【売却体験談】会社は売るために創る ― 18社創業・6社売却、出口から逆算する連続起業 ベンチャープロパティ 宇田川富大氏
- 業種
- 不動産・ストック型スモールビジネス(複数)
- 年商
- 1社あたり年商1〜2億円規模
- 譲渡形態
- 株式譲渡(複数回)
- 譲渡価格
- 非公開

会社を売った経験を語る人は少なくありません。宇田川富大さんが珍しいのは、売却を前提に会社を創り続けていることです。
創業18社、売却6社。現在も12社が稼働し、7社目の売却交渉が進んでいます。億単位の一発を狙うのではなく、同じ型の会社を作っては売ることを繰り返す設計です。
なぜその形になったのか、どう組み立てているのかを順に伺いました。
出発点は「経営が嫌だった」という感情
最初の会社は、新卒1年目の副業から生まれました。21〜22歳で法人化しましたが、一緒に立ち上げた仲間との対立で自身の株式を買い取ってもらう形になります。価値が上がって売れたのではなく、抜けるために精算した売却でした。
転機は2社目です。新卒で不動産会社にいた経験を買われ、個人事業で営業代行をしていた最中にクライアントの物件売却を手伝ったところ、半年分の売上を超える報酬が入りました。その資金で不動産会社を立ち上げます。
インバウンドの盛り上がりに合わせ、宿・旅館・ホテルを中心とした取引へ。2015年に創業し、約3年半を経た2019年に売却しました。6社のなかでは最も大きな売却です。
ただし、売却を選んだ動機は前向きなものではありませんでした。
とにかく経営が嫌で嫌で、早く事業をやめたいという、この苦しい思いから抜け出したいというところからM&Aを選択肢に入れた
結果は本人の予想と逆になります。売却後に活力が戻り、「次に作る会社はIPOしてから売ろう」と思えるまでになった。疲れ果てて手放したことが、次の意欲につながったという経験です。
売却の動機が後ろ向きであることは、珍しくありません(会社を売るメリット・デメリット、会社売却のタイミング)。
3社目からの設計 ―― ゴールを先に決める
2社目の経験を経て、宇田川さんは方法論を固めます。
会社は売るために作ろうっていう風に逆算して作っていくようになった
具体的には、次の順序で会社が生まれます。
社長になるパートナーを先に見つける。 紹介のほか、X(旧Twitter)で「こんな事業をやりたいので誰か乗ってくれないか」と発信し、手を挙げた人と面談します。事業計画を一緒に作り、この人となら組めると判断できたら会社を設立する。2025年だけで4社をこの形で立ち上げました。
自分は代表にならない。 取締役などの役職には就かず、あくまで株主として関わります。株式はおおむね50:50。第三者割当で出資するベンチャーキャピタルとは違い、立ち上げから一緒にやる共同創業に近い形です。
ゴールの金額と期間はパートナーが決める。 何年でいくらを目指すかは会社ごとに違います。宇田川さん自身は「できれば高く売りたいし、年数をかけて育てたい」と考えていますが、パートナーには各自の人生設計があります。金額さえ達成すれば期間は短縮できるため、早期に売り抜けるケースも出てきます。
12社が同時に動いても回るのは、1人が1社を見る体制を崩していないからです。宇田川さん自身は「体力がないので2社も見られない」と言い、見られる人を立ててから会社を作る順序を徹底しています。
事業の選び方 ―― できないことを先に外す
もっとも特徴的なのが、事業の選定方法です。
僕自身はあまり起業家としての能力値は高くないんですね
この自己認識から設計が始まります。宇田川さんは自らを「弱者」と呼び、その状態を具体的に定義しています。セールス力もなく、体力も集中力もなく、資本力もない。あらゆる経営リソースが乏しい状態です。
そのうえで、やってはいけない事業を先に除外します。
最初に外すのが「組織を作る事業」でした。社長に能力がないのだから、人を採用して組織を拡大していく道は選ばない。この一点を外すだけで、選べる事業は大きく絞られます。
代わりに成立する規模も明確です。
年商1億から2億ぐらいの規模感の会社であれば、人を雇わずに業務委託で回せる
「自分にできること」から事業を探すのではなく、「自分にできないこと」を除外して残ったものを選ぶ。順序が逆になっています。
そしてこの設計は、結果として属人性の排除にもつながります。社長が組織を率いる必要のないモデルなら、引き継ぎは軽くなる。買い手にとっては、そのまま回る事業を受け取れることになります(譲渡側が最初にやるべき準備、PMIで売り手が果たす役割)。
実際に手がけた事業は、不動産のほか美術品を扱う会社、サウナ施設の開業を支援する会社など多岐にわたります。いずれもすでに売却済みです。
実際のビジネスの中身 ―― 転貸で毎月の家賃を得る
現在売却を進めている会社を例に、モデルの中身が語られました。不動産を所有せず、借りて貸す形です。
オーナーから物件を借り、付加価値をつけて入居者に転貸する。差額が利益になります。所有しないため、建物の修繕費も固定資産税も負担しません。
付加価値の中身は、主に2つでした。
- 仲介手数料がかからない。 不動産会社を挟まないため、家賃100万円の物件なら初期費用が100万円軽くなる
- 内装が整った状態で貸す。 机・椅子・会議室を用意しておけば、入居時にかかるはずの費用が消える
入居者はその分を家賃の上乗せとして負担しますが、初期費用の削減と相殺されます。オーナーには通常どおり家賃が入るため、誰かを抜いた構図にはなっていません。
なお、転貸を禁じる条項は多くの賃貸借契約に入っていますが、これは雛形をそのまま使っているだけで、オーナーの承諾を得て修正すれば問題なく運用できる、という説明でした。所有せず転貸する前提なので宅建業の免許も不要です。
運営で特筆すべきは、自社でほとんど手を動かさないことです。
物件の調達、内見、申し込み、オーナーとの交渉まで、すべて提携する不動産会社に業務委託しています。自社がやるのは集客だけ。
お客さんと一切会ってもないし話してもない
このプロセスは社内で教育されており、送客するだけで転貸が完結する形になっています。年商1〜2億円を人を雇わずに回せるのは、こうした割り切りの積み重ねです。
出口の設計 ―― 3期分の決算書を作ってから売る
売却のタイミングにも原則があります。
決算書を3期分そろえること。 実績として提示できる決算書が3期分あれば「満足した金額で売れる、少なくとも交渉のテーブルには立てる」という判断です。そのため創業から3年以上、目安として5年程度で売却しています。
価格の考え方はEBITDAベースです。営業利益がこの先何年続くかを見積もり、そこに保有資産を加味して算定する。買い手がもっとも見るのは営業利益だといいます。
買い手が何を見て値をつけるかを先に知っておくと、どの数字を作れば評価されるかが決まります(EBITDA倍率で見る自社の相場、会社はいくらで売れるのか)。
「もっと伸ばしてから売る選択肢もあるのでは」という問いに対しては、その会社にかける時間をできるだけ増やしたくない、という答えでした。伸ばすこと自体は可能でも、そこに自分の時間を投じるなら次の会社を作る、という判断です。
なぜ役員報酬ではなく売却なのか
繰り返しの動機は、手元に残る効率の差にあります。
給与所得とか役員報酬だと貯まらない
1億円を手元に置きたいとき、役員報酬で積み上げるなら何十年もかかる。売却なら成立した瞬間に達成できる。だから会社を持ち続ける選択は基本的にない、と明言していました。
売却までの間は役員報酬で生活費をまかない、最終的な対価はM&Aで得る。この分担が設計の前提になっています。
背景には税制の違いもあります。株式譲渡益は分離課税、役員報酬は累進課税です。同じ金額を得るのでも手元に残る額が変わります(会社売却でかかる税金、手取りシミュレーション)。
資金は借入から始める
創業時の資金は、日本政策金融公庫からの借入でまかないます。1社あたり最大1,000万円程度です(取材当時。当時は支店ごとの上限が1,000万円でしたが、現在この限度額は撤廃されています)。
かつての新創業融資制度は廃止されましたが、現在は基本的な融資が無担保・無保証で受けられるようになったため、公庫の融資を前提に組み立てているという説明でした。
そして、売却時の扱いが重要になります。
借入れの債務は買い手の会社さんがそのまま引き継いでくれますので、売却した僕たち株主には何の影響もなく、むしろリスクは外れていく
借入を残したまま株式ごと譲渡すれば、債務は会社に残ったまま買い手へ移ります。個人保証が付いていなければ、売り手個人のリスクは消える計算です(経営者保証はM&Aで外れるのか)。
複数社を並行させる場合の融資についても言及がありました。代表者が異なれば、それぞれの会社で融資を受けることは可能だという説明です。
なお、ここから先は編集部からの注意書きです。各社に実体のある事業と返済原資があることが前提になります。同一人物が実質的に支配する複数法人での借入は、金融機関が関係性を確認します。形式を整えるための会社設立は融資の趣旨から外れます。実行の際は必ず金融機関と税理士にご相談ください。
この記事の読み方
宇田川さんのモデルを、すでに事業を長く続けてきたオーナーがそのまま真似することはできません。明日から18社を並走させるのは現実的ではないからです。
それでも、抽出できる原則が3つあります。
出口を先に決めると、設計が変わる。 「いくらで、いつまでに、誰に」を最初に置くと、採用も投資も体制も、そこから逆算されます。売ると決めてから逆算した会社は、買い手から見て引き継ぎやすい形に自然と近づきます。
自分にできないことを、事業設計から外す。 組織を作るのが苦手なら、組織を必要としないモデルを選ぶ。これは属人性の排除と同じ方向を向いています。買い手がもっとも警戒するのは「社長がいないと回らない会社」です。
小さな規模の売却にも意味がある。 億単位でなければM&Aではない、という思い込みを外す材料になります。小さく作った会社にも、買い手はつきます。
この記事のポイント
- 「売るために創る」と決めると、事業設計・体制・投資判断のすべてが逆算になる
- ゴール(金額と期間)は一緒にやる社長の人生設計で決まる
- 「自分にできないこと」を除外して残った事業を選ぶという順序がある
- 組織を作らない設計にすると、年商1〜2億円までは業務委託で回せる
- 集客以外の実務を外部に委ねると、社長がいなくても回る形に近づく
- 売却前に決算書を3期分そろえる。実績がないと交渉のテーブルに立てない
- 小さく作って何度も売るという設計が成立する。1回の金額の大きさだけが基準ではない
- 役員報酬では貯まらない。株式譲渡は分離課税で効率がまったく違う
- 借入は買い手が引き継ぐため、個人保証がなければ売り手のリスクは外れる
- 「もう嫌だ」から始まった売却が、次の意欲を生むこともある