譲渡側が最初にやるべき準備 ― 決算書3期分と株主名簿の整理

M&Aの相談に行く前に、社長がやっておくべきことがあります。準備の有無で、話が進む速さも、提示される価格も変わります。
ここでは優先度順に整理します。特に最初のひとつは、他のすべてに優先します。
最優先|株主名簿を確定させる
M&Aは原則として、株式を100%集めないと成立しません。買い手は、後から少数株主に権利を主張されるリスクを負いたくないためです。
ところが中小企業では、株式に問題を抱えているケースが驚くほど多い。
名義株。 平成2年の商法改正前は、株式会社の設立に発起人7名が必要でした。そのため親戚や知人の名前を借りて設立した会社が多く、名簿上はその人が株主のままになっています。本人や相続人が「自分の株だ」と主張すれば、争いになります。
相続による分散。 創業メンバーが亡くなり、相続で複数の相続人に株が分かれている。全員から買い集める必要がありますが、連絡が取れない、条件が折り合わない、といったことが起きます。
所在不明株主。 長年連絡が取れていない株主。会社法には所在不明株主の株式売却制度がありますが、通知が5年以上到達しないなどの要件があり、手続きにも時間がかかります。
確認すべきこと
- 定款、株主名簿、株式の異動があった際の議事録
- 名簿上の株主全員と連絡が取れるか
- 譲渡制限の有無、株券発行会社かどうか
- 過去の増資・譲渡が適法な手続きで行われているか
解決には数ヶ月から年単位かかります。だからこそ最優先です。相談に行く前に、少なくとも現状を把握しておいてください。型ごとの整理の手順は名義株・少数株主の整理にまとめています。
買い手より先に、自分で調べておく
準備の延長として、買い手のデューデリジェンスで指摘されそうな点を先に洗い出しておく方法があります(ベンダーDD)。正常収益力の調整表、未払残業代の概算、COC条項の洗い出し。後から出るより、先に出すほうが扱いが軽くなります。
揃える資料
相談時に持参すると、初回から具体的な話ができます。
| 資料 | 何に使うか |
|---|---|
| 決算書3期分(勘定科目内訳書つき) | 価格算定の基礎。内訳書がないと正常化の調整ができない |
| 直近の試算表 | 今期の着地見込み |
| 株主名簿 | 上記のとおり |
| 借入金の一覧 | 残高、金融機関、経営者保証の有無 |
| 主要取引先の一覧 | 売上比率。顧客の集中度は価格に直結する |
| 従業員名簿 | 人数、年齢構成、有資格者 |
| 会社案内・パンフレット | 事業内容の説明用 |
| 不動産の登記事項証明書 | 保有不動産がある場合 |
| 許認可の写し | 業種による。建設業、運送業、医療など |
勘定科目内訳書を忘れずに。決算書の本表だけでは、役員報酬の内訳も、売掛金の相手先も、在庫の中身も分かりません。正常収益力の調整ができず、価格の見立てが粗くなります。
先に確認しておくこと
経営者保証の全体像
自分がいくつの保証を負っているか、正確に把握している社長は多くありません。
- 各金融機関の借入と、経営者保証の有無
- 信用保証協会の保証付き融資
- リース契約、賃貸借契約の連帯保証
- 取引先との基本契約に個人保証が入っていないか
銀行融資以外の保証は見落とされがちです(経営者保証はM&Aで外れるのか)。
会社と個人の切り分け
- 社長個人の車、自宅兼事務所、家族への給与
- 社長個人の資産管理会社との取引
- 事業に使っていない不動産や設備
買い手はこれらを切り離して評価します。先に整理しておくと、価格の説明がしやすくなります。
自分の中で決めておくこと
買い手は必ず聞きます。ここが曖昧だと、交渉で押し切られます。
- なぜ売るのか。後継者不在か、体力か、業界の先行きか
- いくらなら売るのか。下限を持っておく
- いつまでに終えたいのか
- 譲れない条件は何か。従業員の雇用、社名の存続、引き継ぎ期間の長さ
とくに最後は重要です。価格ばかり交渉して、引き継ぎ期間の条件を詰めなかったことを後悔する社長が多い(会社売却で後悔した社長の共通点)。
時間があるなら着手したいこと
相談前に必須ではありませんが、着手が早いほど価格に効きます。
社長依存の解消。 主要顧客の窓口を社員にも持たせる。見積の基準を文書化する。効果が出るまで2〜3年かかります。
顧客の分散。 上位1社の売上比率を下げる。50%を超えていると価格の引き下げ要因になります。
労務の適正化。 勤怠管理の整備、固定残業代の見直し、社会保険の加入漏れ解消。デューデリジェンスで最も指摘されやすい領域です(デューデリジェンスで何を見られるか)。
決算の実態化。 不良在庫の処分、回収不能な売掛金の処理。先に処理すれば、減額ではなく前提として織り込まれます。
やってはいけないこと
従業員や取引先に話す。 原則はクロージング後または直前です。早期の開示は、破談したときに人材流出だけを残します(従業員への開示タイミングと伝え方)。
直前に役員報酬を大幅に上げる。 退職金の枠を広げる目的で行うと、税務上の否認リスクが高まります。
問題を隠す。 未払残業代も係争も、デューデリジェンスでほぼ確実に出てきます。後から見つかるより、先に開示したほうが圧倒的に有利に処理できます。
まず現在地を知る
準備をどこまでやるべきかは、いま自社がどの位置にいるかによります。決算書3期分と株主名簿があれば、価格の見立てと、優先して手を付けるべき項目までお伝えできます。
無料相談からお問い合わせください。売却を決めていない段階で構いません。
監修

長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役
経営者。1,800社の財務コンサル実績があるファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役。これまで4社を経営。経営者として投資や節税、資金調達、事業売却(M&A)など法人の財務に関する実務を経験してきた企業財政のエキスパート。
YouTube「社長の資産防衛チャンネル」(登録者25万人)と「社長のM&Aチャンネル」を運営。M&Aチャンネルでは、実際に会社を譲渡したオーナー経営者へのインタビューを継続して行っている。
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