買い手は何を見ているのか ― 「取得の理由」1,797件を読んだ

適時開示には必ず「取得の理由」という項目があります。買い手が株主や市場に向けて、なぜこの会社に金を払うのかを説明する文章です。
営業トークではありません。虚偽があれば問題になる、公式な説明です。
買い手名鑑に集めた1,797件分を読みました。
何が挙げられているか
本文に出てくる語を数えました。
| 挙げられているもの | 件数 |
|---|---|
| 顧客(取引先・顧客基盤) | 265件 |
| ノウハウ | 194件 |
| 技術 | 169件 |
| 人材 | 159件 |
| エリア・地域・商圏 | 181件 |
| 規模(スケールメリット) | 52件 |
| シナジー | 50件 |
| 販路 | 38件 |
上位に並ぶのは、どれも決算書に数字として出てこないものです。
売上や利益は「いくら払うか」の計算には使われますが、「なぜ買うか」の説明には、ほとんど出てきません。
1位は顧客基盤
265件で触れられています。
買い手の立場で考えると当然です。ゼロから営業して同じ取引先を開拓するには何年もかかります。買えば明日から取引がある。時間を買っているわけです。
名鑑で営業赤字の会社が繰り返し買われているのも、ここで説明がつきます。ブイ・テクノロジーが買ったNSKテクノロジーは営業損失4億7,900万円でしたが、売上は117億2,500万円。利益は立て直せても、117億円の取引関係は買わないと手に入りません。
売り手として示すべきは、取引先の数ではなく中身です。
- 何年続いている取引か
- 上位5社でどれくらいの比率か
- 社長個人のつながりか、会社としての関係か
最後がいちばん見られます。社長が辞めたら切れる取引は、買い手から見ると資産になりません。
2位はノウハウ、3位は技術
合わせると顧客に次ぐ数です。言い換えると「自分たちにはできないことができる」です。
GENDAがトーシンパックを買った開示には「これまで取り扱いの無かったIPへのアクセス」と書かれています。INTLOOPがクロスシステムサービスを買った理由は「金融領域のシステム開発体制の取り込み」。
狭くても、はっきり違うことができる会社が選ばれています。「何でもやります」は理由になりません。
4位は人材
159件。中小企業のM&Aでは、ここがかなり重い要素です。
有資格者、職人、特定の工程ができる人。採用市場で集められない人がいる会社は、それだけで理由になります。名鑑では警備、建設コンサルタント、調剤薬局、介護で繰り返し出てきます。
ということは、売却を進める過程で主要な人が抜けると、価格の前提が崩れます。従業員への伝え方の設計が、価格に直結する理由がここにあります(従業員にどう伝えるか)。
エリアも強い理由になる
エリア・地域・商圏を合わせて181件。
「中部及び関西地方での店舗網の拡大」「北関東での動物病院ネットワークの拡大」「九州地方において展開中の店舗との人的資源の共有」。こうした記述が並びます。
買い手が出ていきたい地域に拠点がある。それだけで価値になります。地方の会社だから不利、ということはありません。むしろその地域に拠点を持っていること自体が買う理由になっています。
「許認可」はほとんど書かれない
意外かもしれませんが、許認可という語が明示されたのは2件だけでした。
ただしこれは重要でないという意味ではありません。調剤薬局、介護、建設、警備、運送。許認可が前提の業種でそれだけ繰り返し買われているのは、わざわざ書くまでもないからです。
売り手が準備に使う方法
取得の理由を読むと、買い手が言語化したくなる材料が分かります。資料を作るときは、この順番で並べてください。
- 顧客基盤 … 継続年数、構成、属人性の有無
- 自社にしかできないこと … 工程、技術、ライセンス、ブランド
- 人 … 有資格者の人数と年齢構成、定着率
- 立地・エリア … 商圏、拠点、カバー範囲
売上と利益は、その後ろです。
ノンネームシートや企業概要書に何を書くかで、相手の反応が変わります(ノンネームシートの作り方、売り手の準備)。
まとめ
- 「取得の理由」1,797件で挙げられるのは、顧客265件・ノウハウ194件・技術169件・人材159件・エリア181件
- どれも決算書に出てこない
- 売上と利益は「いくら払うか」の計算に使われ、「なぜ買うか」には使われない
- 準備する資料も、この順番で並べる
自社の何が理由になるか整理したい方は、無料相談からお問い合わせください。
監修

長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役
経営者。1,800社の財務コンサル実績があるファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役。これまで4社を経営。経営者として投資や節税、資金調達、事業売却(M&A)など法人の財務に関する実務を経験してきた企業財政のエキスパート。
YouTube「社長の資産防衛チャンネル」(登録者25万人)と「社長のM&Aチャンネル」を運営。M&Aチャンネルでは、実際に会社を譲渡したオーナー経営者へのインタビューを継続して行っている。
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