【売却体験談】持株73%でも、3.5億円のうち2億円はVCへ ― 優先株「1倍参加型」の落とし穴 メイプルシステムズ 望月祐介氏
- 業種
- SES(エンジニア常駐)
- 年商
- 売上4〜5億円・年間利益3,000〜4,000万円
- 譲渡形態
- 株式譲渡(社長継続)
- 譲渡価格
- 3億5,000万円(うち約2億円はVCへ分配)

持株比率73%。売却額3億5,000万円。この2つの数字から手取りを想像すると、大きく外れます。
3億5,000万円のうち、2億ほどはVCさんに返してます
元々言っていた73〜74%はどこへ行ったのか、というくらいの比率で相手に返している。なぜそうなるのか。VCから調達した経営者が必ず確認すべき論点を、望月祐介さんに伺いました。
15年やってきたSES企業
望月さんは大学の工学部を卒業後、システム開発会社2社を経て独立。フリーランスを経験したのち、15年前に株式会社メイプルシステムズを1人で創業しました。事業はSES(エンジニアの客先常駐)。エンジニアを抱えている人数が、そのまま会社の価値に変わるような事業です。自社で採用したエンジニアが他社の仕事を手伝いに行くので、採用が歩き、といいます。
規模は売上4〜5億円、年間利益3,000〜4,000万円。2024年2月末にTWOSTONE&Sons(東証グロース)へグループインしています。
なぜVCを入れたのか
創業から8年ほど経った頃、興味からVCの門を叩いています。いろいろ読んでいるうちに、自分1人で持っている株は——
価値があるようで価値がないものだなというのが、なんとなく色々読んでて分かった
もうひとつ、切実な理由もありました。自分1人で立ち上げた会社なので、先輩に社長業を教えてもらう機会が何もなかった。お金を入れてもらうのと同時に、経営はこうだよ、ここに気をつけるんだよ、という——
外からの声も聞いてみたくなって
結果、7社と個人1名から、2回に分けて総額1億8,000万円を調達。プレシリーズA相当の規模です。持株比率は73〜74%になりました。
当初はIPO志向でしたが、方向は変わります。自分たちは開発者で、プログラムを書くことはできるが、それを売るのは難しい。なお、VCはM&Aへの転換に反対しませんでした。採用がうまくいっていた会社で、SESという業態はM&Aのターゲットになりやすかった。出資者からすると、きちんと戻ってくるお金があるなら、潰れていくより全然いい、という反応でした。
本題 ―― 持株比率どおりには分配されない
ここが、この記事の核心です。持株比率だけではない問題があって、優先株で入れていくものなので——
優先株で入れた場合は、M&Aで売却しました、売却したものが持株比率によってそのまま金額が入ってくるわけじゃないよね、みたいなところ
そして、条件の名前が挙げられます。
1倍参加型っていう、ちょっとやばいやつがあるんですよ
司会が「変わった入れ方をしたのか」と尋ねると、こう答えています。
いや、めちゃめちゃ一般的な入れ方です
「1倍参加型」とは、ざっくり次のような仕組みです。 まず投資額と同額(1倍)を優先的に回収し、そのうえで残りを持株比率に応じて分配にも参加する。つまりVCは「投資分の回収」と「持分に応じた分配」の両方を受け取ります。このため、売却額が大きくない局面ほど、創業者の取り分は比率から想像するより小さくなります。最終的なバリューがいくらになるかによっては、自分が想定していたよりも入ってくる金額は少なくなる。
売却額ではなく、自分の手取りで考える。 この原則は複数の経験者が語っていますが、優先株がある会社ではさらに一段の確認が必要になります(会社売却でかかる税金、手取りシミュレーション)。
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)も、これが例外でないことを補足しています。投資契約書がどうなっているか次第だが、望月さんが言うような形になることが多い、と。
もうひとつの誤解 ―― 調達時の企業価値は売却額ではない
続けて、吉岡氏が重要な指摘をしています。VCが入れる場合は、未来への成長を期待したバリュエーションになる。仮に調達時に会社の価値が30億円とされていても、VCは100%を出しているわけではなく、その30億円の10%に対して3億円を出している形。いざ100%となると大きなお金になる。
VCに提示いただいた時のバリュエーションがM&Aのバリュエーションになるかというと、そうでもないケースもあります
「シリーズAで◯億円の評価がついた」=「その額で売れる」ではありません。 一部の株式に対する評価と、会社全体を買い取る金額は、別の話です。
なお、メリットも公平に語られています。VCを入れていなければ、売却まで行くかどうかということが、そもそも考えにも及ばなかった。M&Aで会社を売却するという選択肢自体がなかった。そういう選択肢を与えてもらったことが一番のメリットだった、と。
「M&Aのために調達するのはやめたほうがいい」
これから調達を考える人へのメッセージは、明確でした。
M&Aに向けてVCを入れようというのは、多分しない方がいいかな
理由は、ここまでの話の通りです。優先株の条件次第で、売却時の手取りが想定より減る。一方で、成長のための調達そのものを否定してはいません。望月さん自身、経営の相談相手を得られたことを最大のメリットとして挙げています。
目的が「成長」なら調達は選択肢。目的が「売却額を大きくすること」なら逆効果になり得る。 この線引きが重要です。
打診は週に5〜6通届いた
M&Aの打診については、興味深い実態が語られています。エンジニアがたくさんいる会社と聞くと、売却した後の今でもいろいろなところから書類が届く。「ぜひ会ってみたいと思う会社がいまして」というテンプレートのM&Aの手紙が——
週に5〜6通くるようなイメージ
ただし、調達直後は来なかったといいます。資金調達した後は、それで頑張ろうとしている会社なので、いきなり売るわけがないと見られているのではないか、と。
打診の量は、会社の状態を映しています。 調達直後は減り、事業が安定して人材を抱えていると増える。
実際の売却先は、ランチの隣の席で決まった
実際の売却先は昔からの知人でした。エンジニアの採用イベントを一緒に開催したことがあり、望月さんの社員が先方のプロジェクトに入っていた取引先でもありました。
先方から「久しぶりにご飯でも」と誘われ、なんとなくその話だろうなと分かっていた。渋谷でランチをし、カウンター席で隣に座った状態で「ちょっと言いづらいんですけど」と切り出された。会社を売ってくれ、傘下に入ってくれとは言いづらいものだ、と望月さんは言います。しかし本人はもともと興味があり、同じ業界の会社だったので、前向きに行けますと答えた。
条件の決め方も実務的でした。以前に別の会社とM&Aの話が一度進んだことがあり、その条件の書類が手元にあった。それをそのまま渡し、「この条件で変えるのか、下げたい・上げたいがあるのか見てほしい」と伝えた。1ヶ月後に「うちならこういう条件になるが、それでも一緒にできるか」と返事が来て、話し始めてから半年で売却に至っています。仲介は入っていません。
吉岡氏は、社長が社長に直接声をかけてご飯に行く始まり方は非常に多いと言います。恋愛と同じで、マッチングアプリで出会う人もいるが、今までは知り合いの中で結婚相手を探していた。スタートアップ・ベンチャーのM&Aでは知り合いの会社、長年の友人、取引先というケースが多い。ウィルゲート自身も過去6回のM&A(買収4回、売却2回)をすべて仲介を使わず知り合いと行った、と(買い手が見つからない会社の特徴)。
譲渡後 ―― 生活は変わらず、仕事が変わった
望月さんは譲渡後も代表取締役を務めています。生活面は何も変わっていない。お金は入ってきたが、物を買うこともしていない。変わったのは仕事のほうでした。
僕だけが忙しくなりました
親会社からのオーダーで、売上をこれくらい伸ばしていこう、それも四半期ごとに、という形になった。年間でざっくり利益が出ればいい、という経営から、年間60人採用しましょう、そのために採用媒体から何人、YouTubeの導線から何人、リファラルで何人、イベントに出て何人、と数字を組み立てていく経営へ。毎週の朝礼と、隔週での親会社代表との1対1ミーティング。親会社には売上規模でティア分けされた社長の集まりがあり、望月さんは一番上のランクに参加している。横で「120%達成」と言われる中で、自分は「5人採用のうち4人で80%」と、数字の見せ方まで考えるようになった、と笑います。
15年の社長人生で初めて「予算」というものを求められる感覚をひしひしと感じている。一方で結果は出ています。グループ入りから50日で内定承諾は15人。以前なら年間の採用人数を、50日で達成した。これがきちんと数字を考えながらやるということなのか、と勉強させてもらっている、と。
社員の環境は基本的に変えていません。それを変えてしまうと離職につながるのが一番の懸念だからです。
株式を手放した後、報酬とインセンティブをどう設計するか。
この記事のポイント
- 持株比率と分配額は一致しない。 優先株の条件次第で創業者の取り分は大きく変わる
- 「1倍参加型」は珍しい条件ではない。投資額の優先回収に加え、持分比率での分配にも参加する
- 投資契約書の残余財産分配の条項を、売却を考える前に必ず読み直す
- 調達時のバリュエーションは、売却額の目安にならない。 一部株式への評価と全株の買収額は別
- 目的が「成長」なら調達は有効。目的が「高く売ること」なら逆効果になり得る
- 打診の量は会社の状態を映す。調達直後は減り、人材を抱えていると増える
- 過去に進んだ案件の条件書は、次の交渉の叩き台として使える
- グループ入り後は、四半期ごとの予算という新しい規律が入ってくる
- VCを入れる本当のメリットは、資金より選択肢と外部の視点だったという当事者評価