売却価格を上げる5つの打ち手 ― 売る前1〜3年でやること

売却価格を上げようとして交渉の場で粘っても、動く幅は限られています。価格の大部分は、テーブルに着く前の会社の状態で決まっているからです。
ここでは、効果が出るまでの時間が長い順に5つ挙げます。時間がかかるものほど効果が大きいという、あまり嬉しくない関係になっています。
1. 社長依存を解消する(効果:大/期間:2〜3年)
買い手が最も警戒するのは、社長が抜けた瞬間に利益も消えることです。ここが解消されているかどうかで、年買法の掛け年数が1〜2年分変わることがあります。営業利益5,000万円の会社なら、1年分の差は5,000万円です。
具体的に何を指すのか。
- 受注が社長の人脈で決まっている。 主要顧客の窓口を社員にも持たせ、担当を複数にする
- 価格を社長の勘で決めている。 見積の算定基準を文書化する。粗利率の基準、値引きの決裁ライン
- 重要な判断がすべて社長を経由する。 決裁権限規程を作り、一定額以下は現場で決める
- 技術やノウハウが社長の頭の中にある。 手順書、チェックリストの形にする
いずれも一朝一夕にはできません。しかし買い手が見るのは「仕組みがあるか」であって、完璧かどうかではありません。取り組んだ形跡と、社長不在でも回った実績が示せれば十分に評価されます。
副次的な効果として、この作業は社内承継や、そもそも会社を続ける場合にも効きます。売らないことになっても無駄にならない打ち手です。
2. 顧客の依存度を下げる(効果:大/期間:2〜3年)
売上に占める上位1社の比率は、買い手が必ず確認する指標です。目安として、
- 上位1社が30%未満なら問題視されにくい
- 50%を超えると、価格の引き下げ要因になる
- 70%を超えると、そもそも買い手が付きにくくなる
理由は明確で、その1社との取引が切れたら事業が成り立たないからです。しかもその関係が社長個人に紐づいていれば、買い手にとっては二重のリスクになります。
新規開拓には時間がかかりますが、既存顧客の掘り起こしや、別セグメントへの展開でも比率は下げられます。依存度が下がる方向に動いている実績があれば、それ自体が評価されます。
3. 決算書を「見せられる」状態にする(効果:中〜大/期間:1〜2年)
中小企業の決算書は、節税を目的に作られていることが多く、そのままでは買い手に説明できません。
正常収益力を説明できるようにする。 役員報酬のうち適正を超える部分、節税目的の保険料、私的性格の経費。これらは正常化の調整で利益に戻せますが、戻せるのは「説明できるもの」だけです。何の費用か分からない支出は、そのまま利益を下げたままになります。勘定科目内訳書と補助簿を整理してください。
事業用と個人用を分ける。 社長の車、自宅兼事務所、家族への給与。分けられていないと、買い手は保守的に見積もります。
在庫と売掛金を実態に合わせる。 不良在庫、回収不能な売掛金を計上したままにしておくと、デューデリジェンスで必ず見つかり、価格の減額交渉に使われます。先に処理しておけば、減額ではなく前提として織り込まれます。
3期分の推移に一貫性を持たせる。 利益が乱高下していると、買い手は最も低い年を基準に見ます。
4. 簿外債務を先に潰す(効果:中/期間:6ヶ月〜1年)
デューデリジェンスで出てくる問題は、ほぼ確実に価格の減額か、契約の補償条項に反映されます。しかも交渉の終盤で出てくるため、売り手は不利な立場で応じることになります。
先に手を打てるものを挙げます。
- 未払残業代。 最も頻度が高い指摘。勤怠管理を整備し、必要なら遡って精算する
- 社会保険の未加入・不足。 対象者の加入漏れを解消する
- 退職給付引当の不足。 引当の有無と水準を確認する
- 契約書の不備。 主要な取引先との基本契約書がない、期限切れのまま更新されていない
- 係争・クレーム。 未解決のものは、可能なら決着させる
- 名義株・所在不明株主。 株式を100%集められないと、そもそも売れません
最後の株式の問題は、解決に年単位かかることがあります。着手が早いほど選択肢が多い項目です。
5. 買い手を競わせる設計にする(効果:大/期間:数ヶ月)
これだけは短期で効きます。そして効果は最も大きいかもしれません。
1社としか話していない案件と、3社が並行して検討している案件では、提示価格が明確に変わります。買い手は「他にも候補がいる」と分かった瞬間に、価格と条件を見直します。
そのために必要なこと。
- 仲介会社を1社で決めない。 最低2〜3社から話を聞き、想定価格と買い手候補の数を比較する
- 専任条項の期間を確認する。 長期の専任契約を結ぶと、他社に相談できなくなります
- 買い手候補を何社出せるか聞く。 ここが仲介会社の実力差が出る部分です
- 同業以外も候補に入れる。 隣接業種や、その地域に進出したい会社のほうが高く評価することがあります
逆に価格を下げるのは、急ぐことです。「今期中に決めたい」という事情が買い手に伝われば、そこから条件は悪くなります。時間的余裕は、それ自体が交渉力です。
優先順位のつけ方
残された時間によって、着手すべきものが変わります。
| 売却までの時間 | 優先して着手するもの |
|---|---|
| 3年以上ある | 1と2から。効果が最も大きい |
| 1〜2年 | 3と4。決算書の整備と簿外債務の処理 |
| 1年未満 | 4の株式問題と、5の買い手を競わせる設計 |
そして共通して言えるのが、業績が伸びている局面で売るのがいちばん高いということです。買い手は将来の利益を買っているので、下降局面に入ってからでは、どれだけ準備しても評価は上がりません。
「まだ早い」と感じているうちが売り時である、というのはこの意味です。
自社がいまどの段階にあり、何から手を付けるべきかを知りたい方は、無料相談からお問い合わせください。決算書3期分があれば、優先順位までお伝えできます。
監修

長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役
経営者。1,800社の財務コンサル実績があるファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役。これまで4社を経営。経営者として投資や節税、資金調達、事業売却(M&A)など法人の財務に関する実務を経験してきた企業財政のエキスパート。
YouTube「社長の資産防衛チャンネル」(登録者25万人)と「社長のM&Aチャンネル」を運営。M&Aチャンネルでは、実際に会社を譲渡したオーナー経営者へのインタビューを継続して行っている。
- YouTube社長のM&Aチャンネル
- YouTube社長の資産防衛チャンネル