【売却体験談】一括と分割、総額は同じ ― それでも分割払いのほうを選んだ理由 後藤ブランド 後藤晴伸氏
- 業種
- Webマーケティング(広告運用・制作・SEO)
- 年商
- 売上6億円
- 譲渡形態
- 株式譲渡(100%一括・代金は分割/ロックアップ2年)
- 譲渡価格
- 1.5億円(3回の分割払い)
- 所要期間
- 約18ヶ月

2社から意向表明が出て、金額の良いほうを選びませんでした。正確には、総額は同じでした。違ったのは支払い方です。
金額は結局一緒なので、支払いの仕方の違いだけではあったんですけど
一発でもらえるに越したことはない。しかしそこになびかず、最終的に人との相性で選んだ。その判断が正しかったのか。2年経った後藤晴伸さんに伺いました。
売上6億円のWebマーケティング会社
後藤さんは青山学院大学卒業後、凸版印刷、セプテーニ、Webマーケティング会社の取締役を経て、2014年に後藤ブランド株式会社を設立。株式は100%保有していました。事業は広告運用を主軸に、Web制作、SEOまでを1社でまとめて対応する形です。Webマーケティング歴はのべ20年に及びます。
2022年6月30日、創業8年目に株式会社シャノンへグループイン。譲渡価格は1.5億円、当時の売上は6億円でした。
準備に1年半 ―― 「相手探しが一番大変だった」
期間の内訳が明快です。
| 段階 | 期間 |
|---|---|
| 相手が決まるまで | 約1年 |
| 決まってからクロージングまで | 約半年 |
| 合計 | 1年半 |
面談したのは6社以上。2021年の年末には現在の親会社と進めると固め、そこから半年で着地しています。相手探しに時間をかけた、というか、かかった。
パートナー選びについては、明確な方針がありました。
当時から結構、大手のFA・仲介会社の評判があまり良くなかったので、最初からそういうところは外した上で当たっていた
代わりに使ったのは、紹介と経営者コミュニティでした(仲介会社の選び方、仲介とFAの違い)。
支払いの構造 ―― 株は一括、代金は3分割
このケースの特徴は、株式と代金の扱いを分けたことです。意向表明の時点で金額は提示されており、その形が分割でした。株式自体を3分割して譲渡するのは煩わしい。
100%譲渡はもうしちゃってる状態で、お金だけ3回に分ける
内訳は、初回、ロックアップ1年目終了時、2年目終了時の3回。収録時点ではまだ満額を受け取り終えていませんでした。
そして、条件の性質が重要です。2回目3回目は、あまりにも業績を落とすと当初の予定より下がる可能性はあった。ただし——
利益が半分ぐらいになるみたいな設定だったので、さすがにそんなことはないでしょうというのはあった
順当にやっていればクリアできる。無茶な条件設定ではなかったので受けた、と。
ここに、アーンアウトの2つの型が見えます。
| 型 | 内容 | 論点 |
|---|---|---|
| 上振れ型 | 伸びたら追加で受け取れる | 「どれだけ伸びたらいくらか」の握りが必要 |
| 下振れ防止型 | 大きく落ちなければ満額 | 条件がシンプルで揉めにくい |
熊谷豪さん(シングラー)は上振れ型で、「どれだけ伸びたらいくら」を最初に握らなかったために、売上が20倍になっても価格に反映されず最終局面で揉めました。後藤さんの場合は下振れ防止型です。「落ちなければ満額」という設計は、判定基準が単純で争いが起きにくい。 その代わり、伸びたときの上振れはありません(株式譲渡契約で確認すべき条項、価格交渉の進め方)。
なぜ一括払いを選ばなかったのか
もう1社の条件は、お金で見るとそちらのほうが圧倒的に良かった。正確には総額は同じで、一括で受け取れるという点が有利でした。しかし懸念がありました。
社長とは馬が合いそうだけど、ナンバー2の人となんかなというのがあった会社なんですよね
だから、お金で選ぶというより、難色なくジョインできる今の親会社のほうがいい、と人のところで選んだ。
同じ金額でも、受け取る時期が遅いほど価値は下がります。 それを承知のうえで、統合後の関係を優先した判断でした。
結果 ―― 2年経ってどうだったか
答えは明快でした。
思ってた通りですね。全然僕の自由にやらしてくれてるので
とりあえず数字をきちんと上げていればOK。いろいろあっても相談があり、嫌だということを無理やり押し付けられることも今のところはない。そして、選ばなかった側についても想像しています。
難色があるなと思った人とやっていたら、すごくバチバチしてストレスがかかって、仕事どころじゃないみたいなことになりかねない可能性もあった
それは回避できてよかった、と。
ロックアップ期間中、相手と毎日仕事をするのは自分です。 その2年間のストレスを、支払いの前倒しと天秤にかけた、という構図でした(売却後に何が変わるか、PMIで何が起きるか)。
相手の見極め方 ―― 「会話が噛み合うか」
1年かけた相手探しについて、後藤さんの結論はシンプルでした。事業的には合うと思っても、中を見てみたら人的に合わないということも結構ある。現場の人、関わる人と話して、自分がこうと思わずに素直に話せて、「そうですよね」とキャッチボールできる人かどうかを見極めていくしかない。
実際に会った会社の印象も語られています。どの会社と組んでもイメージはできていたが、自分のイメージ感とずれている、感度が違う、変な角度でいろいろ言ってくる——
「いや、そこじゃなくない、今その話じゃなくてこの話をしてるんだけど」とか、会話が噛み合わない人も結構いた
トップ面談で見るべきは、条件よりも会話のリズムかもしれません。 とくに社長が残るケースでは、ナンバー2以下の現場担当者との相性まで見る必要があります(トップ面談で何を確認するか)。
デューデリジェンスがスムーズだった理由
DDでは、価格の引き下げも指摘もほとんどありませんでした。当初の金額どおり。理由が具体的です。後藤さんの会社では、妻が経理とお金回りをずっとやっていた。そこが親会社からの評価が非常に高く、求められるものをすぐ出せて、出したものにも指摘が入らずスムーズに進んだ。社長が全部やらなければならないケースも多いと聞くが、自分は苦手だったので任せていた。本業をやりながらバックヤードもしっかりやるのは難しく、そこは運が良かった、恵まれていた、と。
さらに、こうも述べています。
会社の経費で車を買ったりとか、そういう感じのやつも特に僕はあんまりやってなかったので、指摘を受けることはなかった
そこでもたつく会社も結構多いと聞いていた、と。
私的な支出が混ざっていない決算書は、それだけでDDを短くします。
役員報酬は「めちゃめちゃ下がった」
グループイン前は、相当な役員報酬を取っていたといいます。それがどうなったか。
めちゃめちゃ下がりました
上場している親会社なので、株主の目もあり「さすがにこれは取りすぎだ」と言われ、提示された水準で了承した。その代わりに、ロックアップの条件の中にインセンティブ、いわば「人参」が設計されている形です。
オーナー時代の役員報酬は、そのまま維持されないことが多い。 報酬が下がる分をどこで取り戻す設計になっているかは、契約前に確認すべき点です。
売却後 ―― 家を買い、ドバイに物件を買った
生活面の変化は、まず家を買ったこと。それまではずっと賃貸でした。それ以外は今までどおり。ただ興味本位で、ドバイに不動産を1つ買っています。海沿いの高い物件ではなく、開発が進んでいる内陸の安い物件で、2026年に完成予定。いくらで売れるのか、自分で使うのか、ワクワクしながら待っているそうです。
投資話が寄ってくることはあまりない、と笑います。上場企業への譲渡なので周囲はみんな知っており、「いつから考えていたのか」と驚かれたといいます。
ロックアップ後については、特に何かない限りは継続しようと思っていたので、大きく考えていなかった。これから親会社の代表と話していく段階だが、Webマーケティング以外のこともやりたいと考え、後藤ブランドと被らない領域で別法人を作ることを、親会社の了承を得たうえで検討し始めています。
この記事のポイント
- アーンアウトには上振れ型(伸びたら追加)と下振れ防止型(落ちなければ満額)がある
- 下振れ防止型は判定基準が単純で揉めにくい。その代わり上振れもない
- 株式は一括譲渡し、代金だけ分割するという組み方がある
- 総額が同じでも受け取る時期が遅いほど価値は下がる。 それを承知で人を優先する判断もある
- ロックアップ中に毎日一緒に働くのは自分。その期間のストレスを条件と天秤にかける
- 社長だけでなく、ナンバー2以下の現場担当者との相性まで見る
- 見極めの基準は「素直に話せて、会話のキャッチボールができるか」
- 私的な支出が混ざっていない決算書は、それだけでDDを短くする
- オーナー時代の役員報酬は維持されないことが多い。その分をどこで取り戻すかを確認する