【業種別】介護事業(訪問・通所・施設)のM&A売却相場

介護事業のM&Aは、「売り手が増え、買い手も増えている」という珍しい局面にあります。
東京商工リサーチの調べでは、2025年の介護事業者の倒産は176件で2年連続の過去最多。休廃業・解散は653件で4年連続の最多更新です。とくに訪問介護は倒産91件と突出しています。2024年度の報酬改定で訪問介護の基本報酬が引き下げられ、人手不足で採用費が膨らみ、利用者はいるのに人がいなくて受けられない。小規模事業者ほど体力を削られています。
一方で、需要そのものは減りません。大手介護、医療法人、不動産や人材などの異業種が、事業所と職員をまとめて確保しようと動いています。業績が落ち切る前に動けば、条件は付きやすい業種です。
相場のレンジ
譲渡価格 = 時価純資産 + 正常営業利益(EBITDA) × 2〜5年分
中小の介護事業ではEBITDA倍率でおおむね3〜5倍が目安です。介護報酬は国保連から2ヶ月後に確実に入金されるため、売上の読みやすさは高く評価されます。ただし報酬単価は国が決めるので、自社の努力で単価を上げられないという制約が、倍率の上限を作っています(EBITDA倍率で見る自社の相場)。
業態によって見方が変わります。
| 業態 | 評価の軸 | 傾向 |
|---|---|---|
| 訪問介護 | ヘルパーの人数・年齢、サービス提供責任者 | 人が価値。設備はほぼ不要で、人材が揃っていれば倍率は上振れ |
| 通所介護(デイ) | 稼働率、定員、送迎体制 | 稼働率が7割を切ると評価が急落 |
| 有料老人ホーム・サ高住 | 入居率、不動産の所有か賃借か | 不動産を持つなら純資産部分が大きい。賃借なら賃料と契約残存年数 |
| グループホーム | 入居率、夜間体制、管理者 | 定員が小さく、1〜2人の欠員で採算が崩れる |
訪問介護は、いま最も「売れる」と「売れない」の差が大きい業態です。人が確保できている事業所は買い手が並びます。人が足りず訪問件数を減らしている事業所は、譲渡価格がほぼ純資産だけになります。
指定の引き継ぎ ― 手法選択を決める論点
介護保険の事業者指定は、事業所ごとに法人に対して出されます。ここが手法選択に直結します。
株式譲渡なら、法人が存続するため指定はそのまま継続します。運営規程の変更届や役員変更届は要りますが、事業は止まりません。介護事業のM&Aで株式譲渡が選ばれやすい最大の理由です。
事業譲渡の場合は、指定は引き継げません。売り手が廃止届を出し、買い手が新規に指定申請をする手続きを並行して進めます。自治体の審査を含めて2〜3ヶ月はかかり、指定の切れ目ができると利用者に対する報酬が請求できなくなるため、日付を合わせる調整が必須です。加算の算定も一度リセットされます。
ただし事業譲渡には事業所単位で切り出せるという利点があります。3つのデイのうち採算の良い1つだけを売る、訪問介護だけを残して施設を売る、といった設計はこの手法でしかできません(株式譲渡と事業譲渡の違い)。
社会福祉法人・NPO法人には株式がありません。この場合は株式譲渡という選択肢自体がなく、事業譲渡か合併になります。会社形態でない事業者の方は、この前提から話が変わります。
価格を押し上げる条件
職員の確保状況
介護事業で最も価値が高いのは、いまや利用者ではなく職員です。利用者は待っていますが、職員は待っていません。
見られるのは次の点です。
- 常勤換算の人数と人員基準に対する余裕(基準ぎりぎりか、余力があるか)
- 有資格者の内訳(介護福祉士、ケアマネ、看護職)
- 平均勤続年数と直近1年の離職率
- 管理者・サービス提供責任者・計画作成担当者が社長以外にいるか
- 直近の採用実績と、採用にかけた費用
管理者が社長本人しかいない事業所は、そのままでは売れません。引き継ぎに時間がかかるか、価格が下がるか、どちらかになります。
稼働率・入居率
通所は稼働率、施設系は入居率が第一の指標です。直近12ヶ月の月別推移を求められます。
- 施設系:入居率90%以上で安定評価。80%を切ると引き下げ要因
- 通所:定員に対する稼働率と、曜日ごとの偏り
待機者リストがあるなら、それは強い材料です。数と待機期間を示せるようにしておいてください。
加算の取得状況
処遇改善加算は2024年6月に一本化され、2026年度の臨時改定でさらに拡充されました(訪問介護では最大28.7%)。上位区分を取れているかどうかで、同じ利用者数でも売上が変わります。
特定事業所加算、サービス提供体制強化加算、科学的介護推進体制加算(LIFE)など、取れる加算を取り切っているかは、買い手から見ると「伸ばせる余地」と「運営の丁寧さ」の両方の指標です。
紹介元との関係
居宅介護支援事業所(ケアマネ)、病院の退院調整部門、地域包括支援センターとの関係が、利用者の流入を決めます。紹介元が特定の1つに集中していないか、社長個人の人脈に依存していないかが見られます。
引き下げる要因
介護報酬の返還リスク。 介護事業のデューデリジェンスで最も重視される項目です。人員基準を一時的に割っていた期間の減算漏れ、加算の算定要件の不備、記録の欠落。運営指導で指摘されれば、過去にさかのぼって返還を求められ、金額が数千万円に及ぶこともあります。買い手はこの部分を価格から引くか、表明保証で売り手に負わせます(SPAの条項)。
未払残業代。 夜勤の休憩時間の扱い、移動時間の賃金、研修時間。訪問介護では訪問と訪問の間の移動時間が労働時間として扱われているかが定番の論点です。
人員基準の欠員。 基準ぎりぎりで運営している事業所は、1人辞めれば減算、2人辞めれば指定取消のリスクが出ます。
建物の老朽化と法令適合。 施設系ではスプリンクラー、非常用電源、耐震の状況。不適合があれば改修費が価格から引かれます。
指定の更新時期。 指定は6年ごとの更新です。更新直前の譲渡は、買い手が「更新できるのか」を疑います。更新を済ませてから売るほうが話は速い。
行政処分歴。 指定の効力停止や取消歴があれば、取引そのものが成立しにくくなります。
売る前にできること
- 記録と加算要件の総点検(3〜6ヶ月)。運営指導が来ても指摘が出ない状態にする。最優先です。返還リスクが消えれば、価格交渉の材料が一つ消えます
- 管理者・サ責の育成(1〜2年)。社長以外に事業所を回せる人がいる状態にする。時間はかかりますが、最も評価される
- 処遇改善加算の上位区分取得(半年)。要件を満たしているのに下位区分のままの事業所は少なくありません
- 労務の適正化(半年)。移動時間・休憩時間の扱いを見直す
- 職員名簿と資格・勤続年数の一覧化(1ヶ月)。資料が整っているだけで交渉が速い
- 指定の更新を済ませてから売る。更新時期と売却時期を逆算する
2027年度改定を待つべきか
2027年度は、介護報酬改定と介護保険法改正が同時に来ます。議論はすでに始まっており、年明けの2027年1月頃に改定案が答申される見込みです。処遇改善は続く方向ですが、給付抑制の方針も同時に示されています。
「改定で単価が上がってから売る」という判断は、たいてい裏目に出ます。単価が上がれば買い手の見る利益も増えますが、その分は買い手も織り込んで待ちます。一方で職員の高齢化と離職は待ってくれません。人が揃っているうちに動くほうが、条件は良くなります(会社売却のタイミング)。
自社の位置を知りたい方は、無料相談からお問い合わせください。決算書3期分に加えて、職員名簿(資格・勤続年数)、月別の稼働率か入居率、加算の取得状況が分かれば、精度の高い見立てをお伝えできます。
監修

長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役
経営者。1,800社の財務コンサル実績があるファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役。これまで4社を経営。経営者として投資や節税、資金調達、事業売却(M&A)など法人の財務に関する実務を経験してきた企業財政のエキスパート。
YouTube「社長の資産防衛チャンネル」(登録者25万人)と「社長のM&Aチャンネル」を運営。M&Aチャンネルでは、実際に会社を譲渡したオーナー経営者へのインタビューを継続して行っている。
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