【属人的なコンサルを5億円で】ロックアップなしで売れた理由は「僕が辞めても売上は変わらない」 タイガーブランディング 加藤明拓氏
- 業種
- ブランド戦略・組織戦略コンサルティング
- 年商
- 売上5億円・営業利益8,000〜9,000万円・従業員約20名
- 譲渡形態
- 株式譲渡(ロックアップなし)
- 譲渡価格
- 5億円(営業利益の約6〜7倍)
- 所要期間
- 約10ヶ月

「コンサル会社は属人的だから売れない」と言われます。この回は、その反例です。
なぜそれが可能だったのか。加藤明拓さんに伺いました。
経緯
加藤さんはリンクアンドモチベーションで、ブランド戦略コンサル事業の執行役員・責任者を務めていました。2014年1月に独立し、株式会社フォワードを創業。事業はブランド戦略コンサルと組織戦略コンサルです。
クライアントは大手が中心でした。ユナイテッドアローズ、ルミネ、東急不動産など、企業のブランド戦略・コーポレート戦略・プロダクトのマーケティング戦略を支援しています。
2019年末に5億円で譲渡。以後は、カンボジア1部のアンコールタイガーFCとナイジェリア3部のイガムタイガーFCの経営に専念しています。
属人性を、どう外したのか
創業当初は、典型的な属人型でした。加藤さんとナンバー2の営業力とコンサル力で一気に伸ばしていった。転機は、本業とは無関係なところから来ます。
僕らがサッカークラブを買った時に、僕の方がだんだんとサッカークラブの担当になってきて
国内のコンサル事業は、ナンバー2の副社長に任せていった。その結果——
売却する時も、極論、僕が辞めても別に大して売上は変わりません、という形でお譲りした
もう一つ、設計上の要因もあります。創業時から拡大を目指していたため、コンサルとはいえセミパッケージに近いところまで標準化を進めようという思考でやっていた。
属人性を外した要因は2つです。 社長が現場から離れざるを得なくなったことと、最初から標準化を志向していたこと。
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)が、この構造を一般化しています。
加藤さんが営業もやってコンサルもやってという形でやると、1人親方プラス弟子何人みたいな組織。こういうのは中小ベンチャー企業であるあるなんですけれども
加藤さんがサッカーに体を寄せていっても回してくれる事業責任者に恵まれていた。M&Aにあたって、創業者が抜けても回るチーム体制が作れるかどうかが1つのポイントだ、と。
大島翼さん(WithLIVE)が「もっと早く組織を作るべきだった」と後悔したのと、ちょうど裏返しの事例です(売却前に売り手がやるべき準備)。
価格の妥当性 ―― 「利益の3〜7倍+純資産」
吉岡氏が、当時も今も通用する相場観を示しています。M&Aで多い売却レンジは年間利益の3〜7倍。そこに、返さなくていい資本金や利益剰余金——純資産——がさらにプラスされる。この案件に当てはめると、営業利益約8,000万円に対して5億円は7倍弱で、適正価格だと見ています。
そして、条件面での評価も加えています。
ロックアップない状態で7倍の評価というのは、いいオファーをいただけたんじゃないか
「利益の◯倍」だけで話すと、純資産の存在を見落とします。 手元に現金や利益剰余金が積み上がっている会社は、その分が上乗せされるのが基本形です(会社はいくらで売れるのか、EBITDA倍率で見る自社の相場、のれんとは何か)。
もうひとつ、希少性も指摘されています。SEOやデジタルマーケティングの会社は世の中にいくらでもあるが、ブランディングのコンサルティングをやる会社はなかなかなく、唯一無二に近い、と。
売った理由 ―― 「本業を売って、赤字の方に行きます」
動機が、他のどの事例とも違います。
加藤さんは創業2年目からカンボジアのサッカークラブを、3年目からナイジェリアのクラブを持っていました。「アジア・アフリカからメッシ超え、バルサ超え」がビジョンで、創業時から会社を売ることも上場も考えておらず、単純に規模を拡大するつもりだった。しかしクラブは毎年5,000万〜7,000万円の赤字で、コンサルで稼いだお金をほぼすべてサッカーに注ぎ込み、利益が出ない状態が続いていました。
そこで、毎月業績を共有していたメンターに相談します。
「1回、選択と集中をしなさい」と。彼曰く、サッカークラブは赤字だから一旦やめて、本業にもっと投資して稼いでからサッカーをやったらいいんじゃない、と
しかし、出した答えは逆でした。分かりました、では本業を売ります。サッカーに全力で行きます、と。
理由が語られています。まず、構造の問題。スポンサー営業をしても日本でもカンボジアでもなかなか決まらない。それなら自分が日本でコンサルとして稼働したほうが効率がいい、となってしまい、サッカーは永遠に片手間のままになる。新興国のサッカークラブで黒字化した例はほぼなく、たいていはオーナーのポケットマネーで回っているが、それを何とかしてやろう、と本格的に腹を括った。
そして、もうひとつが社員への思いでした。
優秀な社員たちがもう寝ないで働いて、利益を出したお金は全部サッカーに行ってた
本来そのお金は事業に再投資して、彼らの給料も上がって会社も大きくなっていくサイクルを作るべきだった。社員はサッカーのビジョンを応援してくれてはいたが、申し訳なさがあった。決めて売却したほうが、みんなが幸せになる、と。
本業の利益を別の事業に流し続けることは、その本業の社員から成長機会を奪っています。 これは、複数事業を抱える経営者に共通する構造です(事業承継の4つの選択肢)。
相手探しと期間
進め方は、併用型でした。仲介業者も使いながら、個別にもアプローチした。最終的に2社ほどが興味を持ち、最後は同じくらいの条件だったが、片方に決めています。
時系列は、売ると決めたのが2月中下旬。知人経営者と飲んでから1ヶ月半ほどで基本合意に至り、7月末に基本合意、10月中旬に契約締結、12月上旬に着金。決めてから着金まで約10ヶ月でした。
なお、社内への共有は途中から行っています。コンサルは労働集約の事業なので、社長が辞めて売上が下がる、M&Aで社員が辞める、となればM&A自体が成立しない。だからしっかり話をしながら、途中からは共有して進めた、と。
人が資産の会社では、社員の動揺がそのまま価格に響きます。
振り返って「こうしておけばよかった」と思うことを聞かれ、加藤さんは「最初に吉岡さんに相談しておくべきだった」と笑いつつ、もう少し我慢して選択肢を増やしていれば価格は上がったかもしれない、一方でスピード感もあったのでどちらが良かったかは分からない、と答えています。吉岡氏は、4億円で満足だった会社に本気の買い手が4社集まって6億円になった例、9億円で嬉しいと言っていた会社が3社の三つ巴で13億円まで上がった例を挙げつつ、いつまでも青い鳥を探し続けると次に行けないので、決められた期間の中でどれだけ候補を増やせるかがポイントだと補足していました(価格交渉の進め方)。
売却後 ―― 「全然なんとかなってないんですよね」
この回でもっとも誠実なのは、その後の話です。
売却時、不安はなかったといいます。恐怖もなく、行くしかないだろう、なんとかなるか、という感覚。現地で手がけている金融事業が伸び始めそうだという感触もあったので、最悪サッカークラブと金融事業にお金を突っ込めば何とかなると考えていた。
しかし、結果は違いました。
全然なんとかなってないんですよね
2019年末に売却して、2020年からすぐコロナに入った。サッカーはカンボジアでも試合が止まり、スポンサー企業もお金を出すのを止め、その回復がかなり厳しかった。金融事業も直撃を受けています。カンボジアのホームタウンはアンコールワットのある街で、観光一本足のため70%ほどの人が失業した。
売却資金は、ほぼすべてカンボジアとナイジェリアの事業に注ぎ込んでいます。物欲がなく、自分のために買ったものはない。個人の買い物として一番大きかったのは、コロナでカンボジア政府の米の配給が止まったとき、米を40トン買って4,000世帯ほどに配ったことだったそうです。
現地では、車やバイク、土地や家を担保に貸し付ける金融事業のほか、ホテル、ラーメン店をすべて「タイガー」ブランドで展開しています。
売却は、次の挑戦の成功を保証しません。 このシリーズの多くは成功譚ですが、タイミングが外れることは実際に起こります。
「やることがなかったら、辛かったと思う」
売却直後の心理についても、率直でした。売却が終わって時間が余った時期にちょうどコロナでサッカーも止まり、本当にやることがなくなった。外にも出ず、家でYouTubeをぼんやり見ているうちに、気持ちがすごく落ち込んだといいます。これは何とかしなければと、比較的入国が緩かったナイジェリアへ渡り、サッカーが止まっている間にナマズの養殖事業を始めた。そこでようやく生き生きできた。
何にもやることがなかったら、僕ちょっと多分辛いと思います
それでも加藤さんは事業を続け、現在はカンボジアで自前のスタジアムを建設中です(売却後に社長が感じるロス)。
社員は、思ったより大丈夫だった
これから売却を考える人へのメッセージも、経験に裏打ちされたものでした。もともと売却は自分の魂を売るようなものだと思っていたし、売ったら社員は本当に悲しいし辛いだろうと思っていた。しかし——
意外と僕いなくてもちゃんと回るし、意外と僕がいなくなってサッカーに費やすお金がなくなった分、給料も上がったので
社員は社員の人生を自分で切り開くものだ、と途中で気楽に考えるようになった。吉岡氏も補足しています。創業者が抜けることで、副社長が社長に、執行役員が取締役に、課長が部長にと上のポジションが空き、新体制でスタートが切れる。M&Aは身売りで社長だけがお金を手にする、と言う人もいるが、みんなが幸せになって会社がさらに伸びるケースも非常に多い、と。
この記事のポイント
- 属人的とされるコンサル事業でも、営業利益の約7倍・ロックアップなしで売れる
- 条件は「創業者が抜けても回るチーム体制」があること
- 属人性を外す方法は2つ。社長が現場から離れることと、業務を標準化すること
- 相場の基本形は「年間利益の3〜7倍+純資産」。純資産の加算を忘れない
- 希少な領域(競合の少ない専門性)は、それ自体が評価される
- 人が資産の会社では、社員の動揺が価格に直結する。 途中からの社内共有もありうる
- 本業の利益を別事業に流し続けることは、本業の社員から成長機会を奪う
- 相手探しは仲介と個別アプローチの併用でよい。候補を増やせば価格は上がりうる
- 売却は、次の挑戦の成功を保証しない
- 売却後にやることがない状態は、それ自体が危険
- 創業者が抜けた分、社員の給与が上がり、ポジションが空くという側面もある