役員借入金・社長貸付はM&A前にどう整理するか

中小企業の決算書によく現れるのが、役員借入金(会社が社長から借りている)と役員貸付金(会社が社長に貸している)です。
資金繰りの調整として自然に積み上がったものですが、M&Aでは必ず論点になります。どちらも、放置したまま譲渡に進むと不利に働きます。
本記事は一般的な整理の考え方です。実際の処理は必ず顧問税理士とご相談ください。
役員借入金(社長 → 会社への貸付)
社長が会社に資金を入れた分です。決算書上は負債として計上されています。
なぜ問題になるのか
買い手はこの債務を引き継ぎたくありません。
株式譲渡では会社ごと引き継ぐため、役員借入金も残ります。買い手にとっては「前の社長に返済する義務」が付いてくる形になり、その分だけ株式の価値を低く評価します。
企業価値の算定でも、有利子負債と同様に扱われて価格から差し引かれるのが通常です。
整理の選択肢
1. クロージング時に譲渡代金から返済してもらう
最もシンプルな方法です。譲渡対価とは別に、会社から社長へ借入金を返済します。社長にとっては貸したお金が戻るだけなので、原則として課税されません。
ただし会社に返済原資が必要です。手元資金がなければ、買い手から資金を入れてもらう設計になります。
2. 債権放棄(債務免除)する
社長が「返さなくていい」とする方法です。会社の負債が消えて純資産が増えるため、株式の評価額は上がります。
ただし会社側では債務免除益が発生し、法人税の対象になります。繰越欠損金があれば相殺できますが、なければ税負担が生じます。
また、他に株主がいる場合、社長から他の株主への「みなし贈与」と認定されるリスクがあります。
3. DES(債務の株式化)
借入金を現物出資して株式に振り替える方法です。ただし債務消滅益の認識や、株式の評価をめぐる論点があり、中小企業では実行のハードルが高い。専門家の関与が必須です。
どれを選ぶか
M&Aの直前であれば、1(返済)が最も素直です。税務上の論点が少なく、買い手にも説明しやすい。
時間があるなら、2(債権放棄)で純資産を厚くしておくという選択もありますが、税負担とのバランスを見る必要があります。
いずれにせよ、残高がいくらで、いつからのものかを説明できる状態にしておいてください。何十年も前の入金で経緯が不明だと、それ自体がデューデリジェンスの指摘対象になります。
役員貸付金(会社 → 社長への貸付)
会社から社長個人へ貸している分です。決算書上は資産として計上されています。
こちらのほうが厄介です
買い手は、これを資産として評価しません。
理由は明確で、社長が退任した後に回収できる保証がないからです。時価純資産の算定では、役員貸付金は資産から控除されるのが通常です。つまり帳簿上は資産でも、価格には反映されません。
さらに悪いことに、次の問題も抱えます。
認定利息の問題。 無利息または低利で貸し付けていると、税務上は適正利率との差額が役員給与とみなされることがあります。過去分を遡って指摘されるリスクがあります。
回収可能性の疑義。 長期間動いていない貸付金は、実質的に給与や賞与ではないかと疑われます。
相続の問題。 社長が亡くなると、会社にとっては相続人への債権になります。回収が難しく、争いの種になります。
整理の選択肢
1. 社長が返済する
最も確実です。譲渡代金の一部を返済に充ててもよい。ただし返済すれば、その分だけ手取りが減ります。
2. 役員退職金と相殺する
M&Aと同時に役員退職金を支給し、その支給額と貸付金を相殺する方法です。実務でよく使われます。
退職金として支給した金額から貸付金を差し引くことで、現金の動きを最小限にできます。ただし退職金の額が適正でなければ損金にならないため、功績倍率法での適正額の範囲で設計する必要があります(役員退職金を使った手取り最大化)。
3. 会社が債権放棄する
会社が「返さなくてよい」とする方法。ただし社長側で給与所得または一時所得として課税されるのが通常で、税負担が重くなりがちです。
どれを選ぶか
2(退職金と相殺)が最も現実的なケースが多い。ただし退職金の適正額、株主総会の決議、支給規程の整備といった手続きを踏む必要があります。
いつ着手するか
M&Aを検討し始めた時点で整理を始めてください。理由は3つあります。
1. 価格に直結する。役員貸付金は資産から控除され、役員借入金は負債として引かれます。放置すれば、その分だけ譲渡価格が下がります。
2. デューデリジェンスで必ず指摘される。財務調査でも税務調査でも、真っ先に見られる項目です。整理されていないと、他の部分の信頼性まで疑われます。
3. 処理に時間がかかる。退職金と相殺するなら、株主総会の決議と規程の整備が要ります。債権放棄なら税務の検討が要ります。クロージング直前では間に合いません。
確認しておくこと
- 役員借入金・役員貸付金の残高
- いつ、どういう経緯で発生したものか
- 貸付金に利息を付しているか、その利率は適正か
- 会社に返済原資があるか
- 繰越欠損金の残高(債権放棄を検討する場合)
- 社長以外の役員・家族との貸借はないか
あわせて整理したいもの
同じ性質の論点として、次も確認してください。
- 社長個人名義の不動産を会社が使用している(賃料は適正か、契約書はあるか)
- 社長の資産管理会社との取引(価格は適正か)
- 家族への給与(勤務実態はあるか、金額は適正か)
- 社長個人の車、保険、会員権が会社名義になっていないか
これらはすべて、正常収益力の調整に関わります。整理されているほど、価格の説明がしやすくなります(年買法とは)。
自社の状況を確認したい方は、無料相談からお問い合わせください。具体的な処理は顧問税理士と進めていただく前提で、優先順位をお伝えします。
監修

黒瀧 泰介税理士法人グランサーズ 共同代表
青森県弘前市出身。早稲田大学商学部卒業。監査法人トーマツにて会計監査に従事したのち、税理士法人山田&パートナーズで相続コンサルティングや組織再編コンサルティングなど、法人・個人を問わず幅広い税務コンサルティング業務に携わる。
2015年に税理士法人グランサーズを開設。スタートアップからIPO準備支援まで、あらゆる成長段階の企業をサポートし、税務会計顧問にとどまらない「経営を強くするコンサルティング」で中小企業経営者から信頼を得ている。
YouTube「社長の資産防衛チャンネル」に税理士として出演し、オーナー経営者向けの税務・資産防衛について解説している。
- YouTube社長の資産防衛チャンネル