【業種別】美容室・エステサロンのM&A売却相場

美容室・サロンのM&Aは、「潰れる店が増えているのに、店の数は増えている」という業種です。
東京商工リサーチの集計では、2025年の美容業の倒産は120件で、過去20年で最多でした。その9割超が負債1億円未満、9割超が資本金1,000万円未満。つまり、倒れているのはほぼ小規模事業者です。エステ・脱毛サロンも2026年1〜4月で35件と過去最多ペースが続いています。
一方、厚生労働省の衛生行政報告例によると、美容所の数は2024年度末で27万7,752施設。前年度から3,682施設増えています。店は増え続けながら、既存の店が倒れている。新規出店の競合と、人手不足と、材料費の上昇が同時に効いている状態です。
この構図が、買い手を動かしています。新しく出店して人を採るより、回っている店を人ごと買うほうが速い。サロンチェーン、同業の中堅、美容ディーラー、異業種のサービス業が買い手に入っています。
相場のレンジ
譲渡価格 = 時価純資産 + 正常営業利益(EBITDA) × 2〜4年分
美容室の倍率は2〜4倍が中心で、業種としては低めです。理由は単純で、価値の大半がスタイリスト個人に付いているからです。買った翌月にトップスタイリストが辞めれば、売上の3割が消えることもあります。買い手はそのリスクを倍率で調整します(EBITDA倍率で見る自社の相場)。
規模と業態で見方が変わります。
| 業態 | 倍率の目安 | 価格を決める要素 |
|---|---|---|
| 個人店・1店舗(美容室) | 純資産+α、数百万円規模 | 立地、内装の残存価値、スタイリストが残るか |
| 複数店舗の美容室 | 2〜4倍 | 店長の育成体制、店舗ごとの採算、本部機能の有無 |
| 低価格・カット特化 | 2〜3倍 | 立地と回転数。属人性が低く再現しやすい |
| エステ・脱毛 | 1〜3倍 | 前受金の残高、機器のリース残、解約リスク |
| まつエク・ネイル | 2〜3倍 | 指名客の比率、施術者の定着 |
1店舗の個人サロンは、株式の譲渡ではなく「居抜きに近い事業譲渡」になることが多い業態です。内装・設備・顧客リスト・スタッフを引き継ぐ形で、価格は数百万円規模に収まります。これは安く買い叩かれているのではなく、買い手から見て「新規出店との比較」で値段が決まるためです。内装工事とシャンプー台で1,000万円かかる出店に対し、すでに客が付いた店がいくらなら買うか、という計算です。
倍率が上がるのは、社長がいなくても回っている複数店舗です。店長が育っていて、数字が店舗別に出ていて、採用の導線がある。この3つが揃うと、買い手は「仕組みを買える」と判断します。
美容所の届出 ― 2023年12月から手続きが変わった
美容所は、開設者が保健所に届け出て確認を受けた施設です。この地位をどう引き継ぐかが、手法選択に直結します。
株式譲渡なら、法人が存続するため美容所の地位はそのまま継続します。開設者が変わらないので、営業は1日も止まりません。
事業譲渡の場合、以前は買い手が新規に開設届を出し直す必要がありました。2023年(令和5年)12月13日以降、事業譲渡の契約があれば「開設者の地位の承継届」で引き継げるようになっています。相続や法人の合併・分割も同様です。提出は承継後「遅滞なく」で、事業譲渡なら譲渡証明書、法人なら登記事項証明書などを添えます。
この改正は、小規模サロンの譲渡にとって実務上かなり大きい変更です。以前は検査や届出のやり直しで営業を止める日が出ることがありました。ただし手続きの細部は保健所ごとに運用が違います。譲渡日を決める前に、管轄の保健所に確認してください(株式譲渡と事業譲渡の違い)。
なお、美容師が2人以上従事する施設には管理美容師を置く必要があります。管理美容師は講習の修了者でなければならず、その人が譲渡後に残らないなら、買い手側で代わりを用意しなければ営業できません。「誰が管理美容師か」は、譲渡交渉の初期に必ず出る質問です。
価格を押し上げる条件
スタイリストが残るか
この業種の評価は、ここが8割です。
買い手が見るのは次の点です。
- スタイリストの人数と平均勤続年数
- 各スタイリストの売上と、上位1名が全体に占める割合
- 社長自身が売上を作っている場合、その金額(これは譲渡後に消える前提で見られます)
- 直近2年の入退社の履歴
- 給与体系(歩合の割合、指名手当の設計)
上位1名で売上の4割を作っている店は、その1名が辞める前提で価格が計算されます。逆に、誰か1人が抜けても2割以上は減らない体制になっていれば、それだけで倍率が違います。
社長がプレーヤーとして売上の中心にいる店は、この点が最大の論点になります。社長の売上を抜いた後の数字が、実質的な評価対象です。譲渡を考え始めたら、まず自分の担当客を計画的に他のスタイリストへ移すこと。これが最も効く準備です。
顧客データが残っているか
予約システムに顧客の来店履歴、担当者、メニュー、単価が蓄積されていれば、買い手はそのまま集客に使えます。
- 再来率(3ヶ月以内、6ヶ月以内)
- 客単価と、その推移
- 新規の流入経路(ホットペッパー、Instagram、紹介、通りがかり)
- クーポン依存度
新規の大半がクーポン経由で、再来率が低い店は評価が下がります。集客コストを払い続けないと売上が維持できない構造だからです。逆に、指名とリピートで回っている店は、広告費を削れる分だけ買い手の利益が増えます。
物件の条件
店舗ビジネスなので、賃貸借契約が価格に直結します。
- 残存期間と更新条件
- 譲渡・名義変更に貸主の承諾が要るか(ほぼ要ります)
- 賃料の水準(近隣相場と比べて高すぎないか)
- 原状回復の範囲と敷金の額
事業譲渡では、貸主の承諾が下りなければ取引そのものが成立しません。株式譲渡でも、賃貸借契約に「経営権の移動を承諾事項とする」条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)が入っていることがあります。契約書を先に確認しておいてください。
複数店舗と本部機能
2店舗以上あるなら、店舗別の損益が出ているかどうかで話が変わります。全社の数字しかない会社は、買い手が「どの店が稼いでいるのか分からない」状態から交渉に入ります。採算の良い店だけを買いたい、という提案が出ることもあります。
引き下げる要因
社長への依存。 社長の指名売上が全体の3割を超えていると、その分は評価から外れます。この業種で最も多い減額理由です。
未払残業代と社会保険。 美容室のデューデリジェンスで最も高い確率で指摘される項目です。練習時間を労働時間としていない、みなし残業の設計が不十分、社会保険に加入していないスタッフがいる、業務委託契約にしているが実態は雇用。スタッフ10人規模でも、2年分を遡ると数百万円になります。買い手は価格から引くか、表明保証で売り手に負わせます(SPAの条項)。
業務委託(面貸し)の実態。 「業務委託スタイリスト」として契約していても、勤務時間やメニューを指定していれば労働者と判断されるリスクがあります。ここが崩れると、社会保険と残業代が一気に発生します。
エステの前受金。 回数券やコース契約の未消化分は、買い手にとって現金を伴わない債務です。10万円のコースを前払いで受けていれば、買い手は入金なしで施術する義務を引き継ぎます。前受金の残高は、そのまま譲渡価格から引かれると考えてください。残高の集計ができていない会社は、それだけで交渉が止まります。
信販会社を通した高額契約。 脱毛やエステで信販会社の立替払いを使っている場合、契約の引き継ぎには信販会社の同意が要ります。倒産事例が相次いだ影響で、審査は厳しくなっています。
機器のリース残。 脱毛機や美容機器のリースは、残債と譲渡の可否をリース会社に確認しなければなりません。中途解約に違約金がかかる契約もあります。
オーナーの個人的な支出。 車、保険、家族への給与。これらは正常収益力を出す際に調整されますが、帳簿と実態が食い違っていると、買い手は全体の数字を疑い始めます(買い手が見つからない会社の特徴)。
売る前にできること
- 社長の担当客を移す(6ヶ月〜1年)。最優先です。社長が抜けても売上が維持できる形にできれば、価格が変わります
- 労務の整理(3〜6ヶ月)。練習時間の扱い、みなし残業、社会保険加入、業務委託の契約実態。指摘が消えれば減額材料が一つ減ります
- 店舗別・スタイリスト別の数字を出す(1〜2ヶ月)。予約システムから出せることが多い。買い手が最初に求める資料です
- 前受金の残高を集計する(エステ・回数券がある場合)。金額が分からないと交渉が進みません
- 賃貸借契約とリース契約を確認する。譲渡の承諾条項、残存期間、違約金
- 管理美容師の体制を確認する。社長本人しか該当者がいないなら、他のスタッフに講習を受けてもらう
売り時について
この業種は、売上が落ち始めてからでは条件が良くなりません。スタイリストが1人抜けると売上が落ち、落ちると残ったスタッフの給与が上げられず、また抜ける。この循環に入ってから相談に来られる方が多いのですが、買い手はその途中経過を数字で見ます。
いま倒産が増えているのは、その循環を抜けられなかった店です。一方で買い手は、人が揃っていて回っている店を探し続けています。人が揃っているうちに動くほうが、選べる相手も条件も増えます(会社売却のタイミング)。
店舗ビジネスの譲渡という点では、飲食・小売業の売却相場も構造が近いので、あわせてご覧ください。
自社の位置を知りたい方は、無料相談からお問い合わせください。決算書3期分に加えて、スタイリスト別の売上、店舗別の損益、賃貸借契約の残存期間が分かれば、精度の高い見立てをお伝えできます。
監修

長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役
経営者。1,800社の財務コンサル実績があるファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役。これまで4社を経営。経営者として投資や節税、資金調達、事業売却(M&A)など法人の財務に関する実務を経験してきた企業財政のエキスパート。
YouTube「社長の資産防衛チャンネル」(登録者25万人)と「社長のM&Aチャンネル」を運営。M&Aチャンネルでは、実際に会社を譲渡したオーナー経営者へのインタビューを継続して行っている。
- YouTube社長のM&Aチャンネル
- YouTube社長の資産防衛チャンネル