【業種別】人材派遣・人材紹介会社のM&A売却相場

人材派遣・人材紹介は、売り手が増え、買い手も増えている業種です。
東京商工リサーチの集計では、労働者派遣業の倒産は2025年1〜11月で82件。通年では16年ぶりに90件台に乗る可能性があるとされました。帝国データバンクも同年1〜8月で前年同期比55%増と報告しています。人手不足で派遣する人が集まらず、社会保険料と賃金の上昇分を派遣料金に転嫁できない中小事業者から体力を失っています。
一方で、需要そのものは減りません。大手・中堅の派遣会社、人材紹介会社、異業種のIT・人材サービスが、登録者と取引先と許可をまとめて確保しようと動いています。業績が落ち切る前に動けば、条件が付きやすい業種です。
相場のレンジ
譲渡価格 = 時価純資産 + 正常営業利益(EBITDA) × 3〜5年分
派遣と紹介で、見方が変わります。
| 業態 | EBITDA倍率の目安 | 倍率を決める要素 |
|---|---|---|
| 人材派遣(一般労働者派遣) | 3〜5倍 | 稼働人数の安定性、取引先の分散、マージン率 |
| 人材紹介(有料職業紹介) | 4〜7倍 | 決定件数の再現性、コンサルタントの定着、返金の少なさ |
| 特定分野特化(IT・医療・建設など) | 上振れしやすい | 参入障壁と単価 |
人材紹介のほうが高い倍率がつきやすいのは、成果報酬型で固定費が軽く、利益率が高いためです。ただし、決定件数が特定のコンサルタント個人に依存していると、その人が辞めた瞬間に売上が消えます。買い手はそこを最初に見ます。
派遣は売上の見通しが立ちやすい反面、利益率が薄く、労務リスクを丸ごと引き受けることになるため、倍率は控えめになります(EBITDA倍率で見る自社の相場)。
許可の引き継ぎ ― 手法選択を決める論点
労働者派遣事業の許可も、有料職業紹介事業の許可も、法人に対して出されます。ここが手法選択に直結します。
株式譲渡なら、法人が存続するため許可はそのまま継続します。役員変更や派遣元責任者の変更は届出で済み、派遣契約も雇用契約も止まりません。人材業のM&Aで株式譲渡が選ばれやすい最大の理由です。
事業譲渡の場合は、許可は引き継げません。買い手が新規に許可を取り、派遣契約と派遣労働者の雇用契約を一件ずつ巻き直す必要があります。許可の審査には数ヶ月かかり、その間の空白は作れないため、日付を合わせる調整が必須です。
さらに、買い手側に資産要件が発生します。許可には、基準資産額が2,000万円×事業所数以上、かつ負債総額の7分の1以上、現金・預金が1,500万円×事業所数以上、という条件があります。買い手が新設法人で受ける場合は、この要件を満たすための資本を用意しなければなりません。買い手にとって「会社ごと買うほうが楽」なのは、許可だけでなく資産要件の面でも同じです(株式譲渡と事業譲渡の違い)。
なお、2026年10月1日施行の派遣法関連の改正では、資産要件そのものに変更はありません。改正の柱は待遇面で、後述します。
価格を押し上げる条件
稼働人数と登録者の質
派遣で最も価値が高いのは、いま稼働している人と、すぐ稼働できる登録者です。
見られるのは次の点です。
- 稼働中の派遣労働者数と、直近12ヶ月の推移
- 登録者数のうち、直近1年以内に連絡が取れる人の割合
- 平均稼働期間と、契約終了の理由(派遣先都合か、本人都合か)
- 無期雇用派遣の割合
登録者が3万人いても、動ける人が300人なら評価されるのは300人です。「連絡が取れて、次の案件を受ける意思がある人」が何人いるかを、売り手側が把握しているだけで交渉が速くなります。
取引先の構成
上位1社への依存度は必ず見られます。
- 30%未満:問題視されにくい
- 50%超:引き下げ要因
- 70%超:買い手が付きにくくなる
ただし派遣では、大手メーカーの工場や物流拠点との長期契約は、依存というより参入障壁として評価されることがあります。契約の継続年数と、派遣先の担当者との関係を説明できるようにしておいてください。
派遣料金の改定実績も見られます。2024年以降、社会保険料と最低賃金の上昇分を派遣先に転嫁できている会社とできていない会社で、利益率に明確な差が出ています。転嫁できている実績は、そのまま評価になります。
コンサルタント・営業の定着(紹介の場合)
人材紹介の価値は、決定件数を作る人にあります。
- コンサルタントの人数と平均勤続年数
- 上位3名の決定件数が全体に占める割合
- 求職者の集客経路(自社集客か、媒体依存か)
- 返金率(早期退職による手数料返還の頻度)
上位1名が決定の半分を作っている会社は、その人の退職リスクが価格に織り込まれます。
特定分野への特化
IT、医療・介護、建設、製造、外国人材など、採用が難しい分野に強い会社は倍率が上振れします。買い手が自前で作るのに時間がかかるためです。竹村優さんは物流ドライバーに特化した求人サイトで、地域と媒体を絞り込んだ戦略が評価されました(竹村優さん(プロベル)の体験談)。
引き下げる要因
未払残業代と社会保険の未加入。 人材業のデューデリジェンスで最も高い確率で指摘される項目です。派遣労働者の割増賃金計算、日雇い派遣の要件、社会保険の加入基準。派遣労働者が数百人いれば、1人あたりは小さくても総額は数千万円規模になります。買い手はこの部分を価格から引くか、表明保証で売り手に負わせます(SPAの条項)。
同一労働同一賃金への対応不備。 労使協定方式なら、協定の締結・更新と、同種業務の一般賃金水準との比較が毎年必要です。書類が揃っていないと、行政指導と派遣先からの契約打ち切りの両方につながります。
マージン率の未公開。 2021年4月以降、マージン率を含む情報のインターネット公開が原則義務です。公開していない会社は、法令遵守の姿勢そのものを疑われます。
派遣元責任者・キャリア形成支援の形骸化。 派遣元責任者講習の受講、キャリアコンサルティングの相談窓口、教育訓練計画は許可の要件です。名義だけで実態がないと、更新時に指摘されます。
許可の更新時期。 労働者派遣の許可は初回3年、以降5年ごとの更新です。更新直前の譲渡は、買い手が「更新できるのか」を疑います。資産要件を満たした状態で更新を済ませてから売るほうが、話は速い。
二重派遣・偽装請負。 契約書上は業務委託だが実態は派遣、という取引があれば、取引そのものが成立しません。
2026年10月の法改正 ― 売る前に整えておく
2026年10月1日から、派遣労働者の待遇改善に関する改正が施行されます。派遣元は、雇い入れ時と派遣時に「待遇について説明を求めることができる」旨を明示する義務を負い、待遇差の説明や関連書式も改められます。
買い手から見ると、これは「改正対応が済んでいるか」というチェック項目が1つ増えるということです。施行前に売却する場合でも、対応の準備状況は必ず聞かれます。就業規則、労使協定、明示書式を改正後の形に揃えてあれば、それだけで「運営が丁寧な会社」という印象になります。
売る前にできること
- 労務の総点検(半年〜1年)。割増賃金、社会保険加入、日雇い派遣の要件。最優先です。指摘が消えれば、価格交渉の材料が一つ消えます
- 登録者データの整理(1〜3ヶ月)。稼働中、直近1年以内に連絡可能、休眠、の3段階に分ける。動ける人数を示せるようにする
- 派遣料金の改定交渉(半年〜1年)。利益率が上がれば、そのまま価格に効きます
- 許可の更新と資産要件の確認。更新を済ませ、基準資産額と現預金が要件を満たしていることを決算書で示せる状態にする
- 同一労働同一賃金・マージン率公開の整備(3ヶ月)。2026年10月改正への対応も含めて書類を揃える
- 紹介の場合、決定件数の分散(1〜2年)。上位1名への依存を下げる。時間はかかりますが、最も評価される
いまが局面として悪くない
業界再編が進んでいる時期は、買い手が積極的に動きます。大手・中堅が、登録者と取引先と許可をまとめて確保しようとしている局面です。有料職業紹介の手数料収入は過去最高を更新しており、紹介事業への参入意欲も高い。
ただしこの波は永続しません。そして、稼働人数が減ってから動いても、条件は良くなりません(会社売却のタイミング)。
一戸健人さんは、フルリモートの人材紹介を立ち上げた後、北海道の派遣会社を事業承継案件として買収しています。創業者が70歳という会社でした。後継者不在の派遣会社を、若い経営者が引き継ぐという流れは、この業種で現実に起きています(一戸健人さんの体験談)。
自社の位置を知りたい方は、無料相談からお問い合わせください。決算書3期分に加えて、稼働人数の月次推移、取引先別の売上、許可の更新時期が分かれば、精度の高い見立てをお伝えできます。
監修

長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役
経営者。1,800社の財務コンサル実績があるファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役。これまで4社を経営。経営者として投資や節税、資金調達、事業売却(M&A)など法人の財務に関する実務を経験してきた企業財政のエキスパート。
YouTube「社長の資産防衛チャンネル」(登録者25万人)と「社長のM&Aチャンネル」を運営。M&Aチャンネルでは、実際に会社を譲渡したオーナー経営者へのインタビューを継続して行っている。
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