【売却体験談】24歳で株式50%を譲渡、半年で売上8倍 ― VOYAGE 千葉瑛太氏
- 業種
- マーケティング支援(LINE運用・採用支援)
- 年商
- 月商700万円(譲渡時)
- 譲渡形態
- 株式譲渡(50%・現金)
- 譲渡価格
- 数千万円台前半
- 所要期間
- 約6ヶ月

M&Aの目的は、たいてい「出口」です。事業を手放し、対価を得て、次へ向かう。
千葉瑛太さん(VOYAGE代表)の選択は違いました。株式の50%だけを譲渡し、自身は代表として残る。 目的も対価ではなく、成長スピードを上げることでした。結果、譲渡から半年で売上は約8倍になっています。
24歳。高校卒業後に起業し、世界を旅しながら事業を作った経営者に、「売却」ではないM&Aの形を伺いました。
ヒッチハイクで乗せてもらった車の中で、進路が変わった
2020年、高校を卒業。イギリスの大学へ進学する予定でしたが、コロナで入学が半年遅れることになりました。その空白期間、日本を旅していた時のことです。ヒッチハイクで乗せてくれた人が、自分でパソコンで仕事をしているフリーランスだった。
そこで「あ、仕事ができるんだ」というのを初めて経験して
進学をやめ、起業します。19歳でした。最初の1年は失敗の連続だったといいます。プログラミング、デザイン、SNS運用。試しては、うまくいかない。その中で行き着いたのがLINEを活用した集客・採用支援でした。
最初の顧客は「0円でいいので」
営業の入り口は、SNSのDM。そして提案の中身が印象的です。
0円でいいのでやらせてくださいと。その代わり、成果が出たら、それを実績として使わせてもらってもいいですか、と
そこから5万円、6万円、10万円と単価が上がり、以降はほぼ顧客からの紹介で広がっていきました。
LINEマーケティングの中身は、抽象的に見えて総合格闘技のようだと千葉さんは言います。LINEはYouTubeの再生回数と違い、問い合わせや面談設定といった売上に直結するコンバージョンに近い。登録してきた人にどのタイミングで、どんな文章・動画・音声を配信するか。マーケティングの視点とライティング力が複雑に絡み合う。加えて、LINEはメールや電話と違って日常の中にあり、常に見られる媒体だ、と。
「旅行した記憶はほとんどない」
2023年頭から、海外へ出ます。スペイン、フィンランド、東南アジア。時差8時間の場所から仕事をしていました。ただし、想像するような生活ではなかったようです。住む家が違うところに移る感覚で国を移動し、日中は朝から夜までずっと仕事。
旅行したとか観光に行ったという記憶は、ほとんどなくて
顧客が増えて一人では回らなくなると、旅先で出会った日本人や学生時代の友人に業務委託で仕事を振るようになります。1人で海外を旅していても飽きるし、寂しい。
みんなもお金があったら一緒に海外にいながら生活できるなと思ったので、全部自分ができたことを教えようと
2024年7月に帰国し、法人化。組織は全員が業務委託でした。
譲渡時の数字
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 顧客数 | 30社ほど |
| 月商 | 約700万円 |
| 利益率 | 約7割 |
| 月次の残り | 500万〜550万円 |
| 組織 | 全員業務委託 |
利益率7割。固定費がほぼないモデルです。
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)は、この構造を時代の変化として整理していました。昔は人を増やさないと売上が上がらず、日本は年収の35%ほどが採用コストとして取られる、海外と比べても採用コストが高い国。そこにAIとフリーランスという2つの変化が重なった。少人数で大きな仕事ができ、採用コストもかからない。立ち上げ初期から高利益率の事業を作れる時代になった、という見方です。
なぜ50%だったのか
売却額は数千万円台前半で、現金で受け取っています。月商700万円・利益率7割という数字からすると、決して高い水準ではありません。しかし本人は、そこを重視していませんでした。一般的な評価額で言えば別の数字もあったかもしれないが、自分が一番重視したのは、伸びていく会社と組めること。
単純にお金だけじゃなくて、そこと組むことによって自分の名前というところと、個人では届かないことが組めるみたいな視点で選んでいた
選定基準は明確でした。
成長できる環境か、かつ、いい上司がいてくださるか
理由が2つ語られています。ひとつは自分自身のため。
自分が全然社会に馴染んでなかったんですよ。なのでちゃんと社会の一員として、めちゃくちゃ鍛えられたいと思ったんですよね
もうひとつは、仲間のためでした。一緒に事業をやっている仲間も若いメンバーが多く、彼らの成長の責任も自分は担っていた。20代後半、30代になったときにどこでも戦える人材になってほしいし、自分もそうなりたかった。
相手は、すでに取引していた会社だった
譲渡先は、溝口勇児氏が率いるバックステージ(リアルバリュー、ブレイキングダウン、ノーボーダーなどを手がける)です。出会いは仕事でした。2024年5月ごろ、あるYouTuberが学長を務めるSNSの大学のリリースにあたり、コンテンツはできているがLINE運用に強い人がいない。取引先だった上場企業の事業部長が千葉さんを紹介し、その事業に携わったのがバックステージとの初対面でした。
声をかけてくれた候補は3社ほど。すべて発注先、つまり顧客でした。
「取引そのものが、最良のデューデリジェンス」
この構造について、吉岡氏の指摘が的確でした。
M&Aの中でいいのが、本当にお取引をするというのが、一番いいデューデリジェンスというところでございまして
すでに一緒に仕事をしているので、質が高いと判断できる。実際のデューデリジェンスも軽く済んでいます。事業面はすでに理解されており、財務は親会社のCFOが確認、雇用契約は全員業務委託のため論点が少ない。通常であれば、事業DDでExcelに100項目ほどの質問が並び、法務DDで顧客との契約書や雇用契約を確認し、財務DDで売上利益の計上方法を検証する、という流れになります(デューデリジェンスで何を見られるか)。先に一緒に働いていれば、その多くは終わっているということです。
条件面も緩やかでした。溝口氏は基本的に任せてくれるので、それ以上の条件は特にない。バックオフィスとマーケティング支援は親会社が持ち、必要があれば増資すると言われている。一気に踏みたいときに踏める状況だ、と。
「強者のM&A」という買い方
もうひとつ、買い手の性質についての解説が示唆的でした。普通のM&Aは完成されたものを利益の3〜5年分で買って回収していく。しかしこの案件は違う、と吉岡氏は見ます。グループインすると売上が5倍10倍と伸びていくので、現状にはいい意味で興味がない。売上が少なければ自分たちで伸ばせばいい、という「強者のM&A」。だから見るのは、いまの数字ではなくプロダクトの質と事業の拡張性、そして人柄が共鳴するか。千葉さん自身も、この見立てに同意していました。
なお溝口氏が使っていた「ケーパビリティ」という言葉が印象的だった、とも語られています。グループにLINE周りの能力が不足しており、そのピースとして千葉さんが必要だった、という構図です。
検討開始から成立までは半年ほど。一般的なM&Aは6ヶ月〜1年程度とされますが、ITやベンチャー領域では4ヶ月以内に決まるケースも4割ほどあるといいます。
半年で、売上8倍
譲渡後の変化は明確でした。半年経った今月の着地が6,000万〜7,000万円。月商700万円から、大体8倍です。何が起きたのか。グループ内のあらゆる事業のLINEマーケティングを担うようになりました。
- リアルバリュー、ブレイキングダウン、ノーボーダーといった番組・メディア事業
- ブレイキングダウンのペーパービュー(視聴の拡大、リピート購入の設計)
- グループが経営する美容クリニックのマーケティング
いろいろな事業のモデルに触れて、日々データが溜まっていく。これがめちゃくちゃ面白い、と。しかもYouTubeであれだけ有名な人たちと一緒に仕事ができる。
しかも、まだアクセルを踏み切っていません。 千葉さんは、グループの看板番組にまだ出演していないのです。ベストなタイミングで出ようと思っている。出たら異常に問い合わせが来る。
来すぎてやばい、デリバリーできないということになる
だからいまは組織の強化と採用に集中し、体制が整ってから一気に出る。需要を作る前に、供給を整えているという順序です。
売却して分かったこと ――「会社に価値がつく」とは何か
良かったことを尋ねられて返ってきた答えが、この記事で最も本質的な部分でした。会社に価値がつくとはどういうことなのか、を考えるきっかけをもらった。市場なのか、プロダクトなのか、組織なのか。これまで「フリーランスと私」だったのが、人間ではなく対象として評価してもらえるか。
私が寝ていても、私がいなくても、仕組みがあって、再現性のある状態で常に回っているのかというところを意識した
これは、多くの回で繰り返し出てきた論点そのものです。買い手が警戒するのは社長個人に紐づいた利益であり、価格を決めるのは「仕組みで回っているか」でした(売却価格を上げる5つの打ち手、IT・システム開発会社のM&A売却相場)。
M&Aを経験することで、その視点が経営に入ってきたというのが、千葉さんにとっての最大の収穫だったようです。
ネガティブな面については、正直そんなにない。強いて言うなら、より数字と日々向き合うことが、楽しくもプレッシャーにもなる。自社の成長とグループ全体の最適化の2軸を常に考えている。それが負荷であり、同時に成長の機会でもある、という説明でした。
生活はほとんど変わっていない
まとまった現金が入りましたが、もともと海外を旅して常にバックパック1個で生活し、物を所有するよりシェアすることが多かった。変わったのは、自分が使うお金がどう事業につながっているかをより考えるようになったこと。そして、旅のスタイルをやめたことでした。そのスタイルにも飽きていたし、一度きちんと身を置いて本気で向き合いたい。家を借り、グループのオフィスがある浜松町の近くに住み、そこに入って働いています。
「成長のためのM&A」という選択肢
吉岡氏は、この案件を今後の潮流として位置づけていました。通常のM&Aは100%売却してロックアップや引き継ぎをして、あとはさようなら、というケースが多い。しかしこれからは、会社を成長させるためのM&Aという時代が来るのではないか。そして、50%を手放した意味をこう整理します。人生一度きりなので、10年20年経営して泣かず飛ばずの状態より、仮に半分手放しても売上が数倍、100倍になるなら、会社の価値が上がってその半分を持っている形になる。
保有比率ではなく、保有している資産の価値で考える。 この案件はその考え方を、半年で実証した形になりました。
もっとも、これは事業を伸ばしたい若い経営者の選択です。後継者不在で引退を考える社長にとっては、まったく別の判断軸になります(M&Aで会社を売るメリット・デメリット)。M&Aには出口としての形と、成長手段としての形の両方がある、という理解が現実に近いはずです。
この記事のポイント
- 100%譲渡だけがM&Aではない。 50%を手放して成長を取る形もある
- 保有比率ではなく、保有している資産の価値で判断する
- すでに取引のある相手は、最良のデューデリジェンスを済ませた相手でもある
- 買い手によっては「いまの数字」より拡張性と人柄の共鳴を見る
- 「私がいなくても、仕組みで回るか」――M&Aを経験すると、この視点が経営に入る
- 需要を作る前に、供給体制を整える。アクセルを踏む順番にも設計がいる