【買い手の値づけ実務】1つの会社に、2つの倍率をかけた ― サブスクは4〜5倍、一回きりの売上はもっと低く アクシス 末永雄大氏
- 業種
- 人材紹介・キャリア支援・管理職育成(買い手側)
- 年商
- 対象事業の営業利益は数千万円
- 譲渡形態
- 株式譲渡(事業を子会社として切り出して取得)/仲介なし
- 譲渡価格
- 非公開
- 所要期間
- 約3ヶ月

買い手は、あなたの会社の売上をひとつの数字として見ていません。
サブスクの価値はマルチプル何倍だね、イニシャルフィーの価値はマルチプル何倍だねというものを小分けにして、合算でどうですかとこちらから提示して
営業利益が数千万円の事業を、仲介なしで3ヶ月で取得した買い手の話です。アクシス株式会社の末永雄大さんに伺いました。
買い手側の記事です
このシリーズの多くは売り手の証言ですが、この回は買った側の話です。値づけの内側が具体的に語られています。
末永さんはリクルート、サイバーエージェントを経て独立。リクルートの同期と旅行系スタートアップを共同創業し、1年3ヶ月で方向性の違いから離れたのち、2012年にアクシス株式会社を創業しました。
現在の事業は4つです。
| 事業 | 内容 |
|---|---|
| すべらない転職 | 転職コラムメディア(月間約80万アクセス) |
| すべらないキャリアエージェント | 人材紹介 |
| マジキャリ | キャリアコーチング(求人紹介なし・2ヶ月約50万円) |
| マネディク | 成長企業に特化した管理職育成(2024年4月に取得) |
2023年3月にもLife Will Change株式会社を買収しており、2回の買い手経験があります。
入り口は、懇親会の雑談
相手探しには、仲介を使っていません。3〜4年前から参加している起業家団体で親しくなった、ジャム社の水谷社長との食事の席がきっかけでした。「実はマネディクという事業を売りたいと思っている」と聞き、その場で「正直、興味あります」と伝える。翌日にはオンラインで、事業内容と想定価格帯をディスカッションしています。
なお売り手側は、アクシスを含めて2〜3社に声をかけていたといいます。
両社は同業ではなく「隣の畑」でした。 ジャム社は成長ベンチャー向けの組織コンサルティング、アクシスは中途採用・転職支援。人材業界という括りでは近いが、事業は重なっていません。
3ヶ月の内訳
| 段階 | 期間 |
|---|---|
| 初回接触〜基本合意(価格の目安まで) | 1ヶ月〜1ヶ月半 |
| 財務会計DD・法務DD・労務DD | 1ヶ月〜1ヶ月半 |
| 合計 | 約3ヶ月 |
前半でやったことは実務的です。気になった質問項目をスプレッドシートにまとめ、それをもとに3〜4回のディスカッション。事業のKPIはどうなっているか、どこに課題があり、どうすればもう少し伸びるのか。買い手側で見立てが立った段階で、基本合意に進んでいます。後半のDDには専門の弁護士が関与しました。
スキームは、対象事業を子会社として切り出したうえでの株式譲渡でした(株式譲渡と事業譲渡の違い、M&Aにかかる期間)。
対象事業の中身
値づけの話に入る前に、事業の構造を押さえる必要があります。マネディクの収益は、性質の違う2つの掛け算でした。
1. サブスク型。 成長企業に特化したマネージャー育成の動画コンテンツが300本以上あり、月額アカウント課金で提供しています。
2. 半年間のパッケージ(イニシャルフィー)。 動画があるだけではマネージャーは見ないし、使いこなせない。そこで現場にファシリテーターを育成する半年間のオンボーディング期間を設け、毎月セッションを重ねる。この半年パッケージに一定のイニシャルフィーがかかります。
社員は2名のみ。うち執行役員の事業責任者と社員1名が、そのままジョインしています(社長は残っていません)。
本題 ―― 1社に2つの倍率をかけた
売り手側からの希望はよくある形でした。EBITDAや営業利益に対してマルチプル何年分・何倍、という大体の希望感です。
ここから、買い手の検証が始まります。懸念は「再現性」でした。
こちら側が懸念するのは、属人的で再現性がないんじゃないだろうかと
社長は一緒に来ない。執行役員の事業責任者と社員1人の計2人がジョインして、事業に継続性があるのかどうか。
そこで検証項目を分けます。サブスク的な売上の継続率やチャーンレート。役務提供的な半年パッケージのイニシャルフィー。それぞれに分けて売上や利益を算出し、過去実績があったとしても、それがアクシスにジョインした後も続くかどうかをシビアにチェックした、といいます。
そして、結論の出し方です。
サブスクはある程度ストック性があるよね、再現性があるねとなれば、例えば4〜5倍とか……逆にこの一回きり的なイニシャルフィーは、そこまでコントローラブルではなかったりする部分もありますから、それだと何倍かな、と
サブスクの価値は何倍、イニシャルフィーの価値は何倍と小分けにし、合算で提示する。売り手側もそれでOKとなりました。
これが、売り手にとってこの記事から得られる最大の実務知識です。
自社の利益が同じ1,000万円でも、その中身が「毎月続く契約」なのか「今期だけ受注した案件」なのかで、値段は変わります。イードの河口武志さんが「SEOメディアは18ヶ月、SaaSは3〜7年」と語ったのと、同じ論理を1社の中でやっている形です(会社はいくらで売れるのか、EBITDA倍率で見る自社の相場、ITサービスの売却相場)。
売り手側の対策は明確です。
- 売上を継続するものと一回きりのものに分けて提示する
- 継続部分の解約率・継続年数を出せるようにしておく
- 一回きりの部分は、なぜ翌期も同じだけ取れるかを説明できるようにする
3ヶ年計画は、倍率をかける対象ではない
将来計画についても、扱いがはっきりしています。どこまで行っても将来性の根拠は示しにくいので、翌期以降3ヶ年の計画を、コンサバプランとストレッチプランの2案で出してもらった。そして一つひとつの数字の根拠に突っ込みを入れながら、どれくらい説得力があるかをつぶさに見た。
ただし、倍率をかける基数は違います。
僕らで言うと、実績値を単純に算出したというのが結論です
その実績値にマルチプルをかける際、価値の算出ロジックとして3ヶ年計画を使い、どれくらい伸びる可能性があるかをリスク込みで評価する、という位置づけでした。
事業計画は「価格を上げる根拠」ではなく「倍率を上げる根拠」として使われています。 計画を大きく書いても、実績が伴わなければ倍率が上がらないだけです。2案(保守的/強気)を出すことが求められている点も重要です。
決算が締まっていなくてもよい
吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)が、売り手側の誤解を2つ解いています。
1つ目、決算書がなくても動ける。 決算書が締まっていないとM&Aに動けないと思っている人が多いが、直近3ヶ月・半年のPLが正確にExcelやクラウド会計ソフトにあれば、それをもとに事業の実態収益を把握しに行くことはできる。
2つ目、決算の営業利益は実態ではない。 中小企業では利益が一部調整されているケースがある。役員報酬2億円で会社の営業利益は0円、という会社は、役員報酬を2,000万円に落とせば1.8億円の利益が出ていたことになる。
決算の営業利益は、ある程度のところでコントロールできる
だから買い手は、コスト構造を確認し、この新規事業への投資をやめればプラス5,000万円、高すぎる役員報酬を抑えればこうなる、という足元の実態収益をもとに価値を見定めていきます。
節税のために利益を圧縮していても、価値が下がるわけではありません。 ただし、その調整分を自分で説明できる資料を持っている必要があります(売却前に売り手がやるべき準備、会社売却でかかる税金)。
季節性のある事業はどう見られるか
吉岡氏は、期中の数字だけで判断されることの危うさにも触れています。
極端な例ですけれども、チョコレート屋さんはバレンタインに年間売上の8割とか立つらしいんですね……バレンタインじゃない時期のデータだけで価値算定したら、かわいそう
管理職研修も同じで、3月決算の会社が予算消化のために決算前に幹部研修をやるニーズがあり、第4四半期に数字が立ちやすい。足元の半年だけでなく、年間の傾向も踏まえて価値算定する必要がある、という指摘です。
季節変動のある事業は、それ自体を説明資料に入れるべきです。 繁忙期を外した半年で評価されると、実力より低く見積もられます。
買い手の本音 ―― 「悲観的に見るが、やってみないと分からない」
値づけの姿勢も率直に語られています。
まず一旦、悲観的に価値算定をするプロセスにおいては、こういう視点をあえて挿していただきました
理由は明快です。中途採用も含めて、相手任せにしていいことはない。ピカピカに優秀な人を採ったら業績が伸びる、という他力本願はありえない。最低限の切りとしての価値算定は、悲観的に、クリティカルシンキング的にチェックする。
そのうえで、こう続けています。
一方で、どこまで言っても本当に再現性があるかどうかなんて、やってみなきゃ分からない
買い手が悲観的な数字を出してくるのは、あなたの会社を低く見ているからではありません。 判断の性質上、そうせざるを得ないという説明です。だからこそ、悲観側の想定を潰す材料を売り手が用意できれば、倍率は動きます。
買ってみて分かったこと ―― 良かったこと4つ、困ったこと1つ
3話目では、取得後の総括が語られています。
良かったことは4つ。1つ目は、営業利益が出ている事業を買ったことで、本業で余らせていた資金が働くようになったこと。設備投資が少ない業界でも採用費や集客コストの運転資金は必要で、余分に借りた資金が寝ているだけでは金利の無駄になる。2つ目は、事業側にマーケティングの仕組みがなかったこと。顧客満足度が高く50ヶ月以上使う顧客も多いのにリードを取れていなかったので、YouTubeチャンネルを立ち上げてリード獲得の仕組みを作っている。3つ目は、ジョインした事業責任者が経営会議に入り、アクシスグループ全体の経営を一緒に担っていること。検討段階から「リターンだけの買収ではなく、一緒にグループ経営をしてほしい」と伝え、本人もキャリアとしてそちらを望んでいた。
そして4つ目が、売り手にとって示唆的です。
どういう人材を中途採用市場で取ろうと思ったら難しいんですが、M&Aであれば(ジョイン)いただけるっていうことは、すごく素晴らしいことだな
幹部採用は年収も高く、採用コストも300〜400万円かかり、ミスマッチのリスクもある。すでに利益が出ている事業ごと買収すれば、事業の0→1や立ち上げ経験を持つ、世の中にレアな人材が利益とセットで入ってくる、という整理です。
困ったことは1つ。事業が増えればマネジメントラインも1つ増え、経営管理の難易度が上がる。これまで社長1人で経営管理をしていたのを、経営企画のスタッフを置く体制に変えたといいます。
なお買収資金は、12期連続黒字で積み上げたキャッシュに、銀行からの借入を一定程度組み合わせています。吉岡氏によれば、貯めてきた利益剰余金と同程度なら銀行が貸してくれるので、それをもとにM&Aしていくのが普通の考え方だ、とのことでした。
なぜ「小さいM&A」なのか
1話目のテーマは「小さいM&Aのほうが成功確度が高い」でした。3話目では、新規事業をゼロから立ち上げたり責任者を採用したりするより、M&Aのほうが合理的だという整理がなされています。
小さくやっぱり試すというか、経験値を獲得するのが大事なのかな
吉岡氏は、これを結婚に例えています。3割ほどは離婚になり、離婚していなくても関係が悪い夫婦も多い。M&Aも同じだが、末永さんのように一緒になった後のことを解像度高くDDでチェックできる買い手であれば、失敗する確率はかなり下げられる、と。
数千万円〜1億円規模の会社にとって、こうした買い手は現実的な相手です。 上場企業だけが買い手ではありません。同規模〜少し大きい非上場企業が、仲介を通さずに直接買うケースは確実にあります。
そして、その入り口は経営者コミュニティの雑談でした。
この記事のポイント
- 買い手は1社の売上を性質ごとに分解し、別々の倍率をかける
- ストック型(サブスク)は4〜5倍、一回きりの売上はもっと低い倍率になる
- 売り手は、売上を「継続するもの」と「一回きりのもの」に分けて示すべき
- 継続部分は解約率・継続年数が問われる
- 買い手の最大の懸念は「属人的で再現性がないのではないか」
- 3ヶ年計画は保守的/強気の2案を求められる。使われ方は「倍率を上げる根拠」
- 倍率をかける基数は実績値。計画を大きく書いても基数は変わらない
- 決算が締まっていなくても動ける。 必要なのは正確な月次PL
- 決算上の営業利益は実態ではない。 役員報酬や新規投資を戻した実態収益で見られる
- 季節変動のある事業は、年間の傾向を自分から説明する
- 買い手は意図的に悲観的に見積もる。その想定を潰す材料が価格を動かす
- 買い手にとってM&Aは「利益とセットで幹部人材を得る」手段でもある
- 数千万円規模なら、仲介なし・非上場の買い手・3ヶ月という道もある