【売却体験談】あえて49%にとどめてもらった ― 買い手にPMI経験がなかったから ペライチ 橋田一秀氏
- 業種
- SaaS(ノーコードのホームページ作成)
- 年商
- 無料ユーザー60万人・数%が有料化
- 譲渡形態
- セカンダリー+増資(49%)→ 2段階目で創業者持分を譲渡
- 譲渡価格
- 非公開(4回の調達額は5,000万→1.5億→2億→5億円)

買い手は「30%から100%のどこでもいい」と言いました。普通なら、高く買ってもらえる方を選びます。しかし橋田一秀さんは、49%にとどめてもらうよう交渉しました。理由が明快です。
ラクスルって、大型の買収やPMIをまだやってない会社だった
その3年後、残りの持分を譲渡しています。判断の中身を伺いました。
9年で無料ユーザー60万人
橋田さんはNTTデータ、うるるを経て、2014年に株式会社ホットスタートアップ(現・ペライチ)を創業しました。サービスは、HTMLが分からない人でもホームページを作れるノーコードツール。フリーミアムモデルで、無料ユーザーは9年で約60万人。そのうち数%が有料会員になる構造です。資金調達は4回。毎回10〜20%程度を放出する、標準的な進め方でした。
| ラウンド | 調達額 |
|---|---|
| 1回目(2015年秋) | 5,000万円 |
| 2回目 | 1.5億円 |
| 3回目 | 2億円 |
| 4回目(2020年) | 5億円 |
2020年に起きたこと ―― 株主の入れ替え
4回目のラウンドが、この記事の主題です。コロナで状況が変わっていました。ペライチの顧客はスモールビジネスや中小企業が多く、対面で商売できなくなって大変なことになった。だったらインターネットを使ってやらなければ、と——
一気に5年分のDXが進んだ
追い風のタイミングで、2020年5月ごろから調達を検討します。VCも候補にありましたが、別の縁がありました。ラクスルの元CFOで現社長の永見氏が、3回目のラウンドにエンジェルとして参加していたのです。
永見さんのエンジェル投資1件目がうちだったんですよ
調達を進めると相談したところ、CFOのバックグラウンドがあるので資金調達の手伝いはする、と言われた一方で、ラクスル本体としての出資検討もしてもいいか、と提案されます。ラクスルは中小企業のマーケティング領域を印刷やCMで手がけていたが、Webの媒体は持っていなかった。事業は被らず、一緒にやれる機会があれば面白い、と。
そして、買い手側の条件が独特でした。
ラクスル的には「20%未満で出資してもあんまりパワーをかけられない。だからやるならシェアで言うと30%以上ぐらい欲しい」
なんなら30から100の間で検討する、と。VCの本格的な検討に入る前に、橋田さんはラクスルがいいと決めていました。もともとエンジェルで入ってもらっていて中のことを分かっている。お金だけでなくノウハウがある。ラクスルが成長してきた過程をそのままインストールできれば、事業成長の再現性があるのではないか、と。
なぜ49%だったのか
橋田さんの判断理由は2つでした。
1つ目、まだ自分たちでやりたかった。
創業者3人でそこまで6年ぐらい事業をやってきたんですけど、まだまだやりきってないなと思った
2つ目が、この記事でもっとも実務的な指摘です。 ラクスルは大きい買収をしておらず、PMIがうまくいくか分からない。周りでM&Aされた会社をたくさん見ていて、PMIは本当に難しいと知っていた。だから、線を引きました。
51%以上持たれて子会社になるのは、最悪引き返せないんで、ちょっとその手前ぐらいでなんとか今回は着地しよう
51を渡すのではなく、ギリギリ50未満でお願いします、と。結果として、外部株主が保有していた40%弱をラクスルがセカンダリーで買い取り、さらに増資を引き受けたことで、持分は49%に着地しました。創業者側は51%を維持しています。
買い手のPMI経験を、持分比率で調整する。 この発想は、他の事例からも裏づけられます。吉松誠二さんは「買い手も初めてのM&Aだったので統合の正解が見つからなかった」と語り、井戸裕哉さん(on the bakery)は「買い手がM&Aに慣れていたのでスムーズだった」と述べています。
買い手の経験値は、譲渡後の負担に直結します。 経験の浅い相手なら、いきなり過半を渡さないという選択肢がある(PMIで何が起きるか、トップ面談で何を確認するか)。
なぜ事業会社を選んだのか
もうひとつの論点は、VCではなく事業会社を選んだことです。橋田さんの見立てはこうでした。
ペライチの2020年が、ラクスルの2014年ぐらい。調達している金額は全然桁違いですけど、社員数20人とか30人ぐらいで、ここから大きく成長するみたいなタイミング
そこからの事業成長のさせ方や組織の作り方がめちゃくちゃ参考になるのではないか。がっつり出資してもらって伴走してもらったら、一番成長する、と。
実際、出資後の伴走は具体的でした。コロナの追い風で最初の半年はオーガニックで伸びていたが、波が落ち着いてきた時期にマーケティング戦略を話し合い、ラクスルのCMサービス「ノバセル」でCMのテストをした。とくに良かったのは組織作りで、正社員20人台から社員をどう増やし、どういうチームを作るかに具体的に入ってもらい、採用のやり方も大きく変えた。事業もその方針に沿って成長していった、と。
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)は、この構造の希少性を指摘しています。セカンダリーで分散していた株式を1つの事業会社に持ってもらい、事業シナジーで伸ばして残りを2段階でイグジットする例はあまりない、と。そして、VCとの違いも明確に述べています。エンジェルやVCのおかげで、一番最初の発射台には乗れる。
一方で、ガチンコの事業シナジーはVCやエンジェル投資家の方とは生まれづらい
お金を出してもらったうえで、さらにそれをすべてVC・エンジェルに求めるのもいかがなものか、と。
資金を出す相手と、事業を伸ばす相手は別です。 成長フェーズが変われば、必要な株主も変わる。セカンダリーは、その入れ替えを可能にする手段になります。
2段階イグジットとして見ると
このケースを2段階イグジットとして整理すると、こうなります。
| 段階 | 時期 | 内容 |
|---|---|---|
| 1段階目 | 2020年秋 | 外部株主分をセカンダリーで譲渡+増資。買い手が49% |
| 経営期間 | 2020〜2023年 | 創業者が51%を維持したまま経営を継続 |
| 2段階目 | 2023年 | 創業者持分を譲渡。全役職を退任 |
過半を渡さないまま伸ばし、その成果を反映した価格で残りを売る。 構造としては、他の2段階イグジットと同じ狙いです。ただし決定的に違うのが、この期間中の経営権が売り手側にあった点です。熊谷豪さん(シングラー)のケースでは買い手が過半を取得しており、伸ばした成果の帰属をめぐって最終局面で揉めています。
51%を保持したまま伸ばせば、その成果は自社の実績として明確に残ります。 利益の帰属をめぐる争点そのものが生じにくい(株式譲渡契約で確認すべき条項、価格交渉の進め方)。
譲渡後 ―― 「時間を買う」お金の使い方
2023年4月に全役職を退任。生活の変化について、金額は言えないが、自分と家族が今後生活するのにまったく困らないくらいのお金はもらった。ただし使えばなくなると思っているので、節度を守っている。何が良くなったかというと——
ノールックでタクシーに乗れるようになったぐらいとか
日常のお金の使い方について考えなくてよくなると、時間の価値が上がる。大切な人とどう時間を過ごすか、ご機嫌に過ごすか。金曜の夜に混んだ電車で帰ることはなくなり、家まで高速に乗って1万円のタクシーも普通に使う。かといって昼間は電車にも乗る。時間を買うお金の使い方をより多くするようになった、と。
75社へのエンジェル投資
一番お金を使ったのはエンジェル投資でした。同時に株式会社BOOTを設立し、スタートアップ支援を始めています。渋谷駅から徒歩5分に、スタートアップが無料で使えるコミュニティスペースを運営。エンジェル投資家としては2022年から活動を開始し、約75社へ投資を実行しています。1社あたり数百万円規模。
エンジェル投資のやり方を教えてほしいという相談もよく来るが、いつもこう答えているといいます。
儲けようと思ったら他のことやった方がいいよっていつも言ってますね
エンジェル投資は超ハイリスクの投資で、なくなってもいいと思える総資産の5%くらいでやるのがいい。米国の有名エンジェル投資家の教えだが、自分はそれからはみ出る割合を投資してしまっている、と笑います。イメージは、アイドルのライブの最前列チケットを100万円で買うようなもの。現在はVCファンドの立ち上げにも取り組んでいます。
売却資金を、次の起業ではなく次世代への投資に回す。 これも譲渡後のキャリアのひとつの形です(売却後の資産をどう置くか)。
この記事のポイント
- 買い手が「何%でもいい」と言っても、渡す比率は売り手が決められる
- 買い手のPMI経験が浅いなら、いきなり過半を渡さないという選択肢がある
- 51%以上を渡すと引き返せない。経験のない相手との統合はリスクになる
- 資金を出す相手と、事業を伸ばす相手は別。 VCは発射台、事業会社はシナジー
- 成長フェーズが変われば必要な株主も変わる。セカンダリーはその入れ替えの手段
- 51%を保持したまま伸ばせば、成果の帰属が争点にならない
- 買い手を選ぶとき、「自社の今が、その会社の何年前に当たるか」という見方がある
- エンジェル投資はなくなってもいい範囲で。売却資金の置き方として万人向けではない