【売却体験談】IPO準備を止めてM&Aへ ― 「投資できる上限が3億円だった」 Natee 小島領剣氏

公開 2026年9月11日
業種
SNSマーケティング(クリエイター共創)
年商
非公開
譲渡形態
株式譲渡(完全子会社化)
譲渡価格
非公開(完全子会社化)
小島 領剣様のインタビュー
出典:社長のM&Aチャンネル

上場準備を進めていた会社が、途中でM&Aに切り替える。近年その事例が増えています。小島領剣さんのケースは、その理由がはっきり語られている点で参考になります。決め手は資金力でした。

私が自社で会社やってた中で、投資できる金額がやっぱり3億とかがマックスだった

IPOとM&Aの分かれ目がどこにあるのか。伺いました。

創業7年、上場準備の途中で

小島さんは新卒でビズリーチ(現ビジョナル)に入社し、新規事業のエンジニアとして約2年。2018年11月に株式会社Nateeを創業します。TikTokとクリエイターを軸にしたSNSマーケティング支援からスタートし、現在はYouTube、Instagram、Xに加えてリアルイベントまで手がけています。顧客の約7割は化粧品メーカーだといいます。

外部株主が入っていたため、当初から出口は前提でした。IPOないしはM&Aという形で、いつかはイグジットをするという前提のもと始まっている会社。ただし志向はIPO側で、実際に上場準備も進めていました。

そして2025年8月、株式会社アカツキ(東証プライム)へのグループ参画を発表します。完全子会社化でした。譲渡価格は開示されていません。

転機は、1ヶ月のアメリカ滞在

2025年3月、小島さんは1ヶ月間アメリカに滞在します。AI領域の起業家、リサーチャー、VCを訪ねて回る日々でした。そこで得た感想は、意外なものでした。

我々がすごく崇拝しているようなシリコンバレーって言われてる場所が、そんなにいいところに見えないなというのが直感的な感想で、日本の方が100倍いいんじゃないか

この経験が、判断の軸を変えます。自分のこだわりや物よりも、日本という社会を変えていく、大きく貢献することに価値をより多く置くようになった。もうひとつ、事業への問題意識もありました。こんな小さい市場でこうしていて、社会に何が生まれているのだろう。同業と交流するなかで、分散している人材とリソースを集中させるべきではないかと感じていた。その考えが、単独での成長より大きな傘に入る選択につながっています。

6年間の株主が、買い手になった

アカツキとの関係は、Natee創業から1年経たない時期の出資に遡ります。アカツキがファンドを立ち上げたタイミングでの投資でした。

6年ぐらいずっと株主として応援していただいた中で、そのまま会社ごと引き取ってもらった

話が始まったのは年明け。アカツキ代表の香田哲朗氏から「一緒にやらないか」と声がかかり、その後の渡米で気持ちが固まった、という順序です。

ただし、他社を見なかったわけではありません。過去にも声がかかったことは何度かあり、今回も外部株主がいる会社なので、他の会社も含めて検討を進めることは株主とも合意のうえで行った。決め手は、最終的には好きか合うかという話だった、と本人は言います。M&A後に離れる結論ではなかったので、自分がコミットできる会社か、一緒に働きたいと思える人間性か、長く働ける会社かをすごく気にした。

外部株主がいる会社では、1社と決め打ちで進めること自体が説明責任の問題になります。 比較検討のプロセスを踏むこと自体に意味がある、ということです(M&Aの進め方、トップ面談で何を確認するか)。

デューデリジェンスも通常どおり実施されています。株主として定期的にレポートしていたとはいえ、事業のドリルダウンや細かい科目の使い方はDDの対象になるので、他社とまったく同じように対応した。長い付き合いがあっても、調査が省かれるわけではありません(デューデリジェンスで何を見られるか)。

ロックアップが誰にも付かなかった理由

このケースの特徴は、ここです。

ロックアップは私含めて誰にもついてないですね

中小M&Aでは異例です。理由として挙げられたのは2つでした。ひとつは6年間の株主としての信頼。もうひとつは、買い手側の考え方です。小島さんがもっと大きい規模でチャレンジしたいと伝えていた中で、そう言ってくれるなら期間で縛る契約ではなく、インセンティブプランをつけて長期的にコミットしてくれる形にしたい、とアカツキ側から言われた。縛るのではなく、残りたくなる設計にする。そういう発想です。お互いの信頼関係とカルチャーマッチがあるからこそできること、と小島さんは振り返っています。

ただし、これを一般化してはいけません。吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)は、はっきり釘を刺しています。

言葉悪いですけど、どこの馬の骨か分からない人だったら絶対ロックアップつくのが一般論なので、ロックアップ自体はつけた方がいいんじゃないかなという気持ちはあります

買い手が売り手をよく知っているかどうかで、条件は変わります。 6年の関係があったからこその結果であって、初対面の相手に同じ条件を期待するのは無理がある、ということです(株式譲渡契約で確認すべき条項)。

「投資できる上限が3億円」という制約

この記事で最も実務的な部分です。Nateeは本業のSNSマーケティングを持ちながら、AI領域の新規事業(AI Talent Force)を子会社として立ち上げていました。スタートアップの中に2つ別の事業があるのはアンチパターンだと自覚しつつ、やっていた。ここで資金の壁にぶつかります。3億円投資すると、どこかを我慢しなければならない。Nateeの移転もしたい。AIの新規事業にも投資したい。しかし原資は限られている。ずっとこのバランスを取りながらやらなければならず、ストレスがあった、と。

グループ入りで、この制約が外れました。

マックスで100億まで投資できる会社と3億の会社だと、もう考えられることがまるで変わってくる

思考のフレームワークの枠が外れた感じがして、ストレスがなくなった。株主でなくなることへの葛藤はなかったか、と問われ、「ないどころか、今がすごく働いている」と答えています。借入も2〜3億円台あったといいます。

「いくらまで投資判断できるか」が、経営者にとっての実質的な天井です。 売上や利益ではなく、この天井をどう外すかという観点でM&Aを見ている点が、このケースの特徴です(会社を売るメリット、売却のタイミング)。

なお、承認プロセスがなくなるわけではありません。各事業部は事業計画を出し、親会社からいくら貸し付けを受けるかという手続きは発生する。ただし相手が変わります。

外部株主からお金を調達していたのか、今アカツキの中でお話をするのかの差ではあるんですけど、圧倒的にコミュニケーションのしやすさとかバジェット感は変わってきてる

PMIで実際に負担になったこと

統合後、数ヶ月時点で最も重かったのはコーポレート部門でした。上場基準の水準に合わせなければならない経理や労務。ただし、これを不満とは捉えていません。自分たちが会社として未熟だっただけで、上場準備を進めていた中で足りていなかった課題を、なるべく早くこなす。ディフェンス能力を然るべき水準に引き上げることを早めにやらされているだけだ、と。

一方、事業面の統合はほとんど発生していません。自律的な子会社経営が買い手の思想だからです。事業のPMIが進んでいるというより、本当に任せて自分たちで伸ばしてね、という形。

PMIの負担は「事業」より「管理」に出ることが多い、という実例です(PMIで何が起きるか)。

想定より難しかったこと

うまくいった事例ですが、苦労も語られています。SNSマーケティングの会社が、ゲーム・エンタメの会社の傘下に入る。この構図の説明でした。

外部株主の方、あとは社員含めて、理解をしてもらうのはなかなか難しいとは思っていた

自分が一番アカウンタビリティを果たさなければならない中で、理解してもらうところは時間がかかったし、今もそのプロセスの1つだ、と。

買い手との事業的な距離が遠いほど、社内外への説明コストは上がります。 譲渡条件が良くても、この説明は経営者本人がやるしかない、ということです(従業員への説明をどう設計するか)。

売却後 ―― お金の使い方が変わった

入金後の行動が特徴的でした。

使うお金はむしろ減っていて、より生産的なこととか社会のために使いたい欲求の方が高くなっている

エンジェル投資はしない。個別株もやらない。理由は「気が散らないように」。代わりに選んだのが、買い手であるアカツキの株を買うことでした。そういう風にコミットしていくほうが、自分としてはやりがいがある、と。

現在はNateeの代表を元執行役員に引き継ぎ、自身は取締役会長に。リソースの大半をAI領域の事業に投じています。海外拠点を含めてエンジニアは50名規模、顧客は売上1,000億円以上の企業が中心だといいます。

なぜAIなのか

3話目では、SNSマーケティングとはまったく被らないAI事業を立ち上げた背景が語られました。小島さんはエンジニアからキャリアを始めており、思考の一番下にあるのがテクノロジーだといいます。テクノロジーはパンドラの箱で、一度開くと絶対に戻らない。車や飛行機を使わない社会には戻れない。AIはその最終局で、人類より賢い知能が生まれることは確定している。これは蒸気機関やインターネットの誕生というレベルではない革命だ、と。

一方で、技術が生まれたから社会が変わるかというと、そうではない。iPhoneは2006年に出て、きちんと普及し始めたのは2013年ごろ。大企業の現場では2000年代前半に作ったシステムがまだ動いている。最先端のAIは指数関数的に伸びているが、人間と大企業の行動はあまり変わらない。誰かがこのブリッジをする必要があり、それは技術者だ。日本で一番AIエンジニアを抱え、産業の課題をAIで解決していく集団になりたい。エンジニアがいらなくなるとは言われるが、むしろ一番需要が高まっているのはエンジニアだ、という見立てでした。

補足 ―― なぜいまIPOからM&Aへの切り替えが増えているのか

吉岡氏が背景を数字で説明していました。1つ目、出口比率の偏り。ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家の資金回収先について、海外はIPO1に対してM&Aが9、日本はIPO7に対してM&Aが3という比率だと述べています。2つ目、グロース市場の時価総額基準。

グロース上場している会社が600社ある中で、7割の400社が100億円未満

上場後5年経過時点で時価総額100億円未満だとスタンダード市場への移行が生じるため、上場企業側も緊張感を持って動いている。スタートアップが資金調達としてIPO一本で目指していく時代が、2025年から大きく変化し始めた、という説明でした。

IPOかM&Aかは、志の高さの問題ではなく、資本市場の条件で決まる部分が大きいということです。


この記事のポイント

  • 「投資できる金額の上限」が経営の天井になる。売上・利益より、この天井で判断する視点がある
  • 外部株主がいる会社は、1社決め打ちではなく比較検討のプロセス自体に説明責任がある
  • 長年の株主が買い手でも、デューデリジェンスは通常どおり行われる
  • ロックアップなしは例外。買い手が売り手をよく知っている場合の結果であって、一般論ではない
  • 選ぶ基準は、離れないなら「長く一緒に働きたいと思える相手か」
  • PMIの負担は事業よりも経理・労務などの管理部門に出やすい
  • 買い手との事業的な距離が遠いほど、社内外への説明コストが上がる
  • グロース市場の時価総額基準の変化により、IPO一本槍の時代が変わりつつある

話し手

小島 領剣こじま りょうけん

株式会社Natee 創業者・取締役会長

早稲田大学卒業後、ビジョナル(旧ビズリーチ)入社。その後、クリエイター共創型SNSマーケティングの分野で株式会社Nateeを創業し「Forbes 30 Under 30 Asia 2021」に選出される。2024年8月にAIタレントフォースを創業し、2025年8月プライム上場企業である株式会社アカツキに両社ともにグループイン。

この記事のもとになった動画

社長のM&Aチャンネル(@shacho-MA)で公開しているインタビューです。 記事に書ききれなかった細かなやり取りは、動画でご覧いただけます。

  1. 第1話

    【M&A体験談】創業7年でEXIT。元ビズリーチ社員が作ったTikTokマーケ企業、アカツキへグループインの裏側

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  2. 第2話

    M&Aで投資額3億円の限界を突破!上場企業の資本力で「日本一のAI開発組織」を目指す理由

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  3. 第3話

    【M&A後のリアル】投資額3億円の限界突破!「思考の枠」が外れた社長が挑む、産業革命級のAI新規事業

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