【価格を先に固めてからDDへ】だから減額されなかった ― 仲介なし・2ヶ月・ロックアップなしで3.5億円 オーベラス・ジャパン 大庭勇太氏・池田良太氏
- 業種
- 法人向け電力切り替えの仲介(ストック型)
- 年商
- 売上1.4億円
- 譲渡形態
- 株式譲渡(100%・ロックアップなし/仲介・FAなし)
- 譲渡価格
- 約3.5億円(純資産は加味せず)
- 所要期間
- 約6ヶ月

大庭勇太さんと池田良太さんは、仲介会社もFAも入れずに上場企業と交渉し、約3.5億円で全株を譲渡しました。ロックアップはなし。デューデリジェンスによる減額もありませんでした。
減額されなかったのは、順序を逆にしたからです。価格を先に固め、それからDDに入りました。
金額が3.5億でフィックスしたところから、そこに合わせてDDをしていった
買い手をどう見つけ、どう交渉したのか。そして売却益をどう扱ったのかを伺いました。
事業と経歴
お二人は2008年に同じ大手不動産デベロッパーへ同期入社し、約8年勤務。2015年に共同でオーベラス・ジャパンを創業しました。株式は50:50です。
事業は法人向けの電力切り替え仲介で、「保険の窓口の電気の法人版」という説明でした。デベロッパー時代の人脈を活かし、ビル・ホテル・商業施設の電力会社を一棟丸ごと最適な先へ切り替える。顧客からは費用を取らず、切り替え後の電気料金の一部が毎月入り続けるモデルです。
原価がかからないストックビジネスでした。費用はオフィスと人件費程度で、そのぶん利益率が高く出ます。
2021年11月、ENECHANGE株式会社(東証グロース:4169)へ全株を譲渡しました。
| 売上 | 約1.44億円 |
| 譲渡価格 | 約3.5億円 |
| ロックアップ | なし |
| 期間 | 約6ヶ月(実質2ヶ月) |
なお、この決算はM&Aを意識した見せ方をしていない状態のものです。売ろうと決めた時点ですでに期が締まっていたため、数字を作る余地はありませんでした。
売った理由 ―― 仕組み化が完成した
7期目を迎える手前、売却の半年前から検討を始めています。理由は率直でした。
僕は若干もう事業に飽きてたんで
0から1を生み出すところに自分たちの価値や熱量があった。その仕組み化が完全にでき、自分たちの存在がマストではなくなった。それが理由だと整理しています。
もうひとつの軸が、社員でした。自分たちがいなくても回る状態になった以上、上場企業のグループに入るほうが社員にとってよいのではないか。そう考えて最後の判断をしています(事業承継の4つの選択肢)。
買い手をどう見つけたか ―― 仲介は使わないと決めた
この回でもっとも実務的なのが、ここです。
お二人も当初は仲介会社を検討しました。何社かに声をかけ、知り合いから紹介もしてもらっています。しかし結論は否定的でした。
M&A仲介を使っても、なんかいいディールができる感じがしなかった
そこでゴールデンウィーク以降は、自分たちで直接動くことにします。方法は単純でした。2人で話し合い、自分たちが知っている会社のなかからシナジーのありそうな先をピックアップして、会いに行く。
そしてENECHANGEとの接点は、偶然でした。
なんか不動産のいろんな雑誌があるんですけど、読んでた時になぜかたまたま、ちっちゃい記事でENECHANGEの名前がポンとあって
「同業だな」と思い、声をかけてみた。それが3.5億円の譲渡につながっています。
買い手候補は、リストから出てくるとは限りません。自分の業界を日常的に見ている当事者だからこそ気づけた接点です(買い手が見つからない会社の特徴、M&A仲介・FA・マッチングサイトの違い)。
本題1 ―― 価格を先に固めてからDDに入る
通常は意向表明で幅を出し、DDの結果を見て価格を確定させます。オーベラスは逆でした。基本合意の時点で3.5億円を固め、その金額を前提にDDへ進んでいます。
基本合意の段階で、その後の扱いまで握っていました。
細かいことがあるかもしれないけど、それはもう知らないよと。本当に大きなリーガル的な問題がない限りは3.5億でフィックスね、ということで合意しました
基本合意の時点でどこまで握るかが、DDでの減額耐性を決めます。 もちろん買い手が応じるかは別問題ですが、先に固めにいくという選択肢があることは知っておく価値があります(基本合意書で決まること・決まらないこと、安く買い叩かれないための交渉)。
本題2 ―― 純資産を加味しない売り方
価格の組み立ても独特でした。
純資産のところは加味してないで売ってます。要はPLだけで売った
銀行借入は、まず残っていた純資産から返済し、足りない分は譲渡で受け取った個人の資金から返しています。
通常の基本形は「利益の3〜7倍+純資産」です。純資産を加味しないということは、その分の上乗せがないということでもあります。ただしこのケースでは、借入の処理と一体で設計されていました。
負債と純資産をどう扱うかは手取りに直結します。必ず税理士・会計士と設計してください(会社売却でかかる税金、手取りシミュレーション)。
デューデリジェンスの実際 ―― 質問600〜700問
外部の専門家は入れていません。相手は上場企業ですから、DDは上場基準に則ったものになります。届いた質問は600〜700問。Excelにびっしり並んでいました。
内容は細かいものでした。「この領収書は本当に会社のために使ったお金ですか」「社長の個人的なものではないですか」といった問いに、1つずつ答えていく。それを約1ヶ月間続けています。
それでも、FAをつけるべきだったとは考えていません。
結局、自分が答えなきゃ答えられない問題の方が圧倒的に多かったので
FAを入れても、DDの回答そのものは代われません。 創業者が過去に遡って答え続けるのは避けられない、というのがお二人の結論でした(デューデリジェンスで何を見られるか)。
もっと高く売れたか ―― 本人が検証している
このシリーズで珍しく、自分の売却額を事後検証している回です。
安定的なストックビジネスで、電力の切り替え窓口、主要顧客は不動産デベロッパーやJ-REIT。これらの要素と決算書を総合すれば、もっと強気に出てもよかったのではないか、と振り返っています。
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)は、具体的な引き上げ方を示しました。ロックアップを条件に使う方法です。
「あと1年もらえれば利益をここまで伸ばすとコミットするので、それを踏まえて評価してほしい」と持ちかける交渉です。一般論として、ロックアップなしよりも「あり」で未来の業績を示すほうが価格は上がりやすい。
ロックアップは価格と交換できる条件です。 「今すぐ抜ける」ことを取るか、「残って伸ばす約束」で価格を取るか。この2つはトレードオフの関係にあります。
ただし、結果的には正解だった
タイミングが、すべてを覆しました。
クロージング日は8月の基本合意時点で決め打ちしています。先方の都合ではなく、自分たちがダラダラやりたくなかったからです。11月1日に設定しました。
その2ヶ月後、状況が一変します。2022年に入った直後にロシアによる侵攻が始まり、原油価格が高騰。電力業界は大混乱に陥りました。
年末や年度末にクロージングを設定していたら「100%このディールはブレイクしている」と大庭さんは言います。吉岡氏も、ロックアップ付きの道を選んでいたら違う着地になっていた、と補足しました。
「もっと高く売れたかもしれない」と「その道を選んでいたら壊れていた」は両立します。 M&Aの結果は自社の努力だけでは決まりません(M&Aにかかる期間)。
なお、買い手との面談は数回のみで、会食はしていません。1時間の打ち合わせを何回か重ねれば人間性は分かる、という判断でした。
株式50:50でも揉めなかった
共同創業で株式を折半する形は、一般には推奨されません。意思決定が止まるリスクがあるためです。
吉岡氏によれば、ウィルゲートM&Aが手がけた案件でもきれいに50:50のものはなかったといいます。それでもオーベラスは、創業から譲渡まで一度も割れていません。
売却の判断も「もう飽きた、売ろう」というラフなやり取りで揃い、そこから半年でまとめ上げています。同じ会社に同期入社し、同じ時期に辞めて創業したという経歴の近さが効いた形です。
売却後 ―― 1年で使い切ると宣言し、実際に使い切った
3話目は、このシリーズでもっとも異色です。
大庭さんは売却が決まる前の段階から、池田さんに「こんなの1年で使い切ってやる」と宣言していました。そして実行します。
しっかり使い切った上に、マイナス5,000万ぐらいに(なった)
背景には本人なりの理屈があります。常に攻めていればいずれそれ以上が返ってくる、使い切れない人には金が入ってこない、という考え方です。
この方法を勧めるものではありません。 堀江智生さん(Japan Asset Management)がIFAとして「まずキャッシュフローを再建する人が一番多い」と語り、塚原聡一さん(Kaiketsu)が「キャッシュがあるから投資して失敗した」と振り返ったのとは、正反対の立場です(売却後に社長が感じるロス、売却後の資産をどう守るか)。
エンジェル投資については、はっきり否定している
一方で、多くの人に効く警告も含まれていました。大庭さんの結論です。
エンジェル投資はやらない方がいいですね
理由は明快でした。自分たちは1回成功している。その自分たちが金を使って自分たちでやるほうが、明らかに確率が高い。一方、エンジェル投資の対象はまだ1回も成功していない人であることが多い。それなら宝くじを買うほうが早い、という指摘です。
ただし条件付きの否定でした。「成功している人に投資するのは別」であり、自分たちの失敗は成功していない人に出したことにある、と整理しています。
池田さんは5,000万円ほどをエンジェル投資に充てましたが、評価は保留でした。現時点でどのスタートアップも潰れてはおらず、いずれ上場する可能性もある。ただし投じた金額に対して得られたものを見ると見合わなかった、という位置づけです。
売却後に「出資しないか」という話は必ず来ます。 判断基準は「相手が過去に成功しているか」だ、というのが大庭さんの結論でした。
M&A自体の評価
最後に、大庭さんは「結論から言うと、やってよかった」と述べています。
事業を前に進めるには自分たち2人の熱が要る。仕組み化が完成し、自分たちがいなくても回る状態になった以上、続けても伸びなかった。そしてウクライナ侵攻で電力業界が大混乱に陥る直前、もっとも高い時期に手放せていた。「後悔はない、正解だった」という評価でした。
この記事のポイント
- 価格を基本合意で固めてからDDに入るという順序がありうる
- そうすれば「よっぽどのリーガル問題がない限り減額なし」と握れる
- 仲介を使わない選択もある。自分の業界を見ていれば、買い手候補に気づける
- 実際、業界紙の小さな記事で名前を見つけて声をかけたのが3.5億円につながった
- 純資産を加味せずPLだけで売る形もある。ただし借入の処理と一体で設計する
- 上場企業のDDは600〜700問。回答は結局、創業者本人にしかできない
- ロックアップは価格と交換できる。「残って伸ばす約束」で評価が上がることがある
- クロージング日を先に決め打ちすると、案件はダラダラしない
- 外部環境(戦争・原油高)で、業界の評価は一夜にして変わる
- 会食をしなくても、打ち合わせを数回重ねれば相手の人間性は分かる
- エンジェル投資は「過去に成功している人か」を基準にすべき、という当事者の結論