【売却体験談】ロックアップなし・アーンアウト3年 ― 縛らずに残す契約設計 ノックラーン 福本英氏
- 業種
- HR(サブスク型の中途採用支援)
- 年商
- 月商500万円超・利益率50%以上
- 譲渡形態
- 株式譲渡(100%+アーンアウト3年/ロックアップなし)
- 譲渡価格
- 非公開
- 所要期間
- 約6ヶ月

ロックアップなし。代わりに3年間のアーンアウト。拘束する契約を結ばず、業績が伸びた分だけ受け取れる設計にする。買い手が上場企業でありながら、この形が成立しています。
ロックアップがですね、正確にはないかなと思ってます。ないです
なぜ縛らなくて済んだのか。福本英さんに伺いました。
「キャッシュエンジン」として立ち上げた事業を売った
福本さんは兵庫県姫路市出身、九州大学へ進学。2021年4月に新卒でビズリーチに入社し、1年1ヶ月で退職。2022年3月に株式会社ノックラーンを創業しています。ただし、売却した事業は当初の本命ではありませんでした。
元々そういったことをやりたいと思って起業したというよりかは、教育事業で調達をしようと思って起業をしまして
資金調達の話も進んでいたものの、外部資本を入れない選択をします。すると別の問題が生まれました。
キャッシュエンジンがないと教育事業側に投資ができない
そこで前職の経験を活かして立ち上げたのが、HR事業「陸部(リクブ)」でした。サブスク型の中途採用支援サービスで、採用コンサルから採用代行までを一気通貫で提供します。特徴は営業経路です。ベンチャーキャピタル51社と提携し、そのVCの投資先スタートアップに対してサービスを提供する。日本のVCはHRの支援機能が充実していないという課題があり、VC側にとっては投資先へのHR支援機能の補完になります。
「本命事業を回すための収益源」として作った事業のほうが先に売れた。 これ自体が示唆的です。
数字と、売却の判断
売却を考え始めたのは2期目の終わりから3期目の頭。当時の規模はこうでした。
| 月商 | 500万円超 |
| 利益率 | 50%以上(年換算で営業利益3,000万円規模) |
| 役員 | 本人1名 |
| 正社員 | 0名 |
| 業務委託 | 常時30名ほど |
| 株主 | 本人が100% |
希望額の立て方も具体的でした。
3期目の終わり着地ぐらいで利益で4,000万ぐらいは超えるだろうというところで、マルチプルで5倍ぐらいというところで
つまり2億円以上。それを下回るなら検討しない、という基準を持って臨んでいます(EBITDA倍率で見る自社の相場、会社はいくらで売れるのか)。
進め方は、まず経験者に聞くことからでした。M&A仲介をしている友人、すでに売却した同世代の起業家に相談し、2024年6月末から仲介2社に依頼。複数社と面談し、ちょうど半年でクロージングしています(M&Aにかかる期間)。譲渡先は株式会社エアトリ(東証プライム・6191)。2024年12月でした。
初期には「できる限り早く抜けたい、次に挑戦したい」「2億円以上でないと検討しない」といった、本人いわく「わがまま」な要望を出していた時期もあったといいます。しかし各社と話す中で、サービスはリリースから1年半ほどしか経っておらず急成長中で、まだまだやりたい気持ちもあり、そこは柔軟に検討できるようになった、と。
本題 ―― ロックアップなしを成立させた構造
金額は非公開ですが、希望していた条件を満たしたことは語られています。構造はこうです。
株式の売却で入ってくる一時的な部分と、あとは大体3年分のアーンアウトがついておりまして、業績と連動するようなインセンティブという形で
契約上は100%譲渡。そのうえで、3年間の業績連動インセンティブが乗る形です。
すごい美しいストラクチャーだなと思って、お互いがWin-Winというか、同じ方向を向きながらうまくいった分をしっかり分け合える
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)も、この設計を評価していました。通常はロックアップで契約書をガチガチにして「ずっといてね」と縛る会社が多いが、そうではなく——
ここまで売上利益が伸びたらこういうインセンティブがありますよみたいな形で、ある種契約書ではない魅力的な人参を用意して一緒に頑張ろうという形
起業家の気持ちがよく分かっている、と。
縛るか、残りたくさせるか。 同じ「3年間コミットしてもらう」でも、契約の書き方はまったく違うものになります(株式譲渡契約で確認すべき条項、売却後に何が変わるか)。
ただし前提があります。福本さん自身が、抜けるつもりがなかったことです。
私が中心として成り立っていたサービスでもあったので、M&Aで売却だったとしてもすぐに離れられない、抜けられることは難しいなとは非常に分かっておりまして
吉岡氏の補足が、この点を裏づけます。スタートアップフェーズにおける創業者が残るか残らないかは相当重要。今回はお互いの信頼関係とインセンティブの中でやっていくからいいが、売却タイミングですぐ抜ける、となるとなかなか難しい、と。
「ロックアップなし」は自由を意味しません。 残ることが前提にあり、その残り方を契約ではなくインセンティブで設計した、というのが正確な理解です。
なぜ「もっと伸ばしてから」にしなかったのか
急成長中の事業を、なぜこの時期に売ったのか。逆算でした。
1つ目、ロックアップの長さから逆算した。
周りの起業家の話を聞いていると、私のような20代後半で、サービスを代表中心で回している形態だと2〜3年ぐらいという話が多くあった
27歳。2〜3年拘束されるなら、20代のうちにこの事業へコミットする形になる。それなら今始めたほうが、次のキャリアに早く移れる、という計算です。
2つ目、顧客基盤のリスク。 サービスがスタートアップ中心なので、どうしても一定マーケットの景気に左右される。
3つ目、単独より組んだほうが伸びる。 すでにコネクションや信頼度がある会社と一緒にやったほうがスムーズに済む。実際、エアトリはスタートアップ投資を100社以上手がけており、そのネットワークが効いているといいます。グループイン後5ヶ月の時点で、成長は加速しているとのことでした。
「もっと伸ばしてから」の裏には、拘束期間が延びるリスクがあります。 伸ばすほど属人性が固定化すれば、離れられる時期は遠のきます(会社を売るタイミング)。
なお、吉岡氏はこの回で、ウィルゲート自身がエアトリのCVCから出資を受けていることに言及しています。買い手企業との資本関係がある立場からの発言である点は、読む際に踏まえてください。
属人的な事業でも売れる ―― 何が評価されるのか
福本さんのサービスは、明確に人に依存していました。VCとの連携の部分や、本人へのリファラルで入ってくる新規案件が多かった。それでも成立しています。吉岡氏は、買い手がM&Aで手に入れようとするものを4つに整理していました。
| 買い手が得るもの |
|---|
| 売上・利益の取り込み |
| 優秀な起業家・経営者人材 |
| 起業家以外の社員・組織 |
| 顧客基盤や、リード元になるVCとのつながり |
事業そのものより、人と関係性を買うケースがある。 福本さんの場合、VC51社との提携関係が資産として評価されています。
そして、ロックアップの長さが決まる基準も明快でした。従業員が20人未満の会社では、創業者がプレイングマネージャーとしてリードも引っ張り、セールスもし、カスタマーサクセスもする、と業務フローを縦串に見ているケースが多い。一般的なロックアップは1年ほどだが、創業者がバリバリ現場をやっているケースだと大体3年。
属人的だからM&Aを諦める必要はありません。 残る形(ロックアップ、アーンアウト、2段階売却)で解決できる、という整理です。
デューデリジェンスで差が出たところ
DDは比較的スムーズだったといいます。理由が具体的でした。仲介からも、いろいろな会社の中にはお金の使い方に問題があるケースが多いと聞いていた中で、自社の場合は変なことに使ったりはまったくしていなかったので、そこも整理しやすかったようだ、と。
私的な支出が混ざっていない決算書は、それだけで交渉を速くします。 節税目的の不透明な経費が積み上がっていると、DDで洗い出す作業そのものが遅延要因になります(デューデリジェンスで何を見られるか、売却前に売り手がやるべき準備)。
この記事のポイント
- 「ロックアップなし」は自由の意味ではない。 残る前提があり、その残り方を契約ではなくインセンティブで設計した形
- 同じ3年でも、縛る契約と、伸ばした分を分け合うアーンアウトでは性質がまったく違う
- 希望額は「着地利益の見込み × マルチプル」で具体的に置いてから臨む
- 「もっと伸ばしてから」は拘束期間を延ばすリスクがある。 属人性が固定化するほど離れにくくなる
- 従業員20人未満で創業者が一気通貫で回している会社は、ロックアップ3年が目安になりやすい
- 買い手は事業だけでなく、人・組織・顧客基盤やVCとのつながりを買っている
- 私的支出が混ざっていない決算書は、それだけでDDを速く進める
- 正社員ゼロ・業務委託30名という体制でも、上場企業への譲渡は成立する