【売却体験談】創業事業を売って本命に集中する ― 「営業利益2〜3億を作るまで他の事業はやらない」 コミクス 鈴木章裕氏
- 業種
- デジタルマーケティング支援・SaaS
- 年商
- 譲渡事業 売上1億2,000万円・営業利益6,000万円
- 譲渡形態
- 事業譲渡(複数回)
- 譲渡価格
- 1億2,000万円+アーンアウト
- 所要期間
- 約5ヶ月

創業事業を売りました。しかも、希望額には届いていません。それでも決めた理由は明確でした。
早く売ってすっきりしたいということで決めたっていうのが率直なところ
売却資金は、本命のSaaS事業へ。鈴木章裕さんに、事業を絞るという判断について伺いました。
「こんなちまちまやって60を迎えるんですか」
鈴木さんは2000年代から複数の会社を立ち上げ、事業売却を経験してきました。2007年9月に株式会社コミクスを設立。途中には失敗もあります。2015年に立ち上げたDSP事業は、8ヶ月で2億4,000万円を投じて畳んでいます。
転機は、かつての部下からの一言でした。
鈴木さん、こんなちまちまとやって60を迎えるんですか。 俺は55歳なんですけど、どこかの大企業のグループに入るか上場するか、どっちかしたらいいんじゃないですか
ここから上場を目指す方針が固まります。そして直近4年で、2つの事業を売却しました。
| 譲渡事業 | 譲渡先 | 経路 |
|---|---|---|
| EFO(入力フォーム最適化)事業 | エフ・コード | 直接交渉 |
| デジタルマーケティング支援事業(創業事業) | デジタルプラス | 仲介経由 |
売った理由 ―― 本命に集中するための資金
動機は、資金でした。
SaaSのメディアサイトに一点集中しようと思って、そのお金を得るために2事業売った
そして、上場についての考え方も独特です。最近のスモールIPOには問題がある。
IPOするんだったら、M&Aして営業利益10億20億、時価総額300億、流動性も含めて100億以上を担保しないといけない
それを上場する前に作ろうと思って、成長性の高いところだけに絞った。
上場を「ゴール」ではなく「通過するための条件」として設計しています。 小さく上場しても意味がない、という前提から逆算した結果が事業売却でした(会社を売るメリット)。
数字と条件
譲渡したデジタルマーケティング支援事業の規模はこうです。
- 売上:1億2,000万円強
- 営業利益:6,000万円強
- 譲渡価格:1億2,000万円+アーンアウト
希望との差も率直に語られています。
EBITDAで4倍から5倍ぐらい欲しかったんですけど、実際はそれより低かったんで、しょうがないねって決断しました
営業利益6,000万円に対して1億2,000万円ですから、およそ2倍。希望していた4〜5倍とは開きがあります。相手は買う意思が固まっていたのでDDはすんなり進んだが、金額の調整は難航し、1ヶ月ほどかけて折り合った。こちらが折れた部分が多い、と。
それでも決めたのは、目的が価格ではなかったからです。 資金化して本命に投じることが目的なら、交渉を長引かせるコストのほうが大きくなります(会社はいくらで売れるのか、EBITDA倍率で見る自社の相場)。期間は意思決定から約5ヶ月でした。
なぜ仲介を使ったのか
EFO事業は、直接交渉で売っています。理由が明快でした。
我々は国内シェア2位のサービスを持っていたから、国内1位と3位をよく知っていた。だから1位と3位に声をかけした
シェア上位が数社しかない市場なら、相手は自明です。一方、デジタルマーケティング支援事業は対象が広い。自分たちで探すこともできないことはなかったが、早くすっきりさせたい。吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)によれば、この案件では約70社のリストを作って当たったといいます。
買い手候補が数社に絞れるなら直接、広いなら仲介。 この使い分けは、売り手が自分で判断できる部分です(仲介とFAの違い、買い手が見つからないとき)。
なお、買い手側の事情も語られています。デジタルプラスは従業員200名以上の上場会社ですが、事業を切り離して規模を縮小した後、改めてマーケティング支援という武器を求めていたタイミングでした。もともと知り合いでもあった。
買い手が「今それを探している」時期に当たるかどうかが、成否とスピードを分けます。
人がついてこないと、売れない事業
譲渡には7〜8人の社員が一緒に移っています。広告運用やSEO対策は人が運用する事業なので、人がつかなければ何の価値もない。基本的に人がつかないと売れない事業だ、と鈴木さんは言います。
なかなか売却の決断をやり切れる経営者は少ないのではないか、と問われて返ってきた答えが、この回でもっとも率直な部分でした。それまでも買ったり売ったりしていて慣れているのが1つ。そしてもう1つは——
僕自身そこを伸ばす情熱がないんだったら、情熱のあるところについてもらった方が、働いてる人たちも幸せじゃないですか
売ると決めたときは、「信じていたのに、社長どうしてですか」と女性社員に泣かれることもあった。しかし未上場の会社から上場企業に移ったので、待遇も社会的なステータスも上がり、結果みんな楽しくやっている。泣かれるのは最初だけだ、と。伝え方については、なぜこう意思決定したのかを真摯に丁寧に説明するしかない。伝えたタイミングは、事業責任者クラスの1人にだけ事前に、それ以外は完全に決まってから。吉岡氏も、責任者には事前、他のメンバーは決まってから、上場企業が相手ならインサイダーの問題もあるので開示日に伝えるケースが多い、と補足しています(従業員への説明をどう設計するか)。
本題 ―― 何を売り、何を残すか
鈴木さんの判断基準は、はっきりしています。売った事業の条件はこうでした。
他の会社でもこれは提供できるよね、競合との差別化要素がないよね、かつ利益も鈍化してきていて成長も鈍っているよねというところを売った
逆に残す基準も明確です。中長期で本当に必要なもので、世の中のためにやるものであれば、渋くやり続ける。そして、伸びが鈍化した事業を持ち続けるリスクを、社内の観点から指摘しています。伸びが鈍化しているところをずるずる持つのは良くない。かといって——
伸びが鈍化しているからといって営業利益が出ていたら、その中の人たちは「俺たち営業利益出てるじゃん」みたいな感じになる
他の事業に対しても悪影響が出る、と。
利益が出ている事業ほど、切る判断が遅れます。 しかも社内では「うちは貢献している」という空気が生まれ、伸びている事業への集中を妨げる。この構図は、複数事業を持つ経営者に共通します。
これから売る人へのメッセージ
もっとも実践的な部分です。
1個の事業で営業利益2〜3億を作るまでは、他の事業をやったらダメだなと思ってます
そして、新規事業の選び方についても。まったく違う領域の事業をやるのではなく、関連しているところから攻めていくことが大事。まったく違うところは0→1でスタートだから、リソースが要る。
なお、鈴木さん自身の感覚として、営業利益5,000万〜1億円くらいの事業なら結構簡単に作れる、とも述べています。
作れるからこそ、絞れない。 複数の事業が立ち上がる経営者ほど、この罠にはまりやすい。売却は、その集中を取り戻す手段として使われています。
この記事のポイント
- 上場を「ゴール」ではなく「通過するための条件」として設計すると、事業売却が選択肢になる
- 目的が資金化なら、希望価格に届かなくても決めるほうが合理的なことがある
- 買い手候補が数社に絞れる市場なら直接交渉、対象が広いなら仲介
- 買い手が「今それを探している」時期に当たるかが、成否とスピードを分ける
- 人が運用する事業は、人がついてこないと売れない
- 自分に情熱がないなら、情熱のある会社に託すほうが社員も幸せという判断軸
- 売る基準は「差別化要素がない・利益が鈍化・成長も鈍化」
- 利益が出ている事業ほど切る判断が遅れる。 社内にも「貢献している」空気が生まれ、集中を妨げる
- 1事業で営業利益2〜3億円を作るまで、他の事業に手を出さない