【相手探しを3通り試した】社長へのFacebook DM、仲介、プラットフォーム ― 決まったのは3番目だった ウィルフ 黒石健太郎氏
- 業種
- 起業スクール(学生・社会人向け)
- 年商
- 売上1〜2億円・営業利益 数千万円後半
- 譲渡形態
- 株式譲渡(100%・ロックアップ3年半)
- 譲渡価格
- 数億円半ば
- 所要期間
- 約4ヶ月

黒石健太郎さんは、買い手を探す方法を3通りすべて試しています。
| 順番 | 方法 | 結果 |
|---|---|---|
| 1 | 自分で社長にFacebook DM | 会えたが、価格が折り合わず |
| 2 | M&A仲介会社に依頼(初期費用0円の会社) | リストは広がったが、決まらず |
| 3 | M&Aプラットフォーム | ここで決まった |
5年間売上3,000万円で低空飛行していた会社が、なぜ数億円で売れたのか。そして3年半のロックアップで何を感じたのかを伺いました。
経緯 ―― 5年間、売上3,000万円
黒石さんは2006年に東京大学法学部を卒業し、リクルートへ入社しました。在職中は社内で新規事業企画に携わりつつ、副業でも自分で事業を立ち上げています。両方を経験した結果、独立したほうがワクワクして働けるという感覚を得ました。
7年弱で退職し、2013年6月に株式会社ウィルフを創業。「起業の学校」を運営します。
ただし、伸びていません。売上3,000万円ほどをずっと低空飛行していました。そして株主から声がかかります。
「いろんな選択肢を考えろよ、お前そろそろ」というので、既存の株主さんからお声をいただいた
M&Aを検討し始めたのは、成長が止まっていたからでした。 サイバーエージェントなどが出資しており、株主に対して出口の説明が求められる局面です。
方法1 ―― 社長にFacebook DMを送る
最初の行動が、この回でもっとも印象的な部分です。
自分自身でM&A先として想定される会社の社長に、直接FacebookでDMを送って「一度お会いいただけませんか」とアプローチをする
そして、実際に会えています。相手は主に、いまでいうグロース市場の上場企業の社長でした。株主にサイバーエージェントなどが入っていたことも効いたのではないか、と本人は推測しています。
ただし、結果は出ませんでした。事業内容に強い関心を示す人はいたものの、株価が折り合わないのです。
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)も、これが特殊ではないと述べています。仲介に頼む以外に、自分で相手を見つける動きは今では珍しくない。恋愛に例えれば、仲介はマッチングアプリや結婚相談所であって、自由恋愛で相手を見つける人もいる、という説明でした。
「会ってもらうこと」自体は、思うほど難しくありません。 難しいのは、そこから価格で折り合うことです(買い手が見つからない会社の特徴)。
方法2 ―― 初期費用0円の仲介を選んだ理由
次に仲介へ相談します。ここでの選び方が実務的でした。
自分で営業して回った感触から「決まらなそうだ」という感覚がありました。その状態で初期費用をまとめて払って探してもらっても、結果は出ないだろう。だから初期費用0円の会社に依頼しています。
結果、発想もリストも広がりましたが、やはり折り合いませんでした。
自分で動いた感触が悪いときに、着手金型の契約を結ぶのは危ない。 塚原聡一さん(Kaiketsu)が着手金100万円+実効20%の契約を比較せずに結んだのとは、対照的な判断です(着手金・中間金・成功報酬の確認点、M&A仲介会社の選び方)。
なぜ価格が折り合わなかったのか
理由は、業種の構造にありました。
一番最初に人材領域の企業さんにお話をさせていただいていた時は、その段階の営業利益の2〜3倍ぐらいしか価格がつかない
SaaS系であればもっと高い倍率が出ることもある。しかし自社はその事業モデルではない。2〜3倍では売れる金額にならず、その中間で折り合う点を探すのが大変だったといいます。
同じ利益でも、事業の型と買い手の業界で倍率がまったく違います(会社はいくらで売れるのか、EBITDA倍率で見る自社の相場)。
VC株主がいると、なぜ出口が難しくなるのか
吉岡氏が、この案件の本質的な難しさを説明しています。
M&Aマーケットの5億円と、ベンチャーキャピタルやエンジェル投資から受ける時の企業価値の5億円は、結構ギャップがあることが多い
M&Aの相場は利益の5年分前後です。営業利益1億円なら目安5億円。一方、シードやシリーズAでの5億円は、まだ利益が出ていない段階の将来への期待値です。
だから、その期待値で入った株に対して、M&Aで株主が納得する金額を返すのは難しくなる。しかも調達をA・B・Cと重ねてバリュエーションが10億・20億と上がるほど、既存株主を損させずにM&Aする難易度は上がっていきます。グロース市場でも時価総額数十億円での上場が多い現状では、なおさらです。
なお黒石さんの場合、株主との合意形成自体は難しくありませんでした。月次でレポートを報告し、出口についても早い段階から共有していたためです。降って湧いた話ではなかった。最終的な論点は「売るのはいいけど、結局いくらなんだ」という一点に絞られました(手取りシミュレーション)。
方法3 ―― プラットフォームで見つかった
決まったのは3番目でした。
M&Aクラウドさんの募集を見て、そこから連絡させていただいた
見つけ方が偶然ではありません。登録前でも募集企業を見ることができ、そのなかにアントレがあった。黒石さんはリクルートからアントレが分離独立していたことを知らず、調べて別会社になっていると気づきます。
別会社になってるんだったら親和性もあるかもしれないし、一緒に仕事できるんだったら拡張性も担保できて伸びるかもしれない
そこで新規会員登録して連絡したところ、返信は早かったといいます。
買い手が実名で掲載しているからこそ、「この会社なら」と気づけました。 2020年12月に連絡し、年内に担当役員と面談、2021年4月にクロージング。約4ヶ月です(M&Aマッチングサイトは売り手に使えるか)。
業績が伸びたのは、コロナでコスト構造が変わったから
売却時の水準は、売上1〜2億円、営業利益は数千万円後半。5年間3,000万円だった会社が、直前で跳ねています。
理由は2つでした。
オンライン化で商圏が広がったこと。 もとは渋谷にセミナールームを構えて運営していたのが、コロナでやむを得ずオンラインに切り替わります。すると「渋谷で何年も実績があり、上場企業や投資家が出資している起業の学校を、地方から受講できる」と受け止められ、受講生が2〜3倍に増えました。
固定費が消えたこと。 渋谷のセミナールームを退去し、ライブ配信用の防音スタジオだけを備えた小さなオフィスへ移転しています。
売上の伸びと固定費の削減が同時に起きると、利益は跳ねます。 そして買い手が見るのは利益です。
デューデリジェンスと社内共有
買い手はファンドが100%出資する会社でした。求められた資料を淡々と出していく形で、先方もM&Aを成立させる意思を持って動いており、巻き取れる部分は巻き取ってくれたといいます。
社内へのアナウンスは、契約書を締結する段階でした。理由は経験に基づいています。過去にも意向表明や基本合意を受けたことがあり、それでも最終契約には至らなかった。だから今回も決まらない可能性があると考え、4月頭の締結後に伝えています。
意向表明も基本合意も、成約の保証ではありません。
社内の反応は前向きでした。従業員数名の零細企業だったため、いつ潰れるか分からない会社より、売上も利益も桁の違う会社のグループに入るほうが安心できる、という受け止めです。
規模が小さい会社ほど、譲渡は従業員にとって前向きな話になりえます(従業員への開示タイミングと伝え方)。
ロックアップ3年半 ―― 負担は「辞める自由がないこと」
黒石さんは3年半のロックアップを受け、実際にその期間を務めました(2021年4月譲渡、2024年12月末に代表を退任)。
統合そのものへの評価は良好でした。数字をガチガチに管理されてサラリーマンのような働き方になることを懸念していましたが、そうはならなかったといいます。
一方、想定と違ったこととして挙げられたのが、これです。
契約で「何年は必ず働けよ」ということが決まっていることの、ちょっとしたストレス
サラリーマンなら嫌なことがあれば辞められる。自分で創業したなら嫌な仕事は受けなければいい。その自由がない、という感覚でした。
ロックアップの負担は、業務内容ではなく「辞める自由がない」ことにあります。 これは条件表を見ているだけでは想像しにくい部分です(売却後に社長が感じるロス、株式譲渡契約の重要条項)。
ロックアップは何年が普通か
吉岡氏が、自社の経験からの目安を示しています。
1つ、ベースは1年というところであることが多い
ただし事業フェーズで大きく変わります。仕組み作りがうまい社長で、取締役が3人ほどいて日常的にすることがないというフェーズであれば、ロックアップなしで抜けたり、3ヶ月から半年で引き継ぎが終わるケースもある。
ロックアップの長さは、あなたが会社にどれだけ属人的に必要かで決まります(PMIで売り手が果たす役割)。
売却後 ―― ほぼ全額を株式に変えた
入金は2021年4月末。その使い道が具体的でした。
1ヶ月以内に、ほとんど全額を他の上場企業の個別株に替えています。手元に現金として置いていません。
そのうえで「記念に1つだけ無駄遣いをする」と決め、妻へのアクセサリーと、自分用の車を買っています。
生活も変えました。それまでは渋谷のオフィスに10分で通える池尻大橋のマンションに住んでいましたが、そこを引き払い、横浜の住宅地に畑付きの土地を買って移住しています。
大庭勇太さん(オーベラス・ジャパン)が「1年で使い切る」と宣言して実行したのとも、堀江智生さん(Japan Asset Management)が語った「まずキャッシュフローを再建する」という順序とも違う、3つ目の型です(売却後の資産をどう守るか)。
次の会社は、100%オーナーで
売却の翌年、黒石さんは副業として株式会社ハワーズを立ち上げました。現在はこちらが本業です。
方針として決めていることが1つあります。株式は100%オーナーで持ち、資金調達をしない。
資金があるからではありません。株主が入れば、経営に対して質問も意見もできる立場の人が増える。もちろん資金面の投資が可能になり、専門家の知見が入るという利点はある。それを踏まえたうえで、今回は自分が全部持つ形を選んだ、という説明でした。
VC株主のいる会社で出口に苦労した経験が、次の会社の資本政策を決めています。
この記事のポイント
- 相手探しには自力DM・仲介・プラットフォームの3通りがあり、すべて試す価値がある
- 上場企業の社長でも、Facebook DMで会ってもらえることはある
- ただし、会えることと価格で折り合うことは別問題
- 自力の感触が悪いときに着手金型の仲介契約を結ぶのは危険。初期費用0円という選び方がある
- 業種で倍率がまったく違う。人材領域では営業利益の2〜3倍という提示もあった
- VCの評価額とM&Aの評価額は別物。期待値の5億円と、利益5年分の5億円
- 調達を重ねるほど、既存株主を損させないM&Aの難易度は上がる
- 株主とは月次で出口の話を共有しておくと、合意形成が揉めない
- 意向表明も基本合意も、成約の保証ではない
- オンライン化+固定費削減で、利益は短期間で跳ねることがある
- ロックアップの本当の負担は「辞める自由がないこと」。目安は1年がベース
- 売却代金は1ヶ月以内にほぼ全額を上場株へ。無駄遣いは1つだけと決めた
- 次の会社は100%オーナー・無調達。出口で苦労した経験が資本政策を変えた