【売却体験談】出資8割でも議決権はゼロだった ― 「分かったつもり」が招いた事態 スタートアップスクエア 恵島良太郎氏
- 業種
- 覆面調査・リサーチ/M&A支援
- 年商
- 譲渡当時 株式評価12億円規模
- 譲渡形態
- 株式譲渡+SPCへの再出資(2段階)
- 譲渡価格
- 非公開(LBOローンを用いた2段階イグジット)
- 所要期間
- 約6ヶ月

持分80%。議決権はゼロ。
こう書くと、悪質な相手に騙されたように読めます。しかし恵島良太郎さんは、はっきり否定しています。
騙そうとしてたわけじゃないと思いますよ
問題は相手ではなく、自分の質問の仕方にありました。9回の売却を経験した人が、なぜこの落とし穴に落ちたのか。伺いました。
9回売却した経験を、小説にした
恵島さんは1976年宮崎県生まれ。2004年に株式会社ROIを設立し、飲食店向けの覆面調査サービスを主力事業へ育てています。同社は設立21年目で年商30億円超、営業利益率10%超の規模に。
2012年にクアラルンプールへ移住し、現在マレーシア在住14年目。マレーシアで7社を経営しており、飲食店だけで26店舗を展開しています。
これまでの実績は、10億円以上の会社を2回、2億円規模の会社を7回。合計9回の売却を経験し、現在10社目を売却中だといいます。
そして、その経験を小説にまとめました。『闇と闇と光 THIS IS M&A ESSENTIAL』(幻冬舎)。事実と事実を組み合わせた小説だといいます。
なぜ小説なのか。ここに、この記事の存在意義があります。売却した事業者は「実はさ」と話はする。しかし——
一生に1回しかない売却で、変なケチをわざわざ言う人はいない
「あの人は10億円で売却した」という話は流通する。しかしその売却が本当に成功だったのかは語られない。
成功談は流通し、失敗談は流通しない。 だから同じ失敗が繰り返される、という問題意識でした。
「事業」と「M&A」は別のゲーム
2話目の冒頭で、恵島さんはこう総括しています。
事業主がどんなに利益を出していても、事業主とM&Aでは全く違う世界のゲームが始まっているところの認識がなかった
事業を伸ばす力と、売却の交渉を乗り切る力は別物です。9回売却した人でさえ、そう振り返っています。
「分からない」より危ないのは「分かったつもり」
恵島さんの整理は明快です。
分からないことは、多分みんな回避できると思うんですよ。何が言いたいかというと、分からないって分かってるわけじゃないですか
危険なのは、その先にある状態です。売り主はそれくらいの知識しか持っていないから、必死でいろいろ聞く。ところが、その質問には根本的なずれがあります。今考えていることについての質問であって、本当にその人が至るべきゴールに対しての質問ではないことが多い。
そして相手は、聞かれたことに正確に答えます。FAも仲介も弁護士も、皆さん売り主の味方です。しかし売り主の質問が正しい質問でなければ、正しい答えが返ってきても、本当に聞きたかったことの答えにはならない。
さらに厄介なのは、時間の経過です。何度も質問と回答を繰り返していると、FAも弁護士も「これはもう分かっているんだろうな」と思うようになる。売り手の知識は増えている。しかし専門家との差は10倍ほどあって埋まっていない。それでもやり取りは成立してしまい、終わった後に「だいぶ違ったな」と気づく。
専門家に相談していても、質問が的外れなら守られません(仲介とFAの違い、仲介会社の選び方)。
決定的だった、たった一つの質問
恵島さんが自分の失敗として挙げたのは、具体的な一言でした。
「通常のLPS契約と違うところだけ教えてくださいね」っていう、大きな質問をしちゃった
そして、その心理も自覚しています。できれば「通常のLPS契約と違いはありません」という答えを待っていた。もうディールを終えたかったから。
確認しているようで、確認していない。 望む答えが返ってくる形の質問をしてしまう。これは知識の問題ではなく心理の問題です。
何が起きていたのか ―― スキームの構造
恵島さんが選んだのは、2017年当時としては珍しい形でした。
会社を売却し、税引後に残った資金の大部分をSPC(特別目的会社)に再出資する。そのSPCが対象会社の株式を持ち、恵島さんはSPCの持分の80%を保有する。資金はLBOローンで賄われます。LBOローンは金融機関が買い手に貸すのではなく、対象会社に貸す仕組みです。自分の作った会社がお金を借りて、そのお金が自分に入ってくる。
このスキームの利点は明快でした。通常は売ってしまえばお金は手に入るが、株式の比率は落ちる。このスキームなら、株を保持しつつキャッシュもある状況を作れる。一度キャッシュを得ながら持分も維持し、2段階イグジットを狙う。理屈としては優れた設計です。
しかし、持分と議決権は別でした。
80%の持分なんですけど、議決権8割はないんですよ
SPCの中はGP(ジェネラルパートナー)とLP(リミテッドパートナー)に分かれています。
| 権限 | |
|---|---|
| GP | すべての議決権を持つ意思決定機関 |
| LP | 売却時に配分を受ける比率のみ。議決権ゼロ |
恵島さんはLPでした。80%出せるということは8割の決定権を持っていると思いがちで、自分もそう思ってしまっていた、と。
なぜ、そういう契約になっているのか
理不尽に見えますが、背景があります。いま使われているLPS契約は平成10年に作られたものです。もともとの発想は、不特定多数の投資家から資金を集めてGPが運用する形。投資家が1,000人いたら、一つひとつの意思決定に同意を取るのは不可能なので、LPの利益を最大化するためにGPへ意思決定権を集約する。それが大元です。
今回私みたいに、1つのファンドで80%のLPがいるという状況は想定されていない
雛形は、想定された状況のために作られています。 自分のケースがその想定から外れているなら、条項の意味は変わる。ここを確認できるかどうかが分かれ目でした(株式譲渡契約で確認すべき条項)。
なぜ冷静さを失うのか ―― ディールフィーバー
恵島さんは、「情報の非対称性」という罠を知っていたと述べています。セカンドオピニオン、サードオピニオンも取っていました。それでも起きた。理由は2つ挙げられています。
1つ目、大きな金額が動くこと。 10何年やって初めてお金が個人に入ってくる。子どもたちを連れて世界旅行に行こうか、といった計画まで頭にあった。ディールフィーバーは実際にあった、と本人は認めています。
2つ目、時間が長いこと。 株価12億円という提示が、6ヶ月続きます。その間に金額は動きます。3ヶ月経つと「海外の会社のDDだったから10億円くらいですかね」。1ヶ月後には「今の事業の進行だと9億円くらい」。反論すると、やはり12億円に戻る。これは仲介やFAがテクニカルにやったわけではなく、自然にそうなった。
その結果、売り手の心理は「もう早く終わらせてくれ」になります。冷静にギャップを埋めるのではなく、埋まっているものとして思いたい自分が出てくる。
さらに、チームの構造も効いてきます。ディールが長いとき、売り手・本人・FAは1つのチームになり、「ディールをしっかり終える」というゴールに向かって走っている。
ディールをやめるっていうゴールも実はあるわけじゃないですか
しかしやめれば、6ヶ月かけて作ったプロジェクトは解体。その後にみんなが元の会社に戻れるかというと、これも難しい。
降りるコストが上がっていく構造そのものが、リスクです。 この点を最初から意識しておかないと、途中で立ち止まる判断ができなくなります(破談が起きるパターン、価格交渉の進め方)。
どう切り抜けたか(小説として語られた展開)
その後の経緯について、恵島さんは守秘義務を理由に、小説の内容として語っています。以下はその前提でお読みください。
作中では、ファンドの中に適格投資家と呼ばれる存在がいました。一定以上の投資実績と経験を持ち、GPが適切に運営しているかを見る立場です。LP投資家として持つ比率は1%しかない。にもかかわらず、その人がほぼ最終的な意思決定権を持っている。GPの対応が妙に丁寧だったことから、調べて気づいたといいます。
弁護士に相談すると、相手は日本最大級の事務所。自分側の弁護士は正面から争うことに消極的でした。そこで別の事務所に相談したところ、こう助言されます。どんなに戦っても勝てないが、この適格投資家がやりたくない取引は絶対にやらない。これがやりたくない取引だというエビデンスを集めて出せば、ディールは成立しない、と。
作中の状況はこうでした。対象会社にはコロナ前、時価総額30億円規模のオファーが現れていた。ところがコロナで、飲食店1万店ほどの取引先から解約が相次ぎ、創業以来初の大赤字に転落する。FAとの闇に、コロナという闇がもう一つ重なった——タイトルの「闇と闇」はここから来ています。
そこでGPが取り得る動きとして描かれるのが、自己取引です。会社を安価で他社に売却してファンドを解散し、数年後に同じ価格で買い戻す。コロナが明ければ元の水準に戻るビジネスモデルなので、その時点で売れば大きな利益になる。契約上、それが可能な建て付けになっていた。止められるのは適格投資家だけ。しかし適格投資家とGPは元同僚――という設定です。
主人公は自己取引を示すエビデンスを集め、適格投資家と対話しながら、並行して別の買い手をGPに持ち込む。結果としてGPも利益を確定でき、主人公側も再び株式を持てる形に着地する。
契約書に「誰が最終的に決められるのか」「その人を止められるのは誰か」が書いてある。 そこを読めるかどうかが、最後の防衛線になった、という話です。
なお恵島さんは、それでも2017年に売却したこと自体は正しかったと考えています。もし売らずにコロナを迎えていたら、個人保証を負ったまま危機に直面していたからです。
もうひとつの落とし穴 ―― 事業譲渡と銀行のコベナンツ
別の失敗談も語られました。こちらは短いぶん、応用が利きます。
会社に約1億円の累積損失があった。株式譲渡なら約20%の分離課税だが、事業譲渡にして損失にぶつければ課税されない。税理士に確認したうえで実行しました。ところが、想定外が起きます。
主事業の売却を行った時の一括返済というのが、コベナンツで銀行と握ってるんですよ
借入が1億2,000万円、入金が1億円。差し引き2,000万円のキャッシュアウトになりました。これは結構みんな知らない、と恵島さんは言います。しかも、税理士にも弁護士にもFAにも聞いていたのに、誰からも指摘がなかった。
そこから導かれた教訓が、これです。事業売却の時は必ず2つを確認する。まず税金。もう1つが金融機関のコベナンツ。融資契約の最初のほうに「主要事業を売却する時は期限の利益を喪失する」といった条項が書かれていることがあるが、通常は読まれない、という指摘でした(事業譲渡でかかる税金、経営者保証はどうなるか、株式譲渡と事業譲渡の違い)。
知識差が生まれやすい2つの場所
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)は、売り手が損をしやすい論点を2つに絞っていました。
1つ目、スキーム。 2段階売却で売上が30倍になったにもかかわらず、契約書で条件を握っていなかったため成長がほとんど評価されなかった例を挙げています。
2つ目、税引後の手残り。 株なら分離課税で20%だが、アーンアウトにすると雑所得としてがっつり課税される。会社を分割するときには税制適格要件があり、知らないと分割したタイミングで税金を取られる。
恵島さんも、目標設定そのものがずれやすいと補足しています。
M&Aの後の税引後の手残りというところにゴール設定していないから、売却金額を設定しちゃうんですよね
売却額ではなく、手取りで目標を置く。 これが最初のボタンの掛け違いを防ぎます(会社売却でかかる税金、手取りシミュレーション)。
この記事のポイント
- 事業を伸ばす力と、M&Aを乗り切る力は別のゲーム
- 「分からない」は回避できる。危ないのは「分かったつもり」。望む答えが返る形の質問をしていないか確認する
- 専門家は正しく答える。質問が的外れなら、正しい答えでも守ってくれない
- 持分比率と議決権は別物。誰が最終的に決められるのかを契約で確認する
- 契約の雛形は、想定された状況のために作られている。自分のケースが想定内かを疑う
- ディールは長引くほど、降りるコストが上がる。やめる選択肢を最初から持っておく
- 金額の上下は交渉術とは限らない。しかし「早く終わらせたい」心理を生む
- 事業譲渡では税金と、金融機関のコベナンツ(主要事業売却時の一括返済)を必ず確認する
- 目標は売却額ではなく税引後の手残りで置く
- 成功談は流通し、失敗談は流通しない。だから同じ失敗が繰り返される