【売却体験談】「属人性が高すぎる」を8ヶ月で覆して3.5億円 ― ブイスト 山田一真氏
- 業種
- オンライン教育・映像制作
- 年商
- 2〜3億円
- 譲渡形態
- 株式譲渡(100%)+業績連動インセンティブ
- 譲渡価格
- 3.5億円(公表済み)
- 所要期間
- 約8ヶ月

「うちは社長次第の会社だから、売れないだろう」
そう思って検討をやめる社長は多いはずです。山田一真さん(ブイスト株式会社創業者)も、まったく同じところから始まりました。社長本人がSNSで集客の前面に立ち、スタッフは全員業務委託。オフィスもない。誰がどう見ても属人的な会社です。
オンラインスクールで売れるの、属人性高すぎませんかっていう懸念が、僕にも真っ先に浮かぶので
それでも、検討開始から8ヶ月で3.5億円での譲渡に至っています。何をしたのかを聞きました。
副業の動画編集から、3期目で年商3億円へ
創業は2022年11月末。事業は2つです。企業向けの動画編集の受託と、その編集スキルを教えるオンラインスクール。
出発点は副業でした。大学卒業後、渋谷のITベンチャーでSaaSの法人営業をしながら、傍らで動画制作を始めます。最初はクラウドワークスのような場での受注からでした。ビジネス系YouTubeが流行し、企業がYouTubeに本格的に取り組み始めたタイミングです。
伸びたのはスクールのほうでした。リスキリング市場が大きく伸び、動画編集という分野のニーズが非常に高かった。
手に負えないから法人化しないとやばいなという流れで
卒業生が講師になる循環
このスクールの設計が、後の評価につながります。授業は動画講義に加えて、Zoomでの1対1のマンツーマンサポート。編集ソフトの画面を共有しながら「もう少し右に動かして、ここを押すと」と教える形式です。料金は3ヶ月・6ヶ月・9ヶ月のプランで、18万円から60万円ほど。
そして講師は、全員が卒業生でした。
教える人が増えて、教わる人ももちろん増えて、教わった人が教える人になっていく流れですね
受託をやっていると、別の顧客層に対して収入の柱を増やしたいというニーズが出る。だから教える側に回る人が自然に出てくる、という構造です。
コスパをどう作ったか
一見高くなりそうなマンツーマン指導を成立させた方法も明快でした。福岡へ移住し、家賃はもちろん交際費を含めた間接コストを大きく下げた。オフィスは借りていない。SNSで集客するため獲得コストが低い。東京の人とのコミュニケーションもある程度制限され、本当に話したいときだけ飛行機で行くので、すごく精査するようになった、と。
売却時点の規模は、年商2〜3億円、正常収益力5,000万〜8,000万円。創業3期目の途中です。
「売れるのか」から始めた8ヶ月
出口を考え始めたのは3期目の頭、1月でした。そして8月に売却しています。
最初にやったのは、売れるかどうかを人に聞くことでした。自分1人が表に立ってインフルエンサー的な立ち回りをしているところは、リスクが高く見られる。どうですか、と聞いたときの答えが——
「そこをちゃんとケアできる要因と契約形態にすれば模索すること可能です」という話だったんで、「あ、じゃあちょっと探しときますか」という流れになった
「売れない」ではなく「こうすれば売れる」という答えが返ってきたところから、8ヶ月が始まっています。
属人性を、資料で潰した
ここがこの回の核心です。山田さんは「属人的だ」と言われることを先に想定して、反論材料を作りました。まず、事業を分解します。
| 工程 | 誰がやっているか |
|---|---|
| 集客(SNSでのフロント) | 社長本人 |
| マーケティング | 業務委託スタッフ |
| セールス | 業務委託スタッフ |
| 顧客対応(CS) | 業務委託スタッフ |
つまり属人的なのは入口だけで、その後は仕組みで回っている。この事実を示すために、業務委託スタッフを新規採用した場合のマニュアル作りと業務フローの徹底を、1月に「売れる会社を作るぞ」と決めた時点から徹底的に作り込んだ。
「そこがすごく属人的ですよね」と言われることは端から絶対分かっているので、その反論資料じゃないですけど、ケアする資料としてもう作って提出した
指摘されてから答えるのではなく、先に出す。 デューデリジェンスで問題が出てから対応するより、圧倒的に有利な進め方です(売却価格を上げる5つの打ち手、デューデリジェンスで何を見られるか)。
残った入口も、構造を変えた
さらに踏み込んでいます。Xのフォロワーは2.5万人。集客はここに依存していました。売れる会社にしていくと決めたときから、SNS広告を打ち始めます。広告なら、山田さんという人間を知らない人からも売上が立つ。結果、集客比率は広告7:SNS3へ。社長個人の名前に依存しない売上が主流になりました。
しかもこれは、交渉中の業績にも効きました。トップラインが上がっている最中でのDDだったので、途中でバリュエーションも上がった。2〜3ヶ月の間に業績が上向いた前提で価格に反映されたといいます。売却前の数ヶ月の業績が評価に直結する、という典型例です。最終的な倍率は5〜7倍程度でした。
オンラインスクール特有の壁
もうひとつ、この業種ならではの論点がありました。
オンラインスクール業って、本当にちゃんとサポートしてるんですかとか、怪しいものなんじゃないかっていう空気感があるんですよね
中身がなく売った後のサポートがない事業者も存在するため、業界全体がそう見られやすい。だから買い手は、そこを厳しく確認します。山田さんの場合、伴走を手厚くやっており、顧客の成果が出ていることがデータとしても声としてもあった。そこは強みでした。
そのうえで、これから売却を検討する同業者へのアドバイスは、きちんと顧客に対応していることが外から見ても分かるように整えておくこと。それをやらないと、買いたいと思ってくれている企業とのコミュニケーションで摩擦を感じるだろう、と。
仲介は2社、面談は3〜4社、意向表明は1社
進め方は、少し変則的でした。仲介を2社使っています。 バトンズと、ウィルゲートM&A。相談したタイミングはほぼ同時期で、バトンズがわずかに先でした。そして譲渡先となる株式会社エフ・コードは、バトンズ経由で出会っています。面談したのは3〜4社。意向表明は1社。その1社で決めました。
なぜ1社で決めたのか
理由は3つ挙げられていました。1つ目、事前に決めた目標金額を超えていたから。売る前に「この金額を超えていればいい」というラインを決めていて、それを超えた。2つ目、買収に慣れている相手だったから。エフ・コードは買収経験が豊富で、入った後に馴染めない、うまくいかないという懸念も低いと判断した。3つ目、同業のグループ会社が既にあったから。他にもオンラインスクール系を買収していたため、シナジーが具体的に想像できた。
譲渡額は3.5億円(3億4,000万円)で、これは公表されています。意向表明からクロージングまでは2〜3ヶ月。DD期間中は週1〜隔週でミーティングという頻度でした。エフ・コード側も速く、山田さん側は1人なので判断が速い。お互いが速いから早く終わった、と。
なお吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)からは、自社が関われなかったことを「もったいなかった」としつつ、結果として最良の相手に出会えたことを良かったと述べる場面もありました。
ロックアップは「拘束」ではなかった
100%譲渡のため、株式は手元に残っていません。ロックアップも付きました。それでも本人の評価は前向きです。理由は業績連動型のインセンティブでした。
ただの拘束されるようなロックアップではなく、主体的に楽しめる仕組み作りがある上でのロックアップがすごく魅力的でした
連動先は利益。上限はあるものの、達成すればかなりの金額になる条件だといいます。株を持っていないことについても、決定権はある程度渡されており、インセンティブがあるので自分もプラスにするための決定をどんどんしていく。新しい取り組みは大歓迎という空気感がある、と。
株式を残す代わりに、インセンティブで同じ効果を作った形と言えます(基本合意書(LOI)で決まること)。
そのうえで、唯一のネガティブ要素としてロックアップを挙げていました。ロックアップなしで決め切るのは、オンラインスクールでは相当難しい。受け入れなければならない。だからこそ、ロックアップを前提として「ここだったらロックされているな」ではなく「一緒にやれるな」という場所を選ぶことが大事だ、と。
ロックアップの長さは何で決まるか
吉岡氏が示していた目安が、山田さんのケースを説明しています。事業を4工程に分けます。
| 工程 | 内容 |
|---|---|
| マーケティング | 見込み顧客を集める |
| セールス | クロージングをかける |
| 納品・顧客対応 | サービスを提供する |
| 人事 | 仲間を集める |
4つとも創業者が関わっていると3年コース。2つ権限移譲していれば2年、1つだけなら1年。4つとも手を離していて役員報酬だけ取っている状態なら、ロックアップなしという判断もあり得る、という整理でした(PMIで売り手社長が果たす役割と引継ぎ期間)。
グループ入りで得たもの ――「連邦制」
譲渡後のシナジーについては、はっきり効果があったと語られていました。自分の会社の規模では、先にグループに入っている企業のほうが大きいので、どう集客しどうマーケティングしているのかを、かなり参考にさせてもらっている。子会社同士が集まる場が設定されており、グループになったことで競合的な壁がなくなり、「ミーティングしませんか」「教えて」とお互いにうまくやろうという空気感がある。
しかもこの協力関係は、制度と噛み合っています。みんな業績連動型インセンティブのために頑張っていて、それが結果的に組織にとってもプラスになっている。各社が自分のインセンティブのために情報を出し合い、結果としてグループ全体が強くなる。インセンティブ設計が、グループ文化そのものを作っているという構図でした。
売却益は、全額を米国社債へ
27歳でまとまった資金が入った後の判断も、堅実でした。
27歳の自分がこのお金を持っていても、使い道がないなと思ったんで、全部(債券に)ぶち込みました
具体的には、米国企業の社債を20社ほどに分散。ファンドではなく個別債券で、IFA(独立系金融アドバイザー)に入ってもらい、買い付けからクーポンの入金・円転までを任せているといいます。
そして、売却に前向きになった最後の理由がこれでした。母子家庭で、女手一つで育ててくれた母への恩返しは、早く済ませたかった。後悔しない方向で。先にやっておけば、あとは自分の幸せのために使える。母と妹への送金は、売却後すぐに済ませたと語っています。「聖人君子ぶっているみたいで嫌だが、自分も普通の20代男性で欲望まみれだ」と照れながらの話でした。
(売却後の資金の扱いについては売却後の資産をどう守るかもあわせてご覧ください)
もう一度やるなら「今の真逆をやりたい」
やり直せるとしたら何を変えるか、という問いへの答えが印象的でした。
社員を雇うタイプのビジネスをやってみたい気はしますね
業務委託だけでやってきたことの裏返しです。社員を雇っているがゆえの摩擦やプレッシャー、難しい面も絶対にあると感じているので、社員を雇うとどうなるのか。コスパをよくするためにオフィスを借りていなかったので、オフィスも借りたい。BtoCだからBtoBを、業務委託だから社員を、オフィスがないからオフィスを。今の真逆をやりたい、という表現でした。
コスパを徹底したからこそ筋肉質なBSになり、売却が進みやすかった。 その事実を認めたうえで、次はまったく違うやり方を試したい、という話です。
将来については、ロックアップ終了後も創業した会社の成長に関わり続けるつもりだが、それとは別に、ビジネスの枠から離れたいという意向も語られていました。
非営利なことをやっている自分も見てみたいというか
大学卒業からずっとビジネス一辺倒で、その良い面も大変な面も見てきた。もっと稼ぐ、もっと大きな会社を立ち上げるというより、別のアプローチで人の役に立ちたい、と。
現在は、ロックアップ期間中も事業を継続しながら、新規事業としてオンラインスクール事業者向けの出口戦略支援を始めています。自分がやったように「売れる会社」を作るための仕組み化支援です。
この記事のポイント
- 属人性は「ある/ない」ではなく、どの工程にあるかで分解する。 入口だけなら仕組みで補える
- 指摘される前に、反論資料を作って提出する。 指摘されてから答えるより有利
- 社長個人に依存する集客は、広告を足して依存度を下げられる
- 交渉中に業績が上向くと、バリュエーションが上がる
- 1社で決める判断もある。事前に決めた金額ライン・買い手の買収経験・具体的なシナジーが揃えば
- ロックアップは業績連動インセンティブとセットで見る。拘束か協働かは設計次第
- ロックアップの長さは、マーケ・セールス・納品・人事の4工程をいくつ担っているかで決まる