経営者保証はM&Aで外れるのか

数億円の連帯保証を抱えたまま引退できるか。多くのオーナー社長にとって、金額の話より切実なのがこの問題です。
結論を先に書きます。M&Aでは経営者保証が外れるのが通常です。ただし自動的に外れるわけではありません。手続きを踏まなければ、株式を譲渡した後も保証だけが残る事態が起こり得ます。
そもそも誰が外すのか
ここが最初の要点です。経営者保証は、社長と金融機関の間の契約です。株式を買い手に譲渡しても、この契約は自動的には消えません。
外すには、債権者である金融機関の同意が必要です。買い手が「引き継ぎます」と言っても、金融機関が「では前社長の保証を解除します」と応じなければ、保証は残ったままになります。
つまり関係者は3者です。
売り手社長 ──保証契約── 金融機関
│
買い手 ──── 新たな保証を差し入れるか、無保証で借り換えるか
実務上の3つのパターン
パターン1|買い手が保証を引き継ぐ
最も一般的です。買い手の代表者が新たに保証を差し入れ、前社長の保証が解除されます。買い手が同規模以上の事業会社であれば、金融機関も応じやすい。
パターン2|買い手が借入を一括返済する
買い手の資金力があれば、クロージングと同時に既存借入を返済してしまう方法です。債務が消えるので保証も消えます。最も確実ですが、買い手にとっては資金負担が重くなります。
パターン3|無保証に切り替える
会社の財務内容が良好で、経営者保証に関するガイドラインの要件(法人と個人の資産・経理の分離、財務基盤の強さ、適時適切な情報開示)を満たしていれば、新たな保証を取らずに融資を継続することがあります。
ガイドライン特則という後押し
2019年12月に、事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則が策定されました。
ここで重要なのが二重徴求の原則禁止です。同一の債権について、前経営者と後継者の双方から保証を取ることは、原則として認められません。例外は、前経営者の死亡による相続手続き上の一時的なものや、前経営者が多額の債務を抱えていて解除が適当でない場合などに限られます。
この原則は、売り手にとって交渉の根拠になります。買い手が保証を差し入れるなら、前社長の保証は解除されるべきだ、と言える。
ガイドラインには法的拘束力はありませんが、金融機関は遵守を求められる立場にあります。「特則の二重徴求禁止の趣旨に照らして」と持ち出せること自体が、交渉の材料になります。
社長がやるべきこと
1. 保証の全体像を把握する(相談前に)
意外に多いのが、自分がいくつの保証を負っているか正確に把握していないケースです。
- どの金融機関に、いくらの借入があるか
- そのうち経営者保証が付いているのはどれか
- 信用保証協会の保証付き融資はどれか
- リース契約、賃貸借契約の連帯保証はないか
- 取引先との継続的取引に個人保証を差し入れていないか
銀行融資以外の保証は見落とされやすい部分です。工場や店舗の賃貸借契約、リース契約、仕入先との取引基本契約。これらに社長個人の連帯保証が入っていることがあります。
2. 基本合意の条件に入れる
「経営者保証の解除」を、基本合意の段階で条件として明記してください。
最終契約の直前に持ち出すと、買い手の稟議をやり直させることになり、交渉全体で不利になります。価格やロックアップと同じ重さの条件として、最初から扱うべきです。
3. 最終契約の前提条件(クロージング条件)にする
さらに確実なのは、株式譲渡契約の前提条件に「経営者保証が解除されること」を入れることです。
こうしておけば、保証が外れない限りクロージングしない、という建て付けになります。株式だけ渡して保証が残る、という最悪の事態を構造的に防げます。
4. 金融機関に早めに接触する
タイミングは慎重に判断する必要がありますが、メインバンクには基本合意の前後で相談しておくのが一般的です。金融機関は取引先の支配権変更に敏感で、事後報告になると心証を害します。
買い手の財務内容によっては、金融機関が難色を示すこともあります。その情報は早いほど手が打てます。
外れなかった場合の対処
買い手の信用力が不足している、といった理由で金融機関が解除に応じないことがあります。その場合の選択肢。
- 借入を一部返済して残高を下げ、解除のハードルを下げる
- 譲渡代金の一部を返済に充てる(手取りは減るが保証は消える)
- 買い手に借り換えをしてもらう(買い手のメインバンクで調達し直す)
- 保証期間を区切る(一定期間経過後に解除する旨を金融機関と合意する)
- 買い手との間で求償の取り決めをする(保証が残る場合、履行したら買い手が補填する。ただし買い手の信用力次第で実効性が変わる)
なお、買い手が「こちらで引き受ける」と口頭で言っただけでは保証は外れません。金融機関の同意書の取得をクロージング条件に入れてください(M&Aの詐欺的な手口)。
最後の手段は保証が残ったままになるリスクを受け入れることになります。この状態で譲渡に進むかどうかは、慎重に判断すべきです。引退後に会社が破綻すれば、自宅を含む個人資産に請求が及びます。
他の選択肢と比べたときの意味
事業承継の選択肢のなかで、M&Aは経営者保証を外せる可能性が最も高い道です。
| 経営者保証の扱い | |
|---|---|
| 親族内承継 | 後継者へ引き継がれる(子に負わせることになる) |
| 従業員承継 | 後継者へ引き継がれる。これが理由で断られることが多い |
| M&A | 買い手へ移るか、解除される |
| 廃業 | 返済して終了。返しきれなければ個人資産で充当 |
社内承継の話が資金面で止まる理由の多くは、株式の買取資金と、この個人保証の引き継ぎです(事業承継の4つの選択肢)。
まとめ
- 経営者保証は社長と金融機関の契約。株式譲渡では自動的に消えない
- 金融機関の同意が必要。買い手の意思だけでは外れない
- 2019年12月のガイドライン特則の二重徴求禁止が交渉の根拠になる
- 基本合意の条件に含め、最終契約の前提条件にする
- 銀行融資以外の保証(リース、賃貸借、取引基本契約)を見落とさない
- 外れない場合、譲渡に進むかどうかは慎重に判断する
自社の保証の状況を整理したい方は、無料相談からお問い合わせください。借入の一覧と保証の状況が分かれば、解除の見通しについてお話しできます。
監修

黒瀧 泰介税理士法人グランサーズ 共同代表
青森県弘前市出身。早稲田大学商学部卒業。監査法人トーマツにて会計監査に従事したのち、税理士法人山田&パートナーズで相続コンサルティングや組織再編コンサルティングなど、法人・個人を問わず幅広い税務コンサルティング業務に携わる。
2015年に税理士法人グランサーズを開設。スタートアップからIPO準備支援まで、あらゆる成長段階の企業をサポートし、税務会計顧問にとどまらない「経営を強くするコンサルティング」で中小企業経営者から信頼を得ている。
YouTube「社長の資産防衛チャンネル」に税理士として出演し、オーナー経営者向けの税務・資産防衛について解説している。
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