【売却体験談】ロックアップを背負う社長を、売る前に立てた ― 営業利益1.8億円を6億円+アーンアウトで Senjin Holdings 下山明彦氏
- 業種
- 仮想通貨メディア・コミュニティ
- 年商
- 営業利益1.8億円
- 譲渡形態
- 株式譲渡(上場企業へ/創業者はロックアップに関与せず)
- 譲渡価格
- 6億円+アーンアウト

売却の1年以上前に、「誰がロックアップを背負うか」を決めていました。
役員報酬も1,000万円とか出していいと言って、アーンアウトも全部取っていいよと言って。その代わり、俺はロックアップには関わらない。でもいいか、というのを話して
相手は、当時二十歳の慶應生でした。
創業半年で1億円超のオファーを断り、バブル崩壊で社員が半分辞め、そこから営業利益1.8億円まで戻して6億円+アーンアウトで売却。下山明彦さんに伺いました。
最初から、売却前提で起業した
下山さんは広島出身。東京大学2年生のときに株式会社CoinOtakuを創業しました。事業は、株式情報サイトの仮想通貨版。2017年当時、ブロックチェーンや仮想通貨の情報は情報商材ばかりで、投資判断に必要な情報がまとまっていませんでした。
出発点が、他の事例とはっきり違います。
上場とかを全然視野に入れてなくて、もうちゃんと数年以内にうまく行ってるかどうか分かって、行っているとしたらちゃんと会社を売却するということができるというモデルで、まず検討を始めている
理由は、その先にありました。当時19歳で宗教学の学者になろうと考えており、文系の学者は非常に少ない年収で頑張らなければならない。だからそこまでに、自分がそれに集中できる材料を一度手に入れたい。そこに、仮想通貨投資の市場を開拓する意味がありそうだという読みと、起業が面白そうだという動機が重なっていました。
なぜ仮想通貨だったのか ―― 参入障壁の読み方
領域選定が、そのまま「買われる事業」の設計になっています。
一般的なSEOメディアは、クラウドソーシングでライターを用意し、型を作っていい記事を書くところで競争します。しかし当時の仮想通貨は、変化が異常に早く、一次情報が英語だった。キュレーションメディアで勝ってきたオペレーション型のプレイヤーには参入の難易度が高い領域でした。
そこで、自分の資源が効く場所を選びます。
東大生みたいな学習力が高くて、英語がいけて、文字が書ける人間がめっちゃ大量にいるということが、すごく競争優位になるかなと思ってやった
これが占いやマッチングアプリだったら、意外と勝てなかった可能性がある、とも述べています。
「自分が持っている資源が、他社にとって真似しにくい市場」を探している。 事業を選ぶ段階で、すでに差別化の設計が入っています。
立ち上げ方が力技だった
オフィスは東大本郷キャンパスを出てすぐの湯島。人集めの方法も具体的です。下山さんは投資コンテストで日本一になっており、学内メディアの取材が決まっていました。取材されると分かっていたので、「投資日本一の東大生が語る、今さら聞けない仮想通貨」というタイトルの記事を作ってもらい、その記事の中に募集を仕込みます。仮想通貨について学びながら記事を書けばアルバイト代ももらえて一挙両得、興味がある人はLINE登録を——という形です。
そして、配り方が力技でした。
東大の学部のクラスLINE全部に流したんですよ。1学年3,000人ぐらいいるんで、2学年で1万2,000人ぐらいじゃないですか。そしたら2、300人ぐらいエントリーが来た
そこから絞り込み、ライター兼仮想通貨アナリストの集団を作っています。会社は10人ほど(業務委託が多数)。当時、仮想通貨と検索するとWikipediaより上位に表示される規模まで成長しました。
創業半年で1億円超のオファー、そして断った
最初の打診は、意外な早さで来ています。きっかけは、マネックスグループの松本大氏との学生起業家対談でした。そこで仮想通貨メディアを始めたと話したところ、3ヶ月後に「買いたい」という打診が届き、かなり具体的なところまで話が進みます。金額は1億円以上の水準でした。
当時の月商は200万円程度。それでも断っています。
めっちゃいいかもって思ったんですけど、絶対もっと行けるだろと思って断った
創業半年・月商200万円の会社に1億円の提示が出る。伸びている領域では、決算ではなく将来で値がつきます。
冬の時代 ―― メンバーが半分辞めた
その後、コインチェックのハッキング事件が起き、最初のバブルが崩壊します。検索順位はずっと上位のままでしたが、取引所のマーケティング費用が激減し、市場全体が冷え切った。メンバーは半分以上辞め、役員もエンジニアも半分辞めた。「めちゃくちゃやばい」状況に一度なったといいます。
ここでの判断が、この事例の分岐点でした。
市場の冷えって、ぶっちゃけどうしようもないじゃないですか。コロナみたいなもんなんで
コロナの時にオフラインイベントの事業だけやっていても仕方ないのと同じで、バブルが崩壊した時に仮想通貨の事業だけやっていても仕方ない。会社にも市場にもポテンシャルはあり、市場は絶対に戻る。だからこの会社は立て直しつつ、別の事業と別の会社を同時に立ち上げて全部成功させよう——そうして作ったのがSenjin Holdingsです。
外部環境の悪化に、事業努力で対抗しようとしなかった。 受け皿を別に作り、元の会社は「市場が戻るまで持ちこたえる」役割に切り替えています。
本題 ―― ロックアップを背負う社長を、社内公募した
人員をどう振り分けるか。下山さんは、社内に問いかけています。
今からコインオタクの社長やりたい人、というのを僕が募集した
反応は3通りでした。
| 反応 | 結果 |
|---|---|
| 「社長をやりたいです」 | CoinOtakuの社長へ |
| 「Senjin Holdingsの事業部長をやりたいです」 | 事業部長へ |
| 「情報量がなさすぎて分からないです」 | ― |
手を挙げた当時二十歳の慶應生に社長を任せ、下山さん自身は取締役を降りて株主になり、Senjin Holdingsの代表に就いています。
そのとき、条件を全部握りました。M&Aの方針で行くことは話して決まっていた。そのうえで、最初から役員報酬は1,000万円でもいい、アーンアウトも全部取っていい、その代わり自分はロックアップには関わらない——これを、社長を任せるタイミングで話しています。信頼できる先輩後輩の関係で、相手にとっても「上場企業の子会社の社長になるのは面白そう」という魅力があった。メリット・デメリットを考慮したうえで引き受けてもらい、「市場が回復するまで絶対にぶち抜こう」とやり続けたといいます。
報酬の設計も丁寧です。売れても売れなくても最初からそれが報酬で、その間もきちんと報酬を受け取りながらやっていく。金額そのものは会社とは握っていませんが、代表取締役との間ではトラックレコードとして残る形で握っていました。
ロックアップとアーンアウトを、売却時ではなく1年以上前に切り分けている。 多くの経営者が最終契約の局面で悩む条件を、事業を任せる時点で決めていました(株式譲渡契約で確認すべき条項、売却後に何が変わるか)。
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)も驚いています。
僕たち大人の30代40代とかでも、やっぱり1億円単位の話になったら揉めるのに……そこら辺をちゃんと人間関係を作った上で、条件を早めに握っている
そして結果です。潰れそうな状況から市場の回復まで持ちこたえ、営業利益1.8億円まで戻したタイミングで、6億円+アーンアウトで譲渡しました。
買い手候補を3つに分類し、1つを捨てた
相手探しの整理の仕方も、そのまま使えます。自社の事業を変える可能性がある会社は3種類ある、と下山さんは考えていました。
- インターネット広告・メディアに強い会社が、自社のポートフォリオに仮想通貨領域を加えたい
- 仮想通貨領域で既にビジネスをしている会社(取引所など)が、マーケティング機能を補完したい
- これから新規にその領域をやっていきたい会社
そして途中で、1つ目を全部除外しています。理由が鋭い。仮想通貨領域は実際にバブルも崩壊しており、「これどうなるか分からないですよね」という、ロジック上の値下げポイントがある。
でも逆に、そこがどうなるか分からないと思っている人間とやる意味がない
そもそもその領域に未来があると思っているから買うはずなのに、そのロジックでバリュエーションを下げてこようとする相手とは組まない、という判断です。
「自社の市場を信じていない買い手」は、必ず不確実性を値引きの根拠にします。 候補から外すという判断は、価格交渉より前の段階の勝負です(買い手が見つからない会社の特徴、価格交渉の進め方)。
最終的な譲渡先は、ブロックチェーン領域に積極投資していた上場企業でした。面談した会社は10社以上。進め方は、最初は自分たちで動き、途中から知人ベースで仲介に入ってもらう形でした。
コロナで2〜3件流れた
期間について、想定と違ったことを聞かれ、思ったより時間がかかったと答えています。コロナで買い手側のキャッシュフローが厳しくなり、話が流れることがいろいろな会社で起きた。仮想通貨領域の会社を買うのは「攻めのポートフォリオ」なので、「一旦やめておこう」となったケースが2〜3件あったといいます。
新規領域への投資は、買い手の景気が悪くなると真っ先に止まります。 M&Aの成否は、自社の業績だけでは決まりません(M&Aにかかる期間)。
ロックアップがなかったから、できたこと
自分はロックアップに関わらない、という最初の取り決めは、売却後の人生に直接効いています。
下山さんは次の会社をやる前提で、1年ほどかけて引き継ぎを終えてから成約に至っています。もしロックアップがあれば、東京藝術大学を受験することはできなかった。「なぜ藝大受験のためにコミットが下がるんだ」と言われるのが普通だからです。1年かけて準備したからこそ、2社目のSenjin Holdingsは1期目から営業利益を出し、やりたいことも実現できている、と振り返っています。
売却後 ―― 「かっこよくない先輩」にならないために
3話目では、入ってきた資金の使い道が語られています。ただし、その前段の話のほうが本質的でした。
エグジットをした後に、かっこいい先輩とかっこよくない先輩がいるなと思っていて
抽象化した共通点で言えば、次のチャレンジが見つかっていない、お金をセンスよく使っていない。そういう人にはなりたくない。だから次に何をしたいかを決め、いろいろな責任をきちんと果たすことを大事にしている、と。
実際の使い道は、Senjin Holdings内でのアート事業の立ち上げ、東京藝術大学への進学準備、制作のための土地の取得などでした。タワーマンションに半年住み、解約してオフィスに戻った、という話も出てきます。
なお下山さんは現在、東京藝術大学修士を経て慶應義塾大学院の博士課程に在籍しながら、デジタルマーケティングを軸に複数の事業会社を持つSenjin Holdingsの代表を務めています。
「売った後に何をするか」を先に持っている人は、条件の設計も変わります。
この記事のポイント
- ロックアップとアーンアウトは、売る直前ではなく事業を任せる時点で切り分けられる
- 残る社長には報酬を先に確約し、アーンアウトを全部渡す。その代わり創業者は残らない
- 若い当事者同士でも、人間関係を作った上で条件を早く握れば揉めにくい
- 領域選びの基準は「自分の資源が効き、他社が真似しにくいか」
- 伸びている領域では、決算より将来で値がつく(創業半年・月商200万円で1億円超の提示)
- 外部環境の崩壊には事業努力で抗わず、別法人という受け皿を作る
- 買い手候補は類型に分け、「自社の市場を信じていない相手は外す」
- 信じていない買い手は、不確実性を必ず値引きの根拠にする
- 新規領域への投資は、買い手の景気悪化で真っ先に止まる(コロナで2〜3件が中断)
- ロックアップに関わらない設計が、売却後の進路を自由にした