【売却体験談】「売りたい」と言えばいい ― 上場半年後にTOBで退いた創業者 ラストワンマイル 清水望氏
- 業種
- 生活インフラ(新生活向け電気・ガス取次)
- 年商
- 上場時 売上80億円規模・利益2〜3億円
- 譲渡形態
- TOB(上場後の保有株譲渡)
- 譲渡価格
- 約20億円(TOBによる保有株の譲渡)

「売りたい」と公言してしまえばいい。多くのM&A実務が秘密保持を前提にするなかで、清水望さんの主張は正反対です。
売るという情報が業界に回ったら恥ずかしい、従業員に知られたらマイナスだ……要するに、こそこそやってるだけですよ
上場から半年ほどで代表を退き、保有株をTOBで譲渡した経営者の発想を伺いました。
18歳のアルバイトから、上場企業の創業者へ
清水さんの経歴は独特です。18歳で光通信にアルバイト入社し、コールセンターで全国1位を獲得。20歳のときには300人の部下を持っていました。光通信の子会社で1年ほど経験を積み、26歳で独立。10年で会社を東証グロースへ上場させています(2021年11月)。
上場時の規模は、売上80億円ほど、利益2〜3億円、社員は約300人でした。そして翌年2022年7月、代表を退任。保有株はプレミアムウォーターへのTOBで譲渡しています。金額の規模感は約20億円でした。
上場して不祥事以外で最短で辞めた社長は僕だと思っていて
なぜ、上場直後に退いたのか
判断の軸は、自分が最適な経営者かどうかでした。社長がやっても組織が伸びないなら、若くてやりたい人間に譲るべきだ。
僕がやって時価総額が20億、30億の評価なんだとしたら、譲った方がいいよねという潔さ
もうひとつ、上場企業という枠との相性もありました。本当はポーカーの事業を上場企業としてやりたかったが、合議体で決める、堅い事業をやっていくという上場企業に求められる姿があまり好きではなかった、と。
その後、同社の時価総額は100億円を超える規模へ成長しています。この点について、悔しさはないといいます。この会社に株を持たせてこうすれば上がる、というのは分かっていたので、上がることに違和感はない。
ただし、感情がないわけではありません。寂しさはある。ファミリー経営でスタートアップから頑張ってきたメンバーが、今までは会社の方向を見ていたのが、買収する側の方向を見るようになるわけだから、と。
譲渡後に起きるのは業績の変化だけではありません。 人の視線がどこを向くかが変わる。ここは数字に出ない部分です(PMIで何が起きるか、従業員への説明をどう設計するか)。
上場のために事業を作り替えた
上場を目指した経緯にも、実務的な示唆があります。創業から5年は営業代理店で、利益は5〜6億円ほど出ていました。ただし本人の評価は冷静です。時代が良かった、タイミングが良かった、当時バブルが起きていた。運が良かっただけだ、と。
追い風が止まったとき、次の目標として上場が浮上します。当時のナンバー2に「俺たちできる」と声をかけ、主幹事証券を選ぶところから始めた。最初は「とりあえず形だけやればかっこいい」という程度の動機だったと笑います。監査法人については、利益さえ出ていればつく、というのが本人の実感でした。
しかし、ひとつ分かっていたことがありました。
販売代理店が上場するなんてことはないっていうことは知ってたんですよね
そこで、上場に耐える事業へ作り替えます。市場についての比喩が分かりやすいものでした。東証はイオンのようなスーパーマーケットで、4,000店舗ほどが入っている。モール側としては、なるべく繁盛する店を入れたい。だから金融商品の市場に並ぶための魅力的な事業をしなければならない。
引っ越し時の電気・ガスの取次という小さな事業を、日本の市場の半分を取れば入口を押さえられる規模まで拡大する。そこに5年をかけ、上場時にはこれがメイン事業になっていました。
動機には、組織の事情もありました。5年も経つと気合と根性だけでは行けない。20代で入ってきた社員が30代になり、結婚する。
俺たちが生き残るために上場するしかない
「今の事業のまま上場できるか」を早い段階で見極める。 できないなら、事業のほうを作り替える。判断としては極めて明快です。
買い手としての経験 ―― 半分は失敗した
上場前に2〜3社を買収しています。手法は現金ではなく株式交換でした。お金はないが、夢と希望と上場するというビジョンがある。俺の夢に乗ってこい、という誘い方です。交換比率はデューデリジェンスの結果をもとに決めています。自社評価が20億円なら、相手が20億円なら1対1、10億円なら半分という考え方です。
そして成否について、率直に語られています。買ってから考えたいタイプで——
大体半分ぐらい当たりで半分失敗なんですけど、トータル総合したらプラス
分かれ目は明確でした。
| 結果 | |
|---|---|
| 事業シナジーがあり、しっかり利益が出ている会社 | うまくいった |
| 形がない、夢のような事業 | ことごとく失敗 |
たとえば10年前のコールセンターのAI。当時のAIは大したことがなく、そういうところに出したお金はことごとく失敗した。そして、社長や従業員を見て決めた案件はうまくいった。書面上のDDより「この社長とだったらいける」という感覚。結局最後は人だ、と。
買い手が何を見て失敗するかは、そのまま売り手が何を用意すべきかの裏返しになります。 「まだ形になっていない期待」を評価してもらおうとすると、通らないか、通っても後で揉めます(高く売るために売り手ができること、売却前に売り手がやるべき準備)。
本題 ―― 「欲しい会社は直接口説け」
清水さんは仲介を使ったことがないと述べています。M&A仲介から買ってうまくいくイメージがない。お見合いのようなものだ。本当に結婚して続く仲のいいカップルは、社長同士が仲が良かったり、「一緒にやりませんか」という絆やシナジーがあったりする。
買い手としての行動は徹底しています。
欲しい会社があったら、ぶっちゃけ聞きづらい質問かもしれないですけど、「社長、株何%持ってますか。譲ってくれませんか。一緒にやりませんか」と。これを言うことが大事
実際に買収できたのは数社ですが——
買わせてくれと言ってる会社は50社以上あります
打率ではなく試行回数の話です。 50社に言って数社が成立した、という構造でした。機械的にノンネームシートを出して眺めているだけでは絶対に分からない。人と人がきちんと入っている吉岡氏のやり方だけは違う、というのが清水さんの評価でした。
売り手にも、同じことを勧めている
ここが、この記事でもっとも議論を呼ぶ部分です。社長は「こんな会社が買ってくれたらうまくいくのに」と必ず思っている。でも恥ずかしくて言えない。
TwitterとかInstagramとかYouTubeで「俺売るぞ」と言ったら売れます
「社長、正直、僕の会社は社長のところが買ってくれたらもっと伸びます。買ってくれませんか」と行けばいいだけだ、と。清水さん自身も、自分の株を売る際に、伸ばしてくれると考えた会社の社長へ直接会いに行っています。これがこそこそしない、というのがM&Aのポイントだ、と。
ただし、これは一般的な実務とは正反対の考え方です。 売却情報が漏れると、従業員の離職、取引先の警戒、競合による切り崩しといったリスクが生じます。だから通常は秘密保持契約を結び、開示範囲を絞って進めます(秘密保持の実務、売却情報が漏れたらどうなるか)。実際、他の売り手の体験談では、社内で知っていたのは役員1〜2名のみというケースが大半です。
それでも清水さんの指摘に価値があるのは、「相手が決まっているなら、間に人を挟む必要はない」という一点においてです。買ってほしい相手が明確にいるなら、まずその社長に直接言う。それで話が動かなければ仲介を使う。この順序であれば、リスクを広げずに試せます。
全方位に公言することと、狙った1社に直接言うことは別です。 清水さんの主張のうち、後者は多くの売り手がすぐ実行できます。
20億円は、どこへ行ったか
退任後の2年ほどは、世界中のポーカーツアーに参加していました。日本ランキングで5〜6位に入る水準だといいます。そして、TOBや株の売却で得た約20億円は「全部そこに行った」と本人は言います。アミューズメントポーカー店を4店舗経営し、法人向けの事業も少し。遊びすぎた、と。
いまは方向を変えています。ポーカーをやり切ったので——
最近とてつもなくAIにはまっていて……多分日本で1番課金してるんじゃないかぐらい課金している
2025年4月からは、IT商材を扱うワイズという会社に執行役員として加わり、光通信時代の上司のもとで「リハビリ」をしているとも語っていました。次の目標は、AIを使って100億円を作ること。20億円は一度使い切ったが、次に100億円貯まったら「オールイン」したい。それが自分の人生の映画としてのシナリオで、これで外したら終わり。嘘か本当かは今後分かる、と。
吉岡氏は、清水さんのようなアイデアと営業力のある人がAIでプロダクトを作れば、エンジニアを大量に抱えなくても利益率の高い事業が生まれそうだ、と応じていました。
売却後のセカンドキャリアは、必ずしも次の起業ではありません。 やりきってから次に移る、という進み方もあります。
補足 ―― 上場企業が買い手として動きやすくなっている
この収録時、東証グロース市場について「上場から5年で時価総額100億円に届かなければ市場にいられなくなる」という方針が発表された直後でした。
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)は、これが売り手に与える影響を説明しています。上場会社も以前より本気でM&Aするという雰囲気に満ちてきているので、買う側のM&Aが激しく加速し、売る側のチャンスも増える。株価100億円を目指すなら営業利益5億円でも足りず7〜8億円が要る。10年頑張って営業利益2〜3億円には届いても、そこから倍にするのはすごく大変。
上場企業が自力成長で届かない部分を買収で埋めようとしている。 それが売り手にとっての追い風になる、という構図です(会社を売るタイミング)。
この記事のポイント
- 自分が最適な経営者でないなら譲る、という判断軸がある。業績不振とは無関係
- 上場を目指すなら、今の事業のままで上場できるかを早く見極める。できないなら事業を作り替える
- 買い手が失敗するのは、形になっていない「夢のような事業」を買ったとき
- 買い手は最後に人を見る。書面のDDだけで決まっていない
- 買ってほしい相手が明確なら、社長に直接言う。 間に人を挟む必要はない
- ただし全方位への公言は別問題。情報漏れは離職や取引先の警戒を招く。狙った相手にだけ直接当たるほうが安全
- 上場企業は時価総額の基準から、買収に本気になっている。売り手にとっては追い風
- 譲渡後に残るのは、業績ではなく人の視線が変わることへの寂しさ
- 売却資金を一度使い切るという生き方もある。次の目標があるかどうかが分かれ目