上場企業は中小企業をいくらで買っているか ― 開示873件の実額

監修 長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役公開 2026年10月6日更新 2026年10月13日
上場企業は中小企業をいくらで買っているか ― 開示873件の実額

「営業利益の3〜5年分」。会社売却の相場は、たいていこの言い方で説明されます。間違ってはいませんが、実際に支払われた金額を見ると、そんなにきれいには並びません。

上場企業が会社を買うと、適時開示で公表されます。そこには対象会社の売上・営業利益・純資産と、取得価額が載ることがあります。買い手名鑑で293社ぶんの開示を整理したところ、買収1,797件のうち、取得価額が公表されていたのは873件でした。

先に結論を書きます。

  • 営業利益の何倍で買われたかの中央値は9.5倍。ただし「3〜5倍」に収まるのは黒字573件のうち74件だけです
  • 営業赤字の会社・事業でも、価格が付いた案件が153件あります
  • 1円や無償で引き継がれた案件もあれば、売上1億円未満で数億円がついた案件もあります

以下、自社の規模と業種に近いところから見てください。

自社の規模だと、いくらか

買われた会社の売上で分けると、次のようになります。金額と倍率はいずれも中央値です。

対象の売上 件数(うち価格開示) 取得価額の中央値 営業利益の何倍か 純資産の何倍か
1億円未満 124件(69件) 7,000万円 5.9倍 3.5倍
1億〜3億円 289件(164件) 1億7,438万円 11.9倍 3.1倍
3億〜10億円 499件(252件) 3億6,750万円 9.3倍 2.4倍
10億〜30億円 328件(194件) 8億7,700万円 9.0倍 1.7倍
30億〜100億円 192件(104件) 15億4,350万円 9.1倍 1.3倍
100億円以上 47件(30件) 75億9,550万円 10.7倍 2.0倍

規模が大きいほど金額は上がりますが、営業利益の倍率は、金額ほどには規模で変わりません。一方で純資産の倍率は、小さい会社ほど高く出る傾向があります。純資産が薄い会社でも、利益や事業に値段がつけば、純資産の何倍もの金額になるということです。

それぞれの規模で、倍率が中央値に近かった案件を2件ずつ挙げます。社名から各社のページに移ると、ほかの案件も見られます。

対象の売上 買い手 → 対象 取得価額 売上 営業利益 倍率
1億円未満 フーバーブレイン → ProofX 3億600万円 6,700万円 5,200万円 5.9倍
1億円未満 ラバブルマーケティンググループ → アーティザンの「ライフインザキッチン」事業 5,000万円 2,600万円 890万円 5.6倍
1億〜3億円 ソフィアホールディングス → アシスト 8,630万円 2億7,700万円 710万円 12.2倍
1億〜3億円 富士山マガジンサービス → シーズ・ファクトリー 1億7,475万円 2億2,840万円 1,467万円 11.9倍
3億〜10億円 ジーニー → ビジネスサーチテクノロジ 11億円 4億5,000万円 1億1,800万円 9.3倍
3億〜10億円 プレイド → CloudFit 10億円 5億8,300万円 1億900万円 9.2倍
10億〜30億円 ヤマイチエステート → 安住コーポレーション 4,200万円 10億4,900万円 465万円 9.0倍
10億〜30億円 ナイル → パティオ 1億9,400万円 13億5,300万円 2,100万円 9.2倍
30億〜100億円 ロゴスHD → 坂井建設 29億4,100万円 67億2,500万円 3億2,000万円 9.2倍
30億〜100億円 AnyMind Group → サン・スマイル 40億8,700万円 68億1,200万円 4億5,000万円 9.1倍
100億円以上 ノーリツ鋼機 → AlphaTheta(旧Pioneer DJ) 350億円 253億3,800万円 33億1,400万円 10.6倍
100億円以上 西華産業 → 旭サナック 180億円 141億6,100万円 16億8,500万円 10.7倍

業種で見ると

買われた会社の業種で分けると、次のとおりです。価格が開示された案件が5件以上ある業種だけを載せています。

業種 件数(うち価格開示) 取得価額の中央値 営業利益の何倍か
IT・ソフトウェア 342件(199件) 3億5,000万円 13.0倍
製造 223件(103件) 5億7,000万円 8.1倍
介護・医療・福祉 219件(86件) 3億8,000万円 12.2倍
建設・設計・不動産 210件(95件) 5億円 10.4倍
卸売・小売 179件(82件) 3億2,000万円 7.9倍
広告・マーケティング・メディア 103件(57件) 3億円 6.1倍
レジャー・エンタメ 89件(36件) 4億1,300万円 5.7倍
人材・派遣・教育 82件(56件) 3億2,000万円 12.1倍
飲食 68件(34件) 3億3,300万円 12.2倍
食品の製造・卸 61件(27件) 4億円 5.5倍
保険・金融 46件(30件) 3億5,850万円 9.0倍
警備・ビルメンテナンス 38件(8件) 5億8,450万円 11.5倍
コンサル・専門サービス 33件(18件) 2億8,500万円 16.8倍
美容・生活サービス 31件(14件) 7億6,600万円 8.6倍
エネルギー・インフラ 28件(10件) 1億7,500万円 5.0倍
物流・運送 21件(6件) 2億4,500万円 11.4倍
廃棄物・環境 11件(5件) 2億1,000万円 8.8倍

同じ業種で、どの上場企業が何件買っているかは、買い手名鑑の「業種でさがす」から引けます。

金額の分布

取得価額そのものの分布です。3億円未満が42%、10億円以上は26%です。上場企業の買収というと大きな金額を想像しがちですが、中心は数千万円から数億円です。

取得価額 件数 割合
1,000円未満(1円・無償など) 22件 3%
1,000円〜1,000万円未満 14件 2%
1,000万〜5,000万円 67件 8%
5,000万〜1億円 73件 8%
1億〜3億円 193件 22%
3億〜10億円 281件 32%
10億〜50億円 177件 20%
50億円以上 46件 5%

倍率は、取得価額を対象会社の数字で割ったものです。対象会社の数字は、各開示に載っている直近期のものです。1件ずつの詳細と出典は買い手名鑑の各社ページに、買収後に会社がどうなったかの集計はデータで見る買い手名鑑にまとめています。この記事の表と数字は、名鑑が増えるたびに自動で更新されます。

倍率は、そろわない

営業利益が公表されていて黒字だった573件で、取得価額が営業利益の何倍かを数えると次のようになります。

営業利益の何倍か 件数 割合
1倍未満 14件 2%
1〜3倍未満 51件 9%
3〜5倍(「3〜5年分」の目安) 74件 13%
5倍超〜10倍 155件 27%
10倍超〜20倍 144件 25%
20倍超〜40倍 66件 12%
40倍超 69件 12%

中央値は9.5倍。「3〜5年分」という目安に収まっているのは、573件のうち74件だけです。3倍を下回る案件が65件、10倍を超える案件が279件あります。この幅を見ずに目安だけを信じると、提示された金額が高いのか安いのかを判断できません。

ばらつく理由は4つあります。

1. 売り手が誰かで変わる、とは言い切れない

売り手が個人オーナー(本人、または本人が100%近く持つ会社)だった案件と、事業会社(親会社)・ファンドだった案件に分けると、次のようになります。

売り手 件数 営業利益の倍率(中央値)
個人オーナー 415件 10.3倍
事業会社・ファンド 153件 8.5倍

売り手の欄が開示されていない5件は除いています。個人オーナーのほうがやや高く出ていますが、どちらも中央値は9〜10倍前後です。倍率だけでは、どちらが高く売れるとは言い切れません。

違いが出るのは、純資産との関係です。事業会社のノンコア整理は純資産に近い水準で決まりやすい。

前田工繊が三井化学から買った三井化学産資は、取得価額56.1億円に対して純資産55.8億円。のれんはほぼゼロです。UTグループが富士通エフサスから買った案件に至っては、51%で1.8億円と、純資産の持分見合いを大きく下回っています。

逆に個人オーナーの会社は、のれんが厚く乗ることがあります。丸和運輸機関が買ったM・Kロジは、純資産3.7億円に対して株式40.7億円。差額の約37億円がのれんです。GENDAが買ったフィリコ・ジャパンも、純資産1億円に対して6.4億円。売上2.7億円の小さな会社ですが、営業利益率45%という収益力がそのまま値段になっています。

2. 利益率が低い業種は、営業利益の倍率で測れない

20倍から40倍の66件には、営業利益率が数%しかない会社が多く含まれます。三菱ケミカル物流は売上803億円で営業利益7.1億円、三井化学産資は売上90億円で営業利益1.6億円、エクセルパック・カバヤは売上33.5億円で営業利益9,200万円、ポシブル医科学は売上19.1億円で営業利益3,800万円。フルキャストHDが買った人材派遣のエントリーは、売上112億円に対して営業利益2,700万円(利益率0.2%)で、倍率は39.6倍になります。

この水準だと、営業利益がわずかに振れるだけで倍率が倍半分変わります。物流や資材卸のように利益率が構造的に薄い業種では、営業利益の倍率ではなく、純資産や売上との比で見るほうが実態に近いということです(EBITDA倍率で見る自社の相場)。

3. 買い手は「調整後の利益」で値段を付けている

40倍を超える69件(最大は17,535倍)は、ほとんどが直近の営業利益がたまたま小さかった会社から出ています。

  • マネーフォワードが買ったHiTTO(AIチャットボット)は、直前期の営業利益が11万4,000円。新株予約権を含めて19億9,900万円が付き、倍率は1万7,000倍を超えます。その前の期は営業損失2,100万円でした。会社全体の売上は減っていましたが、HiTTO事業の売上は1億7,800万円→2億2,900万円→3億1,800万円と伸びていました
  • エフ・コードが買ったデイトラは、直近の営業利益が500万円。それでも80%分に9.9億円が付き、倍率は198倍です。買い手は「削れる外注費や一時的な費用を除くと、実力の営業利益は約2.2億円」と判断しました
  • fonfunが買ったグルーコードは、営業利益700万円に対して6億円(85.7倍)。買収後に消える家賃などを足し戻した「調整後EBITDA」は7,000万円でした
  • 売れるネット広告社グループが買ったStep y's(88倍)とパロットビーク(46倍)も、営業利益は300万〜600万円で、値段は今後の事業計画を基礎に決まっています
  • ワールドが買ったラクサス・テクノロジーズ(バッグのシェアリング)は、営業利益500万円に対して62.5%分で43.1億円(862倍)。創業者は37.5%を持ったまま社長を続け、その後上場しています
  • 海帆が買ったSSSは営業利益140万円で6億円(429倍)、アピリッツが買ったムービングクルーは営業利益40万円で1.1億円(274倍)。どちらも利益がほぼゼロの期の譲渡でした
  • Arentが買った建設ドットウェブは、決算書では2期続けて営業赤字でしたが、IT導入補助金の特需で売上が前倒しになっていたためで、第三者機関が調整し直した営業利益は毎年9,000万〜1億円でした

上場企業の開示には、こうした「調整後営業利益」「修正EBITDA」が並んで載ることが増えています。役員報酬、オーナー個人の経費、一時的な外注費、解約予定の家賃などを整理した、買い手から見た会社の実力です。エフ・コードはさらに踏み込み、値段の式そのものを毎回開示しています。「調整後営業利益に約5年の回収期間を掛け、純資産を足したもの」。デイトラでは2.2億円×5年+純資産1.16億円に80%を掛けると約9.7億円で、実際の9.9億円とほぼ一致します。

逆の方向に動くこともあります。同じエフ・コードが買ったRoomboxは、直近の営業利益1億1,500万円に対して、値段の基準にした調整後営業利益は約6,000万円でした。単発の取引の利益を除き、今後増える広告費や管理費を差し引いたためです。決算書の利益と、買い手が値段の基準にする利益は、上にも下にもずれます。

4. 持株会社は単体の数字が使えない

92.5倍のUTグループ→スリーエムの案件は、対象が持株会社でした。開示されている売上7.9億円・営業利益0.3億円は持株会社単体のもので、傘下の事業会社の数字は含まれていません。

持株会社を売る場合、単体の損益計算書は実態を表しません。この構造の会社の方は、連結または合算の数字を用意しないと、交渉の土台が作れません。

GENDAが買ったフクヤホールディングスの開示は、この点をよく示しています。持株会社単体の売上は3,500万円ですが、傘下4社を合算すると29億2,200万円。開示でも単体と合算の両方が並べて載っています。

営業赤字でも売れている

今回の873件には、営業損失の会社・事業が153件含まれています(OGUNI、チチカカ、くこくエネルギーは後述します)。主なものを挙げます。

  • フルキャストHDが買ったラーメンチェーン「らあめん花月嵐」のグロービートは、グループ合算で営業損失4,700万円、売上も4年続けて減っていました。それでも80億円です。純資産が62億8,000万円、現預金が35億9,000万円ありました

  • AnyMind Groupが買ったAnyReach(eギフトのSaaS)は、3期連続の営業赤字で債務超過でしたが、売上の伸びと導入企業700社超が評価されて4億8,000万円でした

  • Arentが買った建設ドットウェブは、2期続けての営業赤字ながら56.9%分に4億9,000万円。さらに最大25億円のアーンアウトが付いています

  • 同じくArentが買ったアサクラソフトは、直前期に営業損失3,100万円で、取得価額は純資産の半分ほどの5,700万円。こちらにも最大1億5,000万円のアーンアウトがあります

  • セレンディップHDが買ったイワヰ(三重・自動車部品)は、2020年に民事再生を申し立てた会社です。再生ファンドの下で立て直し、直前期は営業損失4,600万円。売上71.7億円・純資産12億円に対して8.6億円、純資産の0.7倍でした

  • fonfunが買ったICS(通信インフラ)は、売上が4割減って2期連続の営業赤字。純資産1.6億円に対して1.1億円です

  • 同じくfonfunは、純資産マイナス5,000万円の債務超過だったゼロワンから、営業損失4,400万円のSaaS事業だけを4,100万円で譲り受けています

  • 売れるネット広告社グループが買ったグルプス(名古屋・広告運用)は、単体で営業損失1,400万円ながら3.2億円でした(同じオーナーの関連会社との売上の付け替えを整理すると、営業利益5,200万円と開示)

  • トーカイが買った荒木マリーン(熊本・福祉用具)は、営業損失340万円・純資産1,760万円の会社が売上とほぼ同額の1億8,600万円

  • 日本創発グループが買った紋郎美術工房は、営業損失6,300万円を出しながら純資産1億9,100万円の約1.9倍、3億6,000万円

  • ソラストが買った総合ケアネットワーク(福岡・介護)は、3期連続で純資産がマイナスの債務超過でありながら1億2,000万円

  • AIフュージョンキャピタルグループが買った河合青果(名古屋の青果卸)は、3期連続の営業赤字で純資産マイナス5,500万円の債務超過。将来の後継者問題も抱えていましたが、売上が伸び赤字幅が縮んでいたこともあり、2,000万円で全株が売れています

  • ジェリービーンズグループが買ったMAKE BEAUTURE(化粧品のD2C)は、営業損失1,400万円・純資産マイナス6,600万円の債務超過で1億8,000万円。基本合意時の2億円から引き下げられています

  • 神戸物産が買った上原食品工業は、営業赤字で純資産マイナス5億9,000万円の債務超過。それでも7億円でした。売り手は上場企業のADEKAです

  • クリエイト・レストランツHDが買ったサンジェルマン(パン)は、3期連続の営業赤字で純資産マイナス39億円の債務超過。23.4億円で、引き渡しまでに売り手側が債務超過を解消する条件でした

  • ワールドが買った神戸レザークロスは、営業損失4億6,800万円。純資産60億円の会社が、約10分の1の6.1億円で売れています

  • インフォマートが買ったタノム(受発注システム)は、売上1億1,600万円・営業損失1,500万円。それでも2回に分けて84%分に23億5,000万円、売上の約24倍が付いています

  • kubellが買ったミナジン(人事労務SaaS)は、3期続けて営業赤字で純資産マイナス3億1,600万円の債務超過。それでも6億円、アーンアウト込みで最大10億円でした

  • システムソフトが会社更生のスポンサーになったマツオインターナショナル(アパレル)は、売上124億5,000万円・純資産マイナス21億7,200万円。株式の代金は1,000万円で、更生計画の弁済資金は別に貸し付ける形です

  • サイバーリンクスが買ったイクシーズラボは、純資産マイナス1億1,000万円の債務超過で500万円。アドバイザリー費用2,700万円のほうが株式の代金より高い案件です

  • ヴィッツが買ったイーガーは、3期続けて営業赤字の債務超過で、取得価額は600円でした

  • SHIFTが買ったKINSHAは、営業損失の期に純資産の約4倍の12.7億円がついています

  • 同じくジェリービーンズグループが買った361Sports Japan(スポーツブランドの輸入販売)は、設立7か月で売上1,100万円・債務超過。評価されたのは販売権で、一時金7,000万円+アーンアウト3,000万円の計1億円でした

取得価額が非開示の案件や、利益の欄が空いている案件まで広げると、さらに例が増えます。

  • fonfunが買ったイー・クラウドサービスは、売り手が純資産マイナス2億6,600万円の債務超過で、SaaS事業だけを会社分割で新会社に移して5,000万円で売りました
  • WOLVES HANDが買った飛鳥メディカルの医療機器事業は、分割会社が純資産マイナス1億8,100万円の債務超過。会社ごとではなく事業だけを切り出す形で成立しています
  • 同じくカルテックの事業は、営業損失4億1,600万円・純資産マイナス3億5,200万円。売上も10億円から3億円へ急減していました
  • メディカル一光が買った京葉沢井薬品は、営業損失かつ純資産マイナス700万円の債務超過

「赤字だから売れない」は、事実ではありません。買い手が見ているのは単年の利益だけではなく、取引基盤・設備・人・純資産です(買い手が見つからない会社の特徴)。ただし、値段は純資産を下回るところで決まることが多いのも、上の例から読み取れます。

1円以下、または無償で引き継がれた案件がある

取得価額が1円、1円未満、無償、あるいは数百円という案件が22件あります。主なものを挙げます。

  • ウイルプラスHD→OGUNI(姫路・輸入車ディーラー、売上16億3,200万円):0.375円。純資産はマイナス6,700万円→マイナス8,900万円→マイナス1億7,200万円と債務超過が広がり、営業損失も続いていました
  • ウイルプラスHD→PHA(同、売上12億7,500万円):0.625円。こちらは営業利益2,000万円・純資産5,800万円で3期とも増収増益です。OGUNIと2社まとめて引き受ける前提の取引でした
  • 売れるネット広告社グループ→オルリンクス製薬(名古屋・化粧品通販、売上3億4,000万円):1円。営業利益3,400万円の黒字ですが、純資産マイナス2,200万円の債務超過でした。同じ日に、同じオーナーのグルプスが3億2,000万円で売れています
  • 売れるネット広告社グループ→ライト(東京・コンテンツ運営、売上1億6,500万円):1円。営業利益1,300万円の黒字ですが、純資産は債務超過を抜けたばかりの100万円でした
  • ジェリービーンズグループ→チチカカ(エスニック衣料・雑貨の店舗ブランド、売上14億300万円):1円。営業損失1,900万円、純資産マイナス5億円の債務超過でした。売り手は個人ではなく事業会社です
  • U-NEXT HOLDINGS→くこくエネルギー(電力小売、売上4,100万円):1円。営業損失・債務超過の会社でした
  • U-NEXT HOLDINGS→新日本信用保証(家賃保証、売上16億4,500万円):1円。純資産1億5,200万円の会社です。開示上の営業損益は3億700万円ですが、経常損益は200万円でした
  • GMOプロダクトプラットフォーム→サイバーエージェントのドットマネー事業:0円。ポイントの負債ごと引き継ぐ形で、不正アクセスでサービスが止まっていた中での譲渡でした
  • テクノロジーズ→OGIX(売上2億2,400万円):49.9%分を1円。営業赤字・債務超過の会社で、半年後に同じ1円で元の社長へ全株を戻しています
  • 富士山マガジンサービス→クリエイト研究会:1円。株式は1円でしたが、アドバイザリー費用などに約2,500万円かかっています
  • リベルタ→粧和(化粧品):1円。3期続けて営業赤字の債務超過で、譲渡前に役員からの借入金を株式に振り替えて(DES)消しています
  • トップカルチャー→明文堂プランナーの書店9店舗と外商部(売上52億7,000万円):1円。分割会社は2期続けて営業赤字で、純資産は6億5,200万円から3,600万円まで減っていました
  • QLSホールディングス→シニアの味方の介護施設(千葉):無償。売り手の一般社団法人は、運営していた3施設の入居者を1施設に集めたうえで、その施設を引き渡しました

ここから読めることは3つあります。ひとつは、債務超過の会社でも「引き継ぐ相手」は見つかること。もうひとつは、売れることと、値段が付くことは別だということです。会社は続いても、株の代金として手元に入る金額はありません。営業黒字でも、負債が資産と同じだけあれば、株の値段はほぼゼロになります。

そして、一緒に売る相手を誰にするかで結果が変わります。PHAは単体なら違う金額になった可能性があります。オルリンクス製薬は1円でしたが、オーナーの手取りとしては関連会社のグルプスと合わせて3億2,000万円でした。価値をどちらの会社に寄せるかも、交渉の中身です。

小さくても売れている

金額の下限を見てください。1円以下や数百円の案件を除いても、全株を現金で買った会社の案件で203万円、500万円、550万円と、数百万円のものがあります。

エコモット→藤山水産加工は、売上12億2,000万円・純資産2億4,300万円の水産加工会社が約203万円でした。3期続けて営業赤字の局面です。

ヒビノ→メディアニクスは売上1億3,000万円・純資産3,900万円の会社が1,218万円。共栄セキュリティーサービス→中国警備保障は、純資産1億1,000万円の警備会社が約1割の1,300万円で、アドバイザリー費用1,600万円のほうが株式の代金より高い案件でした。AIフュージョンキャピタルグループ→河合青果は、赤字・債務超過の青果卸が2,000万円で全株を売っています。店舗だけの案件では、SANKO MARKETING FOODSがうどん店1店舗(売上6,000万円)を3,000万円、Trailhead Global Holdingsが焼肉店1店舗を2,560万円で譲り受けています。事業だけの案件では、fonfun→クロノスのSMS送信事業が売上5,800万円・営業利益1,100万円で2,500万円。MUSCAT GROUPは売上5,300万円の歯科クリニックを運営する医療法人の出資持分を3,500万円で取得しています。どれも上場企業が買い、わざわざ開示まで出しています。

さらに、取得価額が非開示だった案件では、

  • クレスコが売上4,800万円・純資産1,100万円・前期は営業赤字のWeb制作会社を買っています(東証プライム上場)
  • GENDAは資本金100万円・店舗1つだけのゲームセンター運営会社(エスアイアミューズメント)、有限会社(サンダイ)を買っています
  • WOLVES HANDは売上1億3,780万円の有限会社(ヒルズ・水戸の動物病院)を買っています

設立間もない会社も売れています。エフ・コードが買ったReal usは設立2年で決算は2期分だけ、AI ONEは設立2年で75%分に12億円が付きました。「上場企業に買ってもらうには、ある程度の規模や歴史がいる」という思い込みは、少なくともこの873件とその周辺では成り立っていません。

金額が非開示でも、水準は読めることがある

取得価額が非開示でも、開示文の書き方から上限や下限が読めることがあります。

上場企業は、取得価額が「直前期末の純資産額の15%以上」などの基準を超えると開示義務が生じます。そのため非開示の案件でも「純資産額の15%を下回る金額であり、適時開示軽微基準の範囲内」といった説明が入り、ここから金額の天井や床が逆算できます。

  • GENDA→カジ・コーポレーション:「単体純資産の15%を上回り、連結純資産の15%を下回る」。連結純資産356億円の15%=約53億円を下回る
  • GENDA→フクヤホールディングス:「連結純資産の15%を上回る金額」。下限が読める
  • INTLOOP→アンダーワークス:「連結純資産の15%以上」。連結純資産66億円の15%=約9億9,000万円を上回る
  • INTLOOP→コムテック:「連結純資産66億200万円の5%未満」=約3億3,000万円を下回る
  • WOLVES HAND:全件が非開示だが、毎回「連結純資産27億1,500万円の15%未満」と書かれており約4億円を下回る
  • セレンディップHD→サーテックカリヤ:「連結純資産の15%以上」で約12億円を上回る。同時に「負ののれんが発生する見込み」とあり、対象の純資産を下回る値段だったことも読めます

「負ののれん」という言葉は覚えておいて損がありません。取得価額が対象の純資産(時価で評価し直したもの)を下回ったときに出るもので、セレンディップHDはイワヰ、エクセル、サーテックカリヤの3件でこの見込みを開示しています。純資産が厚い製造業では、純資産より安い値段で決まることがある、ということです。

さらに、倍率や値段の式そのものを公表する会社もあります。GENDAはフィリコ・ジャパンで「調整後EV/EBITDA倍率3.9倍」、トーシンパックで「ROIC 20%超」と開示しています。エフ・コードは前述のとおり「調整後営業利益×約5年+純資産」を毎回書いています。fonfunは第三者算定のレンジ(「DCF法で4億4,100万〜6億6,100万円」など)を載せ、実際の価格がレンジのどこで決まったかまで分かります。Arentは算定レンジに加え、アーンアウトの上限額(建設ドットウェブで最大25億円)まで書いています。

交渉前に、相手の過去の開示をこの目で読んでおくと、相手がどのあたりの水準で動く会社なのかが先に分かります。

自社の数字をどう当てはめるか

ここまでの数字から読み取れることを、順番に当てはめてください。

1. まず、自社の営業利益率を見る。

5%を超えているなら、営業利益の倍率が意味を持ちます。中央値9.5倍の前後、5〜12倍がひとつの目安で、黒字573件のうち210件がこの範囲に入っています。3%を下回るなら、営業利益の倍率は使えません。純資産を土台に、売上の0.2〜0.6倍あたりが現実的な範囲になります。

2. 次に、決算書の利益を「調整後」に直してみる。

オーナーの役員報酬のうち後任なら不要になる分、個人的な経費、一時的な外注費や修繕費。これらを足し戻した利益が、買い手が値段の基準にする数字です。直近の決算が落ち込んでいても、調整後の利益で説明できれば、値段はそちらで付きます。デイトラやグルーコードがその例です。

3. 純資産との差を見る。

のれんが厚く乗ったのは、成長が速い会社(M・Kロジは12年で売上116億円)、特化した強みがある会社(レクストHDはリユース専業)、利益率が高い会社(フィリコ・ジャパンは営業利益率45%)でした。純資産が薄いことは、価格の上限を決めません。逆に、純資産が厚くても利益が出ていない会社は、純資産を下回る値段で決まりやすくなります(イワヰ、ICS)。

4. 最後に、売り手としての立場を確認する。

個人オーナーの案件でも倍率は0倍(1円)から100倍超まで散っています。差を生むのは、相手が「どうしても欲しい」と思う理由を作れるかどうかです(高く売るために何をするか)。

この記事の数字について

すべて上場企業が公表した適時開示から転記しています。取得価額が非開示の案件(1,797件中924件)は、この集計に含めていません。つまりこの873件は、金額を公表してもよいと判断された案件に偏っています。

一般に、相手が個人のときは「相手先が個人であるため」として非開示になりやすく、実際にメディカル一光グループは9件すべてで金額を伏せています。GENDAも11件のうち金額が出ているのは1件だけです。個人オーナーの案件がもっと多く開示されていれば、中央値は変わる可能性があります。

いくつか注意点があります。

  • 一部だけを買った案件が多く含まれます。そうした案件は、取得した持分の価格を会社全体の売上・利益で割っているため、倍率は低めに出ます
  • 売れるネット広告社グループのStep y's(51%)とパロットビーク(60%)は、自社株を対価にした株式交付で、決算短信に開示された取得原価を使っています
  • ワイハウの飯山土建(93%)とコーウェル(90.9%)、Arentのスタッグ(50.25%)と建設ドットウェブ(56.9%)は現金で買った分の価額で、残りは株式交換などで取得しています
  • 逆に、TWOSTONE&SonsのFAM、GA technologiesのモダンスタンダードとイタンジ、ユーグレナのフックは、現金と株式交換を組み合わせた案件で、株式交換の分も開示された1株あたりの価値で金額に直して合算しています
  • QLSホールディングスの無償の事業譲受は、取得価額0円として集計に含めています
  • 日本創発グループの5件、Enjinの田辺観光バスとクロスロード、クリーク・アンド・リバー社のプロフェッショナルメディアは株式譲渡と第三者割当増資を組み合わせた案件で、取得価額には増資分が含まれます
  • 神戸物産のタケモトフーズとオーディンフーズ(各1,000万円)は、民事再生のスポンサーとして増資を引き受けた額です
  • 決算短信の注記で後から開示された取得価額(Enjin、バルコス、ダイナミックマッププラットフォーム、cotta、ジェイドグループなど)も含めています
  • 数百億円規模の案件(ノーリツ鋼機→センクシア690億円など)も、国内の非上場企業を買った案件として含めています。中小企業の相場として見るときは、規模別の表で自社に近い行を見てください

母数が873件と限られていることも含めて、目安ではなく「実際にこういう金額が動いている」という材料として使ってください。自社の見立てが必要な方は、無料相談からお問い合わせください。決算書3期分があれば、どの倍率で見るべき会社かをお伝えできます。

監修

長谷川 桂介

長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役

経営者。1,800社の財務コンサル実績があるファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役。これまで4社を経営。経営者として投資や節税、資金調達、事業売却(M&A)など法人の財務に関する実務を経験してきた企業財政のエキスパート。

YouTube「社長の資産防衛チャンネル」(登録者25万人)と「社長のM&Aチャンネル」を運営。M&Aチャンネルでは、実際に会社を譲渡したオーナー経営者へのインタビューを継続して行っている。

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