのまま自分に当てはめるのは無理があるということです。

とはいえ、債務超過でも会社は売れるのかで書いたとおり、見られているのは純資産ではなく事業が生む利益です。日本罐詰は、その原則がはっきり出た例でした。

取得価額は守秘義務により非開示ですが、「のれんは発生しない予定」と書かれています。取得価額が対象の時価純資産を上回らない水準だった、ということが読めます(取得価額が非開示でも金額を読む方法)。

14億500万円を、全額借入で払った

10月13日、セキュアが日東通信(宮城県仙台市、1971年創業)を取得すると開示しました。電気通信工事業で、宮城県の入札格付は最上位の「Sランク」。

  • 売上高 27億1,800万円
  • 営業利益 6,400万円(経常利益 1億8,900万円)
  • 純資産 12億5,600万円
  • 取得価額 14億500万円(別途アドバイザリー費用1,800万円)

取得資金は全額、みずほ銀行からの借入です。14億500万円、無担保・無保証、返済期日2033年11月30日。

倍率の見え方には注意が要ります。直近期の営業利益6,400万円で割ると21.9倍ですが、経常利益1億8,900万円で割れば7.4倍。営業利益は3期で1億500万円→1億7,700万円→6,400万円と振れています。直近1期だけで倍率を見ると実態から外れます(営業利益の何倍で売れるのか)。

売り方のほうが参考になる

社長は、譲渡にあたって次の順で動いています。

  1. 日東通信が保有していた自己株式14,800株(18.5%)を消却する
  2. 残った社長の持分81.5%が、消却によって100%になる
  3. 社長が単独株式移転で持株会社を新設し、日東通信をその傘下に入れる
  4. 買い手は持株会社の株式を取得する

自己株式を消却して持分を100%にしてから売る、という手順です。買い手が求めるのは通常100%なので、名義株・少数株主の整理は売る前に済ませておく必要があります。持株会社を挟む形の意味は持株会社にしてから売るに書きました。

非開示だった価格が、3か月後に79億円と開示された

10月14日、TSIホールディングスが、7月に契約した東洋エンタープライズ(「テーラー東洋」「バズリクソンズ」)とレイラニトレーディングの取得価額を開示しました。

2社合計で79億900万円(別途アドバイザリー費用1,400万円)。

7月の開示では「取得相手先が個人のため非開示」とされていた金額です。2社合計の営業利益10億4,500万円に対して、約7.6倍にあたります。

「非開示」は「永久に分からない」ではありません。決算短信に載せる段階で開示されることがあります。自分の会社の相場を調べている方は、過去に非開示だった案件を後から見直す価値があるということです。

沖縄の歯科器材卸の取得が完了した

10月16日、メディカルネットが、9月に公表していた板倉歯科器材店(沖縄県那覇市、1975年設立、資本金600万円)の取得完了を開示しました。連結子会社のオカムラが100%を保有します。

同社はこの1年で、吉見歯科器械店(2025年3月)に続いて2社目の歯科器材卸の取得です。同じ業種の小さな会社を地域ごとに買い集めていく形は、買い手の典型的な動き方のひとつです。自分の会社の業種で誰が買い集めているかは、業種別に見る買い手と買い手名鑑で確かめられます。

1香港ドルで売られた子会社

10月14日、クリエイト・レストランツ・ホールディングスが、香港の飲食子会社香港創造餐飲管理有限公司の全株式を、1香港ドルで譲渡すると開示しました。

  • 売上高 2億5,600万円(3期で5億2,100万円→4億800万円→2億5,600万円)
  • 営業利益 △500万円
  • 純資産 △2億6,700万円

売上が3期で半減し、債務超過。この状態での譲渡価格が1香港ドルです。

日本罐詰と並べると分かりやすいと思います。同じ債務超過でも、営業利益が出ているかどうかで値段がまったく違います。日本罐詰は毎期2億円の営業利益があり、こちらは営業赤字でした。

1円で会社を売るということに書いたとおり、1円(1香港ドル)は「価値がゼロ」という意味ではありません。負債を引き受けてもらうことそのものが対価になっている形です。

今回の5件から読み取れること

案件 対象の状態 価格
日本罐詰 債務超過32億円・営業黒字2億円 非開示(のれん発生せず)
日東通信 黒字・純資産12.6億円 14億500万円
東洋エンタープライズ他 黒字・利益率21% 79億900万円(2社計)
板倉歯科器材店 非開示 非開示
香港創造餐飲 債務超過2.7億円・営業赤字 1香港ドル

見られているのは純資産ではなく、事業が利益を生んでいるかどうかです。債務超過でも営業黒字なら買い手は付き、債務超過で営業赤字なら1円になる。この2件が同じ2週間に出たのは分かりやすい対比でした。

自分の会社がどの位置にいるかは、買い手名鑑のマッチングで、売上・業種・利益を入れると近い買収をしている会社が出ます。


数字はすべて各社の適時開示によるものです。記載に誤りを見つけられた場合はお問い合わせからご連絡ください。

出典:各社の適時開示