【売却体験談】「もったいない」の大合唱を押し切った ― 提示額は最大と最小で倍違った オーサムエージェント 竹村優氏
- 業種
- 求人サイト(物流ドライバー特化)
- 年商
- 売上4〜5億円・営業利益4,000万円弱
- 譲渡形態
- 株式譲渡(100%・ロックアップ2年)
- 譲渡価格
- 2.2億円

追い風が吹き始めたところで売った。だから周囲の反応は一致していました。
仲のいい経営者仲間に「売却しようと思うんだよね」という話をした時に、今売るのはもったいないだろう
自分のビジネスを知っている人には、ほぼ全員からその言葉をもらった。それでも竹村優さんは売っています。理由は、自分がアクセルを踏めないと分かっていたからでした。
コロナで5,000万円の赤字を出した
竹村さんは2013年にマイナビへ入社し、約3年で独立。求人媒体の代理店として始めましたが、顧客に運送会社が多かったことから、2017年に物流ドライバー特化の求人サイト「ドラピタ」を立ち上げます。
3〜4年でドライバー求人のオリジナル掲載件数はトップクラスに。順調な右肩上がりでした。そこにコロナが来ます。会社の電話が鳴ったと思えば「掲載を止めてくれ」。それに怯える毎日を過ごした。売上5億円弱の規模で、赤字5,000万円。経営者人生で初めての大きな下振れでした。
物流の回復は早く、2021年には売上4〜5億円、営業利益4,000万円弱まで戻しています。そして、そこに大きな追い風が見えていました。2024年問題です。ドライバーの労働時間規制により、運送会社は人を増やすか仕事を削るかの二択を迫られる。求人サイトにとっては特需です。
それでも売った理由 ―― 「踏めない自分」への自問
チャンスは見えていた。しかし手が動かなかったといいます。
コロナという大きな下振れを経営者人生で初めて経験して、大きなアクセルを思いっきり踏むというのが怖くなってしまって
大チャンスに思いっきりアクセルを踏めないオーナー経営者ってどうなんだろう、と自分に問いかけた。出た結論が、これでした。
大チャンスであるのに事業を伸ばせないのであれば、エクイティで資金調達をしていくのか、上場企業に売却して資金・リソースの支援を受けるのか。この2択でやらないと、この大チャンスに事業を伸ばせない
「自分では踏めない」という自己認識から売却を選ぶ。 業績が悪いからでも、疲れたからでもありません。事業の可能性を最大化する主体が自分ではない、という判断です。
2022年11月、株式会社じげんへ譲渡しています(会社を売るタイミング、会社を売るメリット)。
提示額は、最大と最小で倍違った
進め方は仲介会社の利用です。相談したのは2社、面談は約10社、そして意向表明は5〜6社から得ています。ここで起きたことが、この記事の核心です。
売却したのは2億2,000万円だったんですけども、1億以上差がありましたね。一番低かった金額と高かった金額で言うと
つまり倍近い開きです。理由も語られています。前年に大きな赤字が出ているので、ビジネス自体は買いたいが不安視する買い手もいた。あとは期待値の読み方で、そこに大きな差が出た。
同じ会社を見ても、買い手によって値段は倍違う。 とくに直近に赤字がある会社では、その赤字をどう解釈するかで評価が分かれます。1社だけの提示を見て「これが相場だ」と考えるのは危険だ、ということです(価格交渉の進め方、会社はいくらで売れるのか)。
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)は、複数社を並べる効果を具体例で示していました。もともと4億円を目指していた案件が、5社から意向表明が出る中で再オファーになり、最後は6億円まで上がった、と。
何が評価されたのか ―― 極端に絞る戦略
買い手が評価したのは、事業の作り方でもありました。
1つ目、エリアを極限まで絞った。 外部調達をしておらず、売上で回している会社だったため、一気に広げられない。それを逆手に取ります。
最初、愛知県小牧市だけのドライバーサイトを作ったんですよ
範囲が狭いぶん、掲載密度が上がる。すると地元のドライバーに「このサイトには小牧の求人がめちゃくちゃ載っている」と認識され、ユーザーがつく。小牧で営業していると、小牧以外にも拠点を持つ運送会社がいるので、次の拠点、また次の拠点と広げていく。東海に広がり切ったところで、サイト開設から1年半後に横浜へ。関東も横浜だけで営業し、そこから全体へ広げています。
2つ目、広告費をIndeedに100%集中した。 求人サイトを運営するとなると、まずSEOを頑張ろうとする会社が多い。もちろん並行して進めないと広告依存になるので取り組んだが、最初に力を入れたのはIndeedへの広告出稿でした。
広告費の100%をインディードに入れる
根拠が明快でした。ドライバーの応募を集めるのに知名度は必要ない。仕事の探し方が突発的で局所的であり、媒体の名前で検索することがほとんどないと分かっていた。それならテレビやラジオで知名度を上げるのではなく、全額をWeb広告に投じて「いつの間にかたどり着いている」状態を作るほうが効率がいい、という判断です。
リソースが限られているとき、分散させずに一点に集中する。 これは事業の作り方であると同時に、買い手にとっては「再現性のある勝ち筋」として評価される要素になります(高く売るために売り手ができること)。
誰に、いつ伝えたか
売却時の社員は30人弱、拠点は名古屋と東京の2ヶ所。株主は竹村さんが100%でした。社内で知っていたのは、役員1名と総務部長のみ。
役員には日頃からゴールについて話していたため、驚かれることはなく、「俺もそれが正解だと思う」と言ってくれた。総務部長も、今の会社の状態で踏めないのはすごく分かるし、伸ばさなければいけないタイミングだというのもその通りなので、その選択はいいと思う、と賛成してくれたといいます。
従業員全体への説明は、リリースが出る1時間前でした。
吉岡氏は、開示範囲の考え方を整理しています。役員に無断でというのは難しく、一般的には役員や事業責任者クラスには相談のうえで進める。それ以外の人は、上場会社が相手だとインサイダーの問題もあるので、リリースを見て知る形。ただし実務上は、DDの質問に答えていくには事業責任者や管理部門の理解と協力を得ないとリソースが持っていかれる、という制約もある(従業員への説明をどう設計するか、秘密保持の実務)。
デューデリジェンスの現実
竹村さんの体験は具体的でした。相手が上場企業だったこともあり、質問数が半端ではなかった。
そのタイミングで私が沖縄に旅行に行ってたんですけども、3日間、家族で行ったんですが、全部の予定についていけなくて、ずっとカフェでその質問に回答していた
しかも開示範囲を絞っていたため、負担が集中しました。とくに営業の部分は、自分しか回答できないものが大きく含まれていた。
秘密を守ることと、DDを回すことはトレードオフになります。 開示範囲を狭くするほど、社長個人に作業が集中します(デューデリジェンスで何を見られるか)。
「M&Aブルー」
決断が正しかったと今も考えている。それでも、直前には揺れたといいます。
従業員に話すタイミングがリリースが出る1時間前ぐらいなんですけども、その前日に関しては、本当にこれで良かったのかという……僕はM&Aブルーって言ってたんですけど
結婚式の直前に「本当にこれでよかったのか」と思うのに近い心情になった。実際にそのことが完全に進むまで分からない部分がどうしてもある、と。
決断が正しくても、直前に不安になるのは普通のことです。 これは判断の誤りではなく、不可逆な選択に伴う自然な反応です。
2段階を希望したが、通らなかった
譲渡は100%でした。しかし本人は、2段階売却を希望していたといいます。2年あれば伸びるのが見えていたので、一部を残して後で再評価してもらう形を提案した。意向表明を出した他の2社からは2段階売却の提案もあった。しかし、じげんはそれを飲まなかった。
それでもじげんを選んだ理由は、明快でした。M&Aを考えた一番の目的は事業を伸ばすこと。それに立ち返って、一番事業を伸ばせる会社はどこかと考えたら、実績的にもじげんだった。迷いはあった。自分のことだけ考えれば違う選択もあった。
目的はお金だったら変わってたでしょうね
吉岡氏によれば、ここは買い手の好みが分かれるところです。一緒に伸ばすインセンティブとして70〜80%を取得して残りを再評価する2段階を設計する会社もあれば、PMIに自信がある会社は100%取得して自社のやり方で進める。100%売却でのロックアップの目安は、仕組みが進んでいれば1年ほど、営業が創業者に属人化していれば2年、営業から納品まで全部創業者がやっていれば3年、という整理でした(株式譲渡契約で確認すべき条項)。
ロックアップ2年 ―― 「さっと抜けるのは無責任」
ロックアップは2年間でした。期間は最初から決まっていたわけではなく、いつまでやるかはずっと考えていた。ただし目標として、2年で次のビジネスをやると考えていた。
5億そこそこの会社だったので、少し私に依存する部分も少なからずある状態での売却だったんですよ……そのままさっと抜けてしまうと、どうしても私としては無責任だなという風に思っていた
そこで、営業組織の部長職をしっかり育てて、自分が完全に営業から手離れするところまではやり切ると決め、それを戦略として進めた。次の事業の構想が固まったのは、ロックアップが終わる3〜4ヶ月前だったといいます。それまでは本当に事業に没頭していた。
ロックアップの期間は、拘束ではなく引き継ぎの設計として捉えることもできます。 自分がいなくても回る状態を作りきる期間として使う、という考え方です(売却後に何が変わるか、PMIで何が起きるか)。
売却後 ―― 買ったのは船だった
生活は大きく変わっていません。ただし、ひとつだけ決めていたことがありました。釣りが大好きで、どうしても自分の船を持ちたかった。ロックアップ期間中、売却後すぐに購入したそうです。
ただし後日談があります。最初はすごくいい船を買ったが、貧乏根性が残っているのか、もったいなさを感じてすぐに売り、3分の1ほどの金額のグレードに落として買い直した。いまは「プリウスくらい」の船で、月に数回、1人で釣りに出ているといいます。
現在は株式会社プロベルを経営。完全審査制のビジネスマッチングプラットフォームを運営しています。営業資料や実績、契約書の雛形まで確認したうえで掲載する仕組みだといいます。
この記事のポイント
- 「もったいない」は他人の評価。 自分がアクセルを踏めるかどうかで判断する軸もある
- 業績が悪いから売るのではなく、事業の可能性を最大化する主体が自分ではないと判断して売る
- 提示額は最大と最小で倍違うことがある。とくに直近に赤字があると評価が分かれる
- 意向表明を複数集めることで、再オファーによる引き上げが起きる
- リソースが限られるなら、エリアも媒体も極端に絞る。それ自体が買い手への説得材料になる
- 開示範囲を狭くするほど、DDの負担が社長個人に集中する
- 決断が正しくても直前は揺れる。 「M&Aブルー」は珍しいことではない
- 2段階を希望しても買い手が飲まないことがある。そのとき何を優先するかは、売却の目的に立ち返って決める
- ロックアップは拘束ではなく、自分がいなくても回る状態を作りきる期間として使える