【売却体験談】比較せず1社に決めた ― 譲渡後3年半で売上35億→80億の八百屋 八百鮮 市原敬久氏
- 業種
- 食品小売(八百屋・生鮮)
- 年商
- 譲渡時 売上35億円・経常利益8,000〜9,000万円
- 譲渡形態
- 株式譲渡(100%・代表継続)
- 譲渡価格
- 非公開
- 所要期間
- 約6ヶ月

1社としか話さずに決めました。複数社を競わせれば価格は上がる。それは分かったうえでの判断でした。
色々検討すればもっと高く売れたかもしれないですけど、それは僕にとっては大事なことではなかった
譲渡から3年半で、売上は35億円から80億円へ。判断の中身を伺いました。
15坪の八百屋から
市原敬久さんが株式会社八百鮮を創業したのは28歳のとき。大阪の商店街にある15坪ほどの小さな八百屋でした。元手は50万円です。
前職はスーパーマーケット。食品業界は人気のない業界だが、産業としては60兆円を超える大型産業で、ライフラインなので絶対になくならない。ただ、業界にいながら面白くなかった。
業界にいながら、やっぱり面白くないというか、どこ行っても同じに見えたんですよね
そこで打ち出したのが「八百屋を、日本一かっこよく。」というビジョンでした。やっていること自体は昔ながらです。市場から仕入れ、自分たちで値段を決めて売る。変えたのは、人と見せ方でした。中心は20代〜30代前半の社員。制服や店舗の内装にビジュアル的なかっこよさを取り入れた。
最初の5年は「儲からない」だった
順風満帆ではありません。5年間ほど苦しみ、5年で3店舗出したものの、売上6億円で経常利益200万円という状態でした。店を出しても出しても売上は上がるが儲からない。苦しかったのは2つ。人集めと資金繰りです。
一番大事なのは人集めなのですが、街の名もなき八百屋に誰も就職しないし、就職したとて優秀な子は来ない
転機は4店舗目です。名古屋で、元スーパーマーケットの施設に居抜きで入ったことから、肉と魚の取り扱いを始めます。ここから伸び始めました。10年で売上30億円を突破。現在は9店舗で、1店舗あたり平均10億円弱の規模になっています。
仕入れの仕組みは独特です。普通のスーパーはバイヤーが一括で仕入れるが、八百鮮は各店の野菜担当・果物担当・肉担当がそれぞれ毎日市場に買い付けに行き、いいものを鮮度抜群で安く出す。だから誰が仕入れをするかで売上も利益も大きく変わる。採用が生命線で、若くて元気が良く、戦略的に考えられる人材にこだわっているといいます。
譲渡を選んだ理由 ―― スピードの限界
譲渡は創業12年目、2021年10月。譲渡先はバローホールディングス(東証プライム)でした。当時の数字はこうです。
| 売上 | 35億円 |
| 経常利益 | 8,000〜9,000万円 |
| 店舗数 | 7店舗 |
| 本人の持株比率 | 約40%(出資を受けていたため) |
動機は明快でした。八百屋を日本一かっこよくというビジョンを達成することが自分の中のすべてだった。そして、その障害が資金でした。
日本一を取ろうと思った時に、自己資金とか融資だけで続けていくのは限界がある
店舗ビジネスは回収に7年ほどかかる。7年待って内部留保が増えたら次を出す、では10年で1店舗しか作れない。銀行のプロパー融資枠も決まっていて、10億円の枠のうち8億円ほどを使い切り、融資の限界を感じていた。それでは日本一というビジョンにまったく追いつかない。店舗展開のスピードが落ちることが嫌だった、と。
売却の目的が「対価を得ること」ではなく「速度を買うこと」でした。 この場合、価格の最大化は最優先事項になりません(会社を売るメリット)。
あえて競争させなかった
だから、相見積もりを取っていません。自分たちの事業スタイルをよく理解してくれている相手のところに入ってしまったほうが、話が早い。複数の意向表明を集めれば価格が上がるのは、多くの譲渡経験者が語るとおりです。しかしこのケースは逆を選んでいます。
その代わり、仲介を使わないぶんを交渉材料にしました。
M&Aの仲介を挟んでない分、その分ちょっと多めに買ってくださいという交渉はありました
価格の妥当性については率直で、当時いろいろ調べたが、うちもそんなに儲かっていなかったので「こんなものかな」という感じだった、と。期間は、話を受けてから3ヶ月悩み、決断後にデューデリジェンス3ヶ月。全体で約半年でした。
「高く売る」と「早く進める」はトレードオフになります。 どちらを優先するかを先に決めておくと、迷いが減ります(M&Aにかかる期間、会社はいくらで売れるのか)。
創業メンバーの不安をどう解いたか
株主調整には工程がありました。取締役1名と執行役員、いずれもナンバー4くらいまでは28歳・15坪の時代から一緒にやってきたメンバーです。彼らの懸念は、業界特有のものでした。食品小売は業界再編が進んでおり、グループに入るとそのグループの色に染められてしまうのではないか、乗っ取られるのではないか、という恐怖感です。
これに対する答えが、買い手のスタンスそのものでした。
自分たちの色をそのままやればいいと。バローの色、自社の色に染めようとは思ってないので、君たちには君たち独自の良さがある。それを買ったわけなので、それをひたすら磨いていけばいい
取引先も一切変えない。この方針を示すことで、創業メンバーは納得したといいます。結果、社員が辞めることもまったくなかった。株主が変わっただけ、という感覚です。人事も変わらず、親会社から会長1名が着任しただけ。それ以外は創業当時と同じやり方を続けています(従業員への説明をどう設計するか、譲渡後に従業員は辞めるのか)。
契約上の縛りもほとんどありませんでした。グループに入ったらこれをやらなければならない、PB商品を必ず売らなければならない、といった条項は一切なかった。理由は、買い手側の狙いにあります。バローは中京エリアが中心で、関西へ展開したいタイミングだった。シェアを取るために大阪の地場で強いスーパーを買収する、という戦略です。
生鮮に強い売り方を親会社として学ばせてほしいみたいなスタンス
子会社から親会社が学ぶというのはなかなかない。素敵な話だと思った、と。
買い手が何を買おうとしているかで、統合後の自由度は決まります。 「ノウハウを学びたい」という動機の買い手は、売り手のやり方を変えません(トップ面談で何を確認するか、PMIで何が起きるか)。
譲渡後、なぜ倍以上に伸びたのか
3年半で売上35億円から80億円へ。理由は2つでした。
1つ目、資金繰りのスピード。 以前なら、いい物件が出てきても、まず銀行に話をつけて融資の承諾をもらってからでないと手付金が払えない。そうしているうちに他に取られる。
今はいいなと思ったらもうすぐ契約しましょうといける
親会社が上場企業なので経営者保証も外れました。融資の限界が突破されたことで、「こういうこともできるのでは」という展開の無限さが生まれた、と。
店舗ビジネスでは、意思決定の速度が物件の取得力に直結します。 資金があることより、稟議が短いことが効いています。
2つ目、店舗開発の情報量。 どの場所に出店するかがすごく重要だが、自社で探すのは視野が狭い。グループにはホームセンター、スーパーマーケット、ドラッグストア、ペットショップなど複数の業態があり、物件情報が集まってきます。
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)も、店舗ビジネスはいくつかの店舗でいいロールモデルができると横展開で一気に成長できるので、急成長しているところにはいろいろなところから声がかかりやすい、と指摘していました。
売却後 ―― 資金繰りから解放された
生活は変わっていません。売却益で懐は温かくなったが、生活が何か変わったかというと何もない。趣味の魚釣りのために自分の船を買ったくらいだ、と。
心境面で一番大きかったのは、資金繰りです。
資金繰りの脳みそを100%事業展開に費やせるっていうのはめちゃくちゃ大きいですね
銀行に頭を下げる仕事がなくなり、店を出すたびに数千万円の設備投資を融資で賄い、保証人になるプレッシャーからも解放された。
社長を続けた理由
譲渡条件として、市原さんは代表の継続を求めています。この事業が大好きで、商売が大好きで始めた。
僕からこの社長を奪われたら、僕はどうやって生きていけばいいんだみたいな感じなんで
拘束されているのではなく、続けたいから条件にした。ロックアップの一般的な文脈とは逆の構図です。続けたいと思っていたら「続けてくれ」と言われた。これからもやっていく、と。
現在は八百鮮に加え、グループ会社の株式会社ヤマタの社長も務めています。
この記事のポイント
- 売却の目的が「速度を買うこと」なら、価格の最大化は最優先ではなくなる
- 「高く売る」と「早く進める」はトレードオフ。 どちらを優先するかを先に決める
- 仲介を挟まないなら、その分を価格交渉の材料にできる
- 創業メンバーの不安は「色に染められること」。買い手のスタンスを言葉にして共有することで解ける
- 買い手が「学びたい」と考えている領域なら、統合後の自由度は高くなる
- 店舗ビジネスでは、資金額より意思決定の速さが物件取得力を決める
- 融資枠の上限と経営者保証からの解放が、経営者の頭を事業に集中させる
- グループに入る効果は資金だけでなく、物件情報などの情報量にも出る
- ロックアップは拘束とは限らない。続けたいから条件にするという形もある