取得価額が非開示でも金額が読める ― 開示文の309件から逆算する

上場企業が会社を買うと適時開示が出ますが、金額は書かれていないことのほうが多いものです。
買い手名鑑の1,797件のうち、取得価額が公表されたのは873件。残り924件は非開示です。
ただし、そのうち309件は金額の水準が読めます。開示文の書き方に手がかりが残っているためです。
なぜ手がかりが残るのか
上場企業には適時開示のルールがあり、取得価額が一定の基準を超えると開示義務が生じます。基準に満たない場合は「軽微基準の範囲内」として、任意での開示になります。
そのため、金額を伏せる会社ほど「なぜ開示義務がないのか」を説明します。その説明文が、金額の天井を教えてくれます。
取得価額につきましては、当社の直前事業年度の末日における連結純資産額の15%を下回る金額であり、当事者間の守秘義務契約に基づき、非開示とさせていただきます。
この一文があれば、その会社の連結純資産の15%が上限だと分かります。純資産は決算短信に出ているので、計算できます。
実際に読んでみる
上限が読める例
GENDA → カジ・コーポレーション(2025年10月) 開示文には「当社の直前事業年度の末日における純資産額の15%を上回る金額かつ連結純資産額の15%を下回る金額」とあります。GENDAの2025年1月期の連結純資産は356億3,800万円。その15%は約53億円なので、取得価額は53億円を下回ると読めます。
INTLOOP → コムテック(2025年9月) 「直前連結会計年度の連結純資産6,602百万円の5%未満」。つまり約3億3,000万円を下回る。
WOLVES HAND(動物病院) 全件が非開示ですが、毎回「純資産額の15%未満のため開示基準に非該当」と書かれています。当時の連結純資産27億1,500万円の15%=約4億円を下回る。
下限が読める例
逆に「上回る」と書かれていれば、下限が分かります。
GENDA → フクヤホールディングス(2023年12月) 「連結純資産額の15%を上回る金額」。この会社の案件ではこれだけが下限の読める取引で、いちばん大きな買い物だったと分かります。
INTLOOP → アンダーワークス(2026年8月) 「直前連結会計年度末の連結純資産の15%以上」。連結純資産66億200万円の15%=約9億9,000万円を上回る。
倍率そのものを公表することもある
金額を伏せながら、倍率だけ出す会社があります。
GENDA → フィリコ・ジャパン 「前期実績に基づく調整後EV/EBITDA倍率は3.9倍」と明記。金額も643百万円と開示されており、両方そろった珍しい例です。
GENDA → トーシンパック(2026年5月) 金額は非開示ですが、「今回の取得価額を前提とすると、シナジー効果を織り込まない対象会社単体の税引き後の調整後営業利益ベースでも、20%超のROICを確保できる水準」と書かれています。税引後利益の5倍程度で買ったことが読めます。
売り手としてどう使うか
1. 相手の上限を知ってから交渉に入る
候補の会社が過去に「純資産の15%未満」で買い続けているなら、その会社から出る金額にはおよその天井があります。自社の希望額がそれを超えているなら、最初から別の相手を探したほうが早い。
2. 相手の基準の作り方が分かる
DCF法と明記する会社、「外部の専門家による株式価値評価及び法務・財務に関する調査の結果等を合理的に勘案」と書く会社。繰り返し読むと、その会社がどう値段を作るかの癖が見えます。
3. 自分の案件が開示されるかどうかの目安になる
相手の連結純資産の15%が自社の想定譲渡額を超えていれば、金額が公表されない可能性が高いということです。「取引を公表されたくない」という希望がある場合、相手選びの材料になります。
注意点
基準は会社の規模で変わります。同じ5億円でも、純資産1,000億円の会社なら軽微、純資産20億円の会社なら開示対象です。金額の大小ではなく、相手の規模との比率で決まります。
「軽微だが任意で開示する」会社もあります。GENDAやWOLVES HANDは、義務がないのに開示を出しています。読者にとっては材料が増えてありがたい一方、出さない会社の取引は何も分からないということでもあります。
読み取れるのは範囲だけです。「53億円を下回る」は、5億円かもしれないし50億円かもしれません。範囲を絞る道具であって、金額を当てる道具ではありません。
まとめ
- 非開示は924件。ただし309件は水準が読める
- 「連結純資産の15%を下回る/上回る」が上限・下限の手がかり
- EV/EBITDA倍率やROICを自分から公表する会社もある
- 相手の天井を知ってから交渉に入ると、時間の使い方が変わる
候補の会社の過去の水準を調べたい方は、買い手名鑑の各社ページか、無料相談からお問い合わせください。
監修

長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役
経営者。1,800社の財務コンサル実績があるファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役。これまで4社を経営。経営者として投資や節税、資金調達、事業売却(M&A)など法人の財務に関する実務を経験してきた企業財政のエキスパート。
YouTube「社長の資産防衛チャンネル」(登録者25万人)と「社長のM&Aチャンネル」を運営。M&Aチャンネルでは、実際に会社を譲渡したオーナー経営者へのインタビューを継続して行っている。
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