アーンアウトと2段階イグジット ― 「後から入る金額」を設計する

「譲渡時に○億円。3年後の業績に応じて、さらに最大○億円」。
この形の提案を受けたとき、多くの社長は合計額で受け止めます。しかし後半の金額は、契約書の書き方しだいで、まるごと受け取れないことがあります。
後から払う仕組みには2つの形があります。
| 形 | 中身 |
|---|---|
| アーンアウト | 株式は最初に全部譲渡する。譲渡後の業績が条件を満たせば、追加の対価が支払われる |
| 2段階イグジット | 最初は一部だけ譲渡し、数年後に残りを譲渡する。2回目の価格は、そのときの企業価値で決める |
どちらも「伸びたら報われる」設計です。そしてどちらも、伸びたことを誰が証明するのかで揉めます。
実際に何が起きるか
売上が20倍以上になったのに、価格がそれに見合わなかった例があります。
シングラーの熊谷豪さんは、買い手が過半を取得し、残りをロックアップ終了時に売る2段階イグジットを選びました。買い手の顧客基盤と営業力を考えれば事業は伸びる。伸びた状態で評価してもらうほうがリターンが大きい、という判断です。実際に売上は20倍以上になりました。
それでも、2段階目の価格は上がりませんでした。
このくらいになったらこのバリュエーションにする、みたいな取り決めを最初に行っていなかった
理由は、利益が算出できなかったことです。売上は出る。しかしコストが、自社でかかっているものか親会社でかかっているものか、切り分けられない。買い手の営業部隊が売ってくれた分の人件費を、子会社のコストに入れないなら利益率は跳ね上がります。それを利益として認めるのか。
シナジーが効くほど、利益の帰属が曖昧になります。2段階イグジットは「伸びたら報われる」設計ですが、その伸びを誰の貢献とみなすかが決まっていないと、成功そのものが争点になります(熊谷豪さんの体験談)。
逆の例もあります。ノックラーンの福本英さんは、株式は100%譲渡したうえで、3年分のアーンアウトを業績連動インセンティブとして受け取る形にしました。ロックアップは付いていません。
株式の売却で入ってくる一時的な部分と、あとは大体3年分のアーンアウトがついておりまして、業績と連動するようなインセンティブという形で
契約で縛るのではなく、残りたくなる設計にした。同じ「3年間コミットする」でも、契約書の書き方はまったく違うものになります(福本英さんの体験談)。
握っておくべき5項目
差がつくのは、次の5点です。どれも1段階目の契約書に書いてあるかどうかで決まります。後から交渉する余地はほとんどありません。
1. 判定に使う指標
営業利益は、買い手の裁量で動きます。本社費の配賦、グループ内の取引価格、人件費の付け替え。どれも合法的な会計処理の範囲で、利益を数千万円単位で動かせます。
売上高、粗利、会員数、契約件数のように、操作しにくい指標にできないか交渉してください。利益を使うなら、次の2項目とセットでなければ意味がありません。
2. 経費の算入範囲
熊谷さんが困ったのはここです。「お互いが合意した経費しか算入しない」と契約書に書けるかどうかが分かれ目になります。
具体的には、次を明記します。
- 親会社からの経営指導料・ブランド使用料を算入するか、するならいくらか
- 買い手側の営業部隊が売った分の人件費をどう扱うか
- 買い手の指示で新規採用や投資をした場合、その費用を判定から除くか
- 本社費の配賦基準(売上比か、人数比か、固定額か)
「常識的に判断する」では足りません。判定の直前に立場が分かれるので、金額の根拠になる数字は、計算式まで書いておくべきです。
3. 経営の裁量
判定指標が利益なら、その利益を作る権限が自分に残っていなければ成立しません。経営委任契約などで、経費の使い方を一方的に命令されない形にできるか。
買い手から「この人員を増やせ」「この広告を止めろ」と言われて利益が変わるなら、それは自分の成績ではありません。
4. 判定の時期と、回数
3年後に1回だけ判定する契約は、売り手にとって不利です。3年目だけたまたま悪ければ、全部ゼロになります。
- 1年ごとに判定し、達成した年の分を毎年受け取る
- 3年の累計で判定する
- 年次と累計の両方を置き、どちらか有利なほうを適用する
このいずれかにできないか交渉してください。また、判定に使う決算書を誰が作るのか、売り手が数字を確認できるのかも決めておきます。監査済みの決算書を受け取る権利、計算根拠の開示を求める権利を条項に入れます。
5. 途中で終わったときの扱い
3年の途中で、次のことが起きたらどうなるか。
- 買い手が事業を他社へ売却した、または統合して独立の数字が出なくなった
- 自分が解任された、または健康上の理由で続けられなくなった
- 買い手の方針変更で、事業そのものが縮小された
買い手都合で判定できなくなった場合は、みなし達成とする。この条項がないと、事業を統合されただけで権利が消えます。
実務上の判断
確実に入る金額で決める
原則として、クロージング時に確実に入る金額だけを見て、売るかどうかを判断してください。後から入る分は、入ったら良かった、くらいの位置づけに置く。
アーンアウトの提案は、買い手にとって「将来の業績リスクを売り手に負わせる」仕組みでもあります。買い手が強気に見えるほどの総額を提示してきたときは、その内訳を必ず分けて見ることです(価格交渉の進め方)。
「シンプルに」という結論
熊谷さんの総括が実務的です。
変に複雑にしない方が、シンプルにやった方がいい
条件が複雑になるほど、判定時の解釈が分かれます。指標を1つに絞る、算入する経費を列挙する、判定を毎年にする。3項目くらいで説明が終わる設計が、結局いちばん揉めません。
比率の選び方
2段階イグジットでは、1段階目に何%を渡すかが論点になります。過半を渡すと子会社になり、経営の最終決定権は買い手に移ります。
ペライチの橋田一秀さんは、買い手から「30%から100%のどこでもいい」と言われたうえで、あえて49%にとどめてもらいました。理由は、買い手に大型買収とPMIの経験がなかったからです。
51%以上持たれて子会社になるのは、最悪引き返せないんで、ちょっとその手前ぐらいでなんとか今回は着地しよう
買い手のPMI経験は、譲渡後の負担に直結します。経験の浅い相手なら、いきなり過半を渡さないという選択肢がある、という判断です(橋田一秀さんの体験談、PMIで何が起きるか)。
税金の扱いに注意する
アーンアウトで後から受け取る金銭は、株式の譲渡対価として受け取るのか、役員報酬や賞与として受け取るのかで税率が変わります。譲渡所得なら約20%の分離課税ですが、給与所得として扱われれば累進課税です。
契約の形式だけでなく、実態がどう評価されるかの問題です。金額が大きいなら、契約書を固める前に税理士に見てもらってください(会社売却にかかる税金)。
基本合意の段階で持ち出す
これらは、最終契約(SPA)を作る段階で初めて話すには重すぎます。基本合意書の段階で、アーンアウトの算定方法・判定時期・支払条件を書いておくのが実務です(基本合意書で決まること)。
基本合意には通常、独占交渉権が付きます。そこを過ぎると、売り手は他の買い手と話せない状態で条件を詰めることになります。交渉力があるのは、独占交渉権を渡す前です。
条項の具体的な書き方は最終契約(SPA)の重要条項にまとめています。
まとめ
後から入る金額は、次の5つが契約書に書かれているかどうかで、受け取れるかが決まります。
- 判定指標(操作されにくいものか)
- 経費の算入範囲(計算式まで書いてあるか)
- 経営の裁量(数字を作る権限が残るか)
- 判定の時期と回数(毎年か、累計か、確認できるか)
- 途中終了の扱い(買い手都合ならみなし達成か)
そして判断そのものは、クロージング時に確実に入る金額で行ってください。
条件の設計に迷われている方は、無料相談からお問い合わせください。提示された条件を、どこが確定でどこが不確定かに分けてお伝えできます。
監修

長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役
経営者。1,800社の財務コンサル実績があるファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役。これまで4社を経営。経営者として投資や節税、資金調達、事業売却(M&A)など法人の財務に関する実務を経験してきた企業財政のエキスパート。
YouTube「社長の資産防衛チャンネル」(登録者25万人)と「社長のM&Aチャンネル」を運営。M&Aチャンネルでは、実際に会社を譲渡したオーナー経営者へのインタビューを継続して行っている。
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