【希望価格100%で成立】年商5億・営利4,000万のECをテレビ局へ ― 選んだ理由は「他は先が想像できてしまった」 ひなたライフ 江戸英雅氏
- 業種
- インテリア・ライフスタイル商材のEC
- 年商
- 年商約5億円・営業利益4,000〜5,000万円
- 譲渡形態
- 株式譲渡(社長継続)
- 譲渡価格
- 非公開(希望価格の100%)
- 所要期間
- 約9ヶ月

3社から同時に打診が来て、条件ではなく「想像できないほう」を選びました。
テレビ局以外の会社さんは、M&A後こんな感じになるだろうなという想像が結構できたんですよ
そして、希望価格は100%通っています。江戸英雅さんに伺いました。
役者からEC経営者へ
江戸さんは高校卒業後、役者を目指して上京。ミュージカル『美少女戦士セーラームーン』に5代目タキシード仮面として出演しています。23歳ごろに役者を諦め、アルバイト生活から大手家電メーカーのパソコンサポート部門に入り、社員、マネージャーと昇進していきました。
その後、会社員として3社を経験。2社目のアパレルECの会社(MUSE&Co)では本部長として、MIXIへの売却を内側から見ています。買われる側の当事者を、一度経験しています。
2017年9月、株式会社ひなたライフを設立。翌2018年1月にライフスタイルEC「HinataLife」をスタートしました。
独立の理由は、建前と本音の両方が語られています。かっこよく言えば、インテリア業界はまだブルーオーシャンで、WebやSNSを使ったマーケティングと商品寿命の長いインテリア商材は相性がいいと考えたから。
本音として、裏側としてやっぱりもう会社になかなか厳しいなというのが……部長職だったんですけれども、意思決定するのに取締役や取締役会を通さないといけなくて、なかなか意見がそりが合わないケースもございまして
最終的には、自分にどうしても自信があるならやるしかない、という結論でした。
手紙のDMには答えず、電話には出た
M&Aを最初から狙っていたわけではありません。むしろ、前職での苦い記憶がありました。アパレルECの会社が大手IT企業に売却された後、なかなかうまくいかなかった。その記憶があったので、創業時にM&Aは考えていなかったといいます。
サービス開始2年目頃から仲介会社からの声はかかっていましたが、内容が具体的でなく、一度面談すると連絡が来なくなるケースが多かった。
転機はコロナでした。巣ごもり需要で業績が急伸し、2021年5月頃、3社からほぼ同じタイミングで「こういう形で一緒にやっていきたい」という具体的な話が来ます。
ここで、江戸さんは接触経路を明確に区別しています。
手紙とかでよくいただくんですけれども、そこにはお答えしてなくて
答えたのは、直接電話がかかってきたり、個人や会社のメールアドレスに直接届いたりした3件。いずれも仲介会社経由でしたが、最初から「この会社が買いたいと言っている」と具体的で、電話の時点で何系の会社かまで伝えられていました。その後、仲介会社とNDAを結び、実際に会った場で社名が正式に開示される、という流れです。
「買いたい会社がいます」という汎用DMと、具体的な相手を持っている連絡は別物です。 吉岡諒氏(ウィルゲート専務取締役COO)も、この点を業界の課題として述べています。
M&A仲介の会社も非常に増えてきている中で、具体的な候補がいないのに「買いたいところがいます」というやり方は良くないんじゃなかろうかという話になっている
業界としてはそういうやり方をやめようという流れになっているものの、いまだに多くやっている会社も一部にある。逆に、具体的に「こういった会社がある」という形でのアプローチは多くないので、そういう連絡があった場合は会ってみるのがいい、というのが吉岡氏の助言でした。
受け取った連絡が、具体的な相手を持っているかどうか。 電話やメールの段階で業種まで示されるかは、ひとつの判断材料になります(仲介会社の選び方、買い手が見つからない会社の特徴)。
3社の顔ぶれ
打診してきたのは、まったく異なる3社でした。
| 相手 | |
|---|---|
| 1社目 | テレビ局(毎日放送=MBS) |
| 2社目 | 家具系の大手EC |
| 3社目 | 文具系の大手 |
当時の規模は、年商約5億円、営業利益4,000〜5,000万円。毎月伸びている最中でした。
なぜ目立ったのか。本人にその実感はなかったものの、取引先のメーカーから「結構ベンチマークされていますよ」と言われていたこと、Instagramのフォロワーが劇的に増えていたことで認知されたのではないか、と振り返っています。
打診が来る会社には、外から見える指標があります。 SNSのフォロワー数は、非公開企業でも誰でも観測できる成長シグナルです。
決め手は「先が読めないこと」
最終的にMBS(正確には投資子会社のMBSイノベーションドライブ)を選んでいます。理由が、条件の話ではありませんでした。他の2社は、一緒になった後の姿がだいたい想像できてしまい、あまり楽しみがなかった。一方、ECやSNSで成長してきた会社がテレビ局と組むのは、あまりないパターンです。
一緒になったら「こんなことできませんかね」「あんなことできそうですね」とか色々議論をしていく中で、やっぱりすごく面白そうだなというのが
同業や近接業種は、統合後の絵が最初から見えてしまう。 それは安心材料であると同時に、上振れがないということでもあります。市原敬久さん(八百鮮)が「自分たちの色をそのままやればいい」という買い手を選んだのとは、逆方向の判断です(トップ面談で何を確認するか)。
なお社内の合意形成は、複雑ではありませんでした。株主は江戸さん1人、取締役はもう1人いましたが配偶者です。創業から一緒だった部長1人にだけ話し、合意を取って進めています。
価格 ―― 自分から出して、100%通った
価格提示があったのは、最終的に決まった1社のみでした。そして、先に出したのは江戸さん側です。
ある程度こっちから、100%だった場合にこのぐらいの金額で考えています、という提示はさせていただきました
基準の作り方が具体的です。会社員時代に関わった売却の金額は公表されていたため、それより上げたいという目安が頭の中にあった。結果は、希望額の100%でした。
自分の中に根拠のある基準を持ち、先に置く。逆に、相手の提示を待つと、その額が唯一の基準になります(価格交渉の進め方、会社はいくらで売れるのか)。
デューデリジェンスの実際
期間は、初面談の2021年5月から2022年1月の実行まで9ヶ月。吉岡氏は「一般的なものより長い」と評しています。
DD自体は1ヶ月半〜2ヶ月で、財務・法務・ビジネスの3種類。すべてオンラインで完結しました。とにかく資料の提出と、週2回ほどのQ&Aのラリー。新たな宿題や提出依頼が次々に来て、それを返していく形です。
そして、突っ込まれた深さが具体的です。この経費は何か。取引先の契約書はすべて提出。そして——
クレジットカードの使用用途を、全て項目ごとに
提出資料がもっとも多かったのは財務でした。前職で経験したDDは2ヶ月ほどだったので、9ヶ月もかけるのかと驚き、こんなにも根掘り葉掘り調べるのかと大変だった、と。
私的な支出が混ざっていると、ここで時間を失います。 後藤晴伸さん(後藤ブランド)が「会社の経費で車を買ったりはしていなかったので、指摘を受けることはなかった」と語ったのが、まさにこの局面です(デューデリジェンスで何を見られるか、売却前に売り手がやるべき準備)。
なおスキームは株式譲渡で、その後に第三者割当増資で保有比率が調整されています。
統合後 ―― 買われた側が、親会社の事業を買った
この回でもっとも珍しいのは、その後の展開です。テレビ局は自社で通販番組を持っています。MBSが保有していたテレビ通販番組を——
それを逆に事業譲受した
結果、ひなたライフはインテリアやライフスタイルの領域だけでなく、テレビの放送枠を購入して通販番組を運営する会社になりました。
正直な数字も語られています。譲り受けた直後はコストを見直しても損益分岐に届かず赤字の時期があり、一時的に全体の足を引っ張った。ただし下期に大きく盛り返し、テレビ通販事業も黒字化の見込みまで持ってこられたので、最終的には良かったと考えている、と。
グループインした側が、親会社の事業の受け皿になった。 「買われて終わり」ではなく、グループ内で事業を集約する側にまわった形です。
これから売る人へ ―― 遠慮して聞けないのが一番悪い
M&Aを検討している人へのアドバイスとして、江戸さんは「くっついた後」を見ることを挙げています。最初のうちは価格を中心に見てしまいがちだが、相手の会社の中身や社風は、どんどん質問してマイナス要素をなくしていく作業が必要だ、と。
遠慮して聞けないというところは一番悪だと思いますから
気になること、懸念していること、不安に思っていることは、仲介会社に言うのが一番言いやすい。うまく聞いてくれる仲介会社は多いので、事前に相談しておくべきだ、というのが実感でした。
売却後 ―― 生活は変わっていない
2年ほど経った現在、生活は正直変わっていないといいます。M&Aの前からきちんと利益が出ていて役員報酬もあったので、困っていたわけではない。キャッシュが入ったからといって派手に使うこともなく、以前とほぼ同じ生活です。
入ってきた資金はインデックス投資のような形で、長くポートフォリオを組んで置いてある。エンジェル投資については、意外な答えでした。
したい気持ちは実はあるんです。ただ……全然話は来ないんですよね
若い起業家のメンターになる、何か支援する、といったことを2年以上前からやりたいと思っているが、依頼も情報も来ない。
「支援したい側」は、思ったより見つけられていない。 売却経験者にアクセスする経路が、まだ整っていないということでもあります。
この記事のポイント
- 汎用の手紙DMと、具体的な相手を持った連絡は別物。 電話の段階で業種まで示されるかを見る
- 打診が来る会社には、外から見える成長シグナル(SNSのフォロワー等)がある
- 選定基準は条件だけではない。「統合後の絵が読めない」ことを価値と見る判断もある
- 価格は自分から先に提示する。根拠は「過去の類似案件の公表額」でもよい
- 希望価格100%での成立は起こりうる
- DDではクレジットカードの使用用途を項目ごとに問われることがある
- 提出資料がもっとも多いのは財務
- コロナ以降、DDをフルオンラインで完結するケースが増えた
- グループイン後、親会社の事業を譲り受ける側にまわる展開もある
- 相手の中身は遠慮せず聞く。仲介会社を通せば聞きやすい