最終契約(SPA)の重要条項 ― 表明保証と補償

株式譲渡契約(SPA:Stock Purchase Agreement)は、M&Aで唯一、明確な法的拘束力を持つ契約です。基本合意までは「話し合いの記録」でしたが、ここからは違います。
そしてこの段階では、必ず自分側の弁護士を立ててください。仲介会社は売り手と買い手の間に立つ立場であり、売り手の代理人ではありません。買い手側は自社の弁護士を立てています。
表明保証 ― 最も注意すべき条項
表明保証とは、「開示した内容が真実であること」を売り手が保証する条項です。
典型的には、次のような事項を保証します。
- 株式が有効に発行され、売り手が適法に保有していること
- 計算書類が正確であること
- 開示していない債務がないこと
- 訴訟や紛争が存在しないこと
- 法令を遵守していること
- 未払残業代を含む労務債務がないこと
- 重要な契約が有効に存続していること
- 税務申告が適正であること
違反すると、買い手から損害賠償(補償)を請求されます。
「知らなかった」では済まないことがある
ここが最も危険な点です。表明保証は、売り手が知らなかった事実についても責任を負う書き方になっていることがあります。
たとえば「未払残業代は存在しない」と保証したものの、譲渡後に従業員から請求が起き、3,000万円を支払うことになった。売り手が本当に認識していなくても、契約上は補償義務を負います。
対抗手段は「知る限り(to the knowledge of)」の限定です。「売り手の知る限り、未払残業代は存在しない」とすれば、認識していなかったものは対象外になります。
この一語が入っているかどうかで、リスクがまったく違います。
補償条項 ― 3つの上限を必ず設定する
表明保証に違反した場合の賠償の枠組みです。ここを設定しないまま契約すると、受け取った譲渡代金を超える請求を受ける可能性が残ります。
1. 上限額(キャップ)
補償の総額に上限を設けます。譲渡価格の一定割合(10〜30%程度で交渉されることが多い)とするのが一般的です。
上限がない契約は絶対に避けてください。理論上、無限の責任を負うことになります。
2. 期間
いつまで責任を負うかです。1〜2年が一般的ですが、税務については税務調査の時効に合わせて長めに設定されることがあります。
期間が長いほど売り手に不利です。「譲渡後ずっと」という定めがないか確認してください。
3. 下限額(デミニミス/バスケット)
少額の請求を除外する仕組みです。
- デミニミス:1件あたり◯◯万円未満の損害は請求できない
- バスケット:累計で◯◯万円を超えるまで請求できない
これがないと、数万円単位の指摘まで請求対象になり、譲渡後もやり取りが続きます。
前提条件(クロージング条件)
クロージングまでに満たされなければ、取引を実行しないという条件です。売り手にとって重要な条項を、ここに入れておきます。
必ず入れるべきもの
- 経営者保証が解除されること
これを前提条件にしておけば、「株式だけ渡して保証が残る」という最悪の事態を構造的に防げます(経営者保証はM&Aで外れるのか)。
買い手側から求められるもの
- 重要取引先からの同意(チェンジ・オブ・コントロール条項がある場合)
- キーマンの残留の確約
- 許認可の承継手続きの完了
- 表明保証が正確であること
競業避止義務
譲渡後、一定期間・一定地域で同業を行わない義務です。買い手にとっては当然の要求ですが、範囲が広すぎないか確認してください。
- 期間:2〜5年程度が一般的
- 地域:事業を行っていた範囲に限定されているか
- 対象業務:譲渡した事業に限定されているか。「一切の事業」となっていないか
- 親族や、社長が出資する他社まで対象になっていないか
引退後に小さな事業を始めたいと考えているなら、ここは必ず交渉してください。後から緩めることはできません。詳しくは競業避止義務はどこまで縛られるのかで整理しています。
その他の確認点
ロックアップ(引き継ぎ期間) 基本合意で決めた期間、役割、報酬が正確に反映されているか。
価格調整条項 クロージング時点の純資産や運転資本に応じて、価格を事後調整する仕組みが入ることがあります。算定方法と、調整の上限を確認してください。
表明保証保険 近年、中小案件でも使われることがあります。保険料は必要ですが、売り手の補償リスクを保険でカバーできる場合があります。買い手が付保するケースが多いものの、選択肢として知っておく価値があります。
支払方法とタイミング 一括か分割か。分割なら、残額の支払いに担保はあるか。
社長がやるべきこと
1. 自分側の弁護士を立てる。M&Aの経験がある弁護士を選んでください。費用は数十万〜数百万円ですが、補償条項ひとつで数千万円のリスクが変わります。
2. 表明保証の一覧を自分で確認する。保証できないことは保証しない。不安な項目は「知る限り」を入れる、または開示別紙(ディスクロージャー・スケジュール)に記載して例外扱いにする。
3. 開示別紙を丁寧に作る。表明保証の例外として書いておいた事項は、補償の対象外になります。デューデリジェンスで説明した内容が、ちゃんと別紙に反映されているかを確認してください。
4. 補償の3つの上限を必ず設定する。上限額、期間、下限額。
5. デューデリジェンスで開示した内容と矛盾がないか照合する。
隠していたことが最も高くつく
デューデリジェンスの段階で開示しなかった事実は、表明保証違反として譲渡後に賠償請求の対象になります。
問題があるなら、先に開示したほうが圧倒的に有利です。その場で価格の減額交渉になるかもしれませんが、開示別紙に記載して例外扱いにできれば、補償の対象から外れます。
条項の書き方が実際にどう効いてくるかは、成立後に揉める5つの型にまとめました。
契約内容が妥当か判断したい方は、無料相談からお問い合わせください。ただし契約書のレビューそのものは、必ず弁護士にご依頼ください。
監修

長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役
経営者。1,800社の財務コンサル実績があるファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役。これまで4社を経営。経営者として投資や節税、資金調達、事業売却(M&A)など法人の財務に関する実務を経験してきた企業財政のエキスパート。
YouTube「社長の資産防衛チャンネル」(登録者25万人)と「社長のM&Aチャンネル」を運営。M&Aチャンネルでは、実際に会社を譲渡したオーナー経営者へのインタビューを継続して行っている。
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