【買い手の本音】SEOメディアは18ヶ月、SaaSは3〜7年 ― 79サービスの7割をM&Aで取得した会社の値づけ イード 河口武志氏
- 業種
- Webメディア・リサーチ・EC(買い手側)
- 年商
- ―
- 譲渡形態
- 事業譲渡が中心(株式譲渡も可)
- 譲渡価格
- 事業種別により大きく変動
- 所要期間
- 約3ヶ月

「利益の何倍で売れるか」を知りたい人へ。その倍率が事業の種類でここまで違う理由が、買い手側から語られています。
株式会社イードは2015年上場。Webメディア、リサーチ、ECの3事業を展開し、運営する79サービスの7割以上をM&Aで取得しています。会社数では数十社。その値づけの中身を、M&A担当だった河口武志さんに伺いました。
まず、意思決定が速い
期間から驚かされます。
通常のWebメディア1つとかであれば、大体2〜3ヶ月ぐらいが平均値
しかもこれは、社内で「これはいけるだろう」と揉んで手を挙げてからの期間です。
買い手が慣れているほど、成立は速い。 井戸裕哉さん(on the bakery)が2ヶ月で成立した理由も、買い手が3年で100件以上の実績を持つ会社だったからでした(M&Aにかかる期間)。
値づけの第一原則 ―― 回収できるか
原則は一貫しています。
成長させるための事業取得なので、そもそも回収できるかどうか、伸ばしていけるかどうかというところが第一になります
「利益の何年分」という物差しは、この回収可能性を判断した結果として出てくるものだ、という順序です。
なぜ事業の種類で倍率が変わるのか
ここが、この記事の核心です。
SEOメディアの場合。
アルゴリズムが変わると一気に吹っ飛んでしまうような……これが来年、再来年、何年続くのかがなかなか分からない
そのため、評価がしにくくなる。
SaaSなどストック型の場合。 ストックが見込めていて、運営期間も長いとなれば、安定して運営できているからこれくらいの数字はいける、と考えられる。
評価しやすくなる
「利益が同じでも、その利益が何年続くと見込めるか」が倍率を決めています。 当たり前のようでいて、売り手側からは見えにくい論理です。
具体的な水準
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)が、所感として数字を挙げています。
| 事業種別 | 目安 |
|---|---|
| SEOメディア | 18ヶ月分ぐらいになることが多い |
| SaaS | 利益の3年分〜5年分、時には7年分 |
SEOメディアの根拠は明快でした。いま毎月利益2,000万円出ていても、2年後どうなっているか分からない。月2,000万円の利益を5年分で12億円で買います、となると、上場会社としては減損リスクを抱えてしまう。SaaSの根拠も具体的です。
月解約率が3%だったら年36%で、ざっくりLTV3年みたいな形
今の顧客資産でこれくらい残りそうだ、という形なので、利益の3年分から5年分、時には7年分いけるか、と。
買い手は「将来の解約」を計算しています。 解約率が低く、運営期間が長いほど、倍率は上がる。売り手側が示すべき数字が何かも、ここから逆算できます(会社はいくらで売れるのか、ITサービスの売却相場、EBITDA倍率で見る自社の相場)。
のれん償却という制約
さらに、買い手側には会計上の縛りがあります。のれん償却費用とのれん代が出てくる。
Webメディアの場合ですと、だいたい5年ぐらいが基本的な償却期間になる
5年以上のものを買うと、伸びている、あるいはこれから伸びるというところが見えていないと判断は難しくなる。つまり、こういう構造です。買い手は取得価額をのれんとして計上し、償却期間で費用配分します。Webメディアなら5年。取得価額が利益の5年分を超えると、償却費が利益を上回りかねない。 買った瞬間から赤字になる買い物は、上場企業にはできません。
「5年分」という上限には、会計上の必然があります。 それを超える提示を引き出すには、「伸びる」ことを買い手が説明できる材料が要る(のれんとは何か)。
株式譲渡か、事業譲渡か
イードは事業譲渡での取得が多い会社です。ただし、固定的ではありません。
株式譲渡100%ダメということはなくて、株式譲渡で取得した後に事業として取り込むという対応もしていたり
そもそも会社としてやったほうが健全で進めやすいものは、そのまま残しておくケースもある、と。
売り手にとっては重要な情報です。買い手が事業譲渡を基本としていても、交渉の余地はある、ということです(株式譲渡と事業譲渡の違い、会社売却でかかる税金)。
買った後、どう引き継ぐのか
3話目では、PMIの進め方が語られています。パターンは2つ。事業だけがジョインする場合と、事業とメンバーがセットでジョインする場合。後者はメンバーが運営してきたので大変ではなく、一緒に伸ばせるところを話しながら強化していく。
事業だけを引き受ける場合の実例が印象的でした。ウィルゲートの事業をイードが取得した際、メンバーは伴わなかった。そこで——
河口さん含めて4〜5人で3ヶ月ウィルゲートのオフィスに来ていただいて、全業務の引き継ぎをやらせていただいた
吉岡氏は、3ヶ月常駐で引き継ぎを引き受けるフットワークの軽さがイードのすごさだと評しています。ただし河口さんによれば、これはレアケース。通常は自社でもサイト運営をしているので流れは分かっている前提で、権限をもらい、運営者のルーティンを実際に見せてもらいながらレクチャーを受ける。事業責任者は、近い領域のメディアを担当している社員が兼務するのが一般的で、リソースが足りなければ新規で採用して一緒にやる。1つ目をやっていればメディア運営の流れは分かってくるので、その知見を吸収していく、と(PMIで何が起きるか)。
人が伴わない事業譲渡でも、引き継ぎの設計次第で成立します。 売り手側が引き継ぎ期間中どこまで協力できるかは、買い手の安心材料になります。
買い手も、仲介も増えている
市場環境についても聞かれています。
買い手も増えてますし、数年であの仲介会社もすごい増えてるなという風に
売り手も昔より増えてはいるが、それ以上に買い手と仲介会社が増えている印象だ、と。上場後にM&Aを始める会社が急増している、というのがこの回のテーマの一つでした。
売り手にとっては、競争環境が有利に動いているということです。 ただし、その恩恵を受けるには買い手が理解できる形で自社を見せる必要があります。
売り手側への含意
この回から読み取れることを、売り手の立場で整理します。
1つ目、自社の事業が「何年続くと見込めるか」を説明できるか。 利益の絶対額ではなく、その継続性が倍率を決めます。
2つ目、変動リスクの高い事業は、倍率が構造的に低い。今回の「18ヶ月」はさらに厳しい水準です。不満に思うより、その前提で組み立てたほうが交渉は進みます。 大野さんは相場水準から始めて競争を作り、結果的に引き上げに成功しています。
3つ目、買い手には会計上の制約がある。 「もっと出せるはず」と感じても、のれん償却の年数が上限を作っている場合があります。
この記事のポイント
- 買い手の第一原則は「回収できるか」。倍率はその判断の結果として出てくる
- 倍率を決めるのは利益額ではなく「その利益が何年続くと見込めるか」
- SEOメディアは18ヶ月分が目安。アルゴリズム変動で評価が難しい
- SaaSは利益の3〜7年分。月次解約率からLTVを逆算して判断される
- のれん償却の期間(Webメディアなら5年)が、取得価額の上限を作っている
- 5年分を超える提示を引き出すには、「これから伸びる」根拠が必要
- 事業譲渡が基本の買い手でも、株式譲渡に応じる余地はある
- 人が伴わない事業譲渡でも、引き継ぎの設計次第で成立する
- 買い手が慣れているほど成立は速い(Webメディア1件なら2〜3ヶ月)