両手仲介の利益相反問題 ― 売り手が知っておくべき構造

日本の中小M&Aで主流なのは「仲介」です。売り手と買い手の間に立ち、双方から手数料を受け取る形態を指します。
これ自体が悪いわけではありません。仲介があるからこそ、中小企業のM&Aが半年から1年で成立します。問題は、この形態に構造的な利益相反が組み込まれていることです。
担当者の誠実さの問題ではありません。仕組みの問題です。
利益相反の構造
売り手 ────┐
├── 仲介会社 ← 双方から手数料
買い手 ────┘
売り手が求めるのは「できるだけ高く」。買い手が求めるのは「できるだけ安く」。この2つは正面から対立します。
その両方から報酬を受け取る立場は、どちらの利益も最大化できません。弁護士が原告と被告の両方の代理人になれないのと同じ理屈です。
3つの偏り
1. 「まとめること」に動機が働く
仲介会社の報酬は、成約したときに発生します。成約しなければゼロです。
そのため、売り手が「もう少し高く」と粘るより、双方が飲める価格で早くまとめるほうが確実になります。売り手にとっての最善(もっと高く売る)と、仲介にとっての最善(確実に成約させる)がずれる。
2. 買い手のほうが重要な顧客になりやすい
ここが最も見落とされる点です。
売り手は一生に一度の取引ですが、買い手は繰り返し案件を持ち込みます。M&Aを成長戦略にしている買い手企業は、年に何件も検討します。仲介会社にとって、継続的に手数料をもたらす存在です。
一方、売り手は今回限りです。次はありません。
どちらとの関係を大事にするか。構造が答えを出しています。
具体的には、こういう形で現れます。
- 買い手が求める条件(事業譲渡への変更、価格の引き下げ、表明保証の範囲拡大)を、売り手に飲ませる方向で調整される
- 買い手候補が、その仲介会社が抱える「顧客」に偏る。より高く買う可能性のある会社に打診されない
- デューデリジェンスで出た指摘を、そのまま減額材料として受け入れるよう促される
3. 買い手候補が広がらない
譲渡価格を最も押し上げるのは、買い手が複数いることです。しかし仲介会社は、自社が付き合いのある買い手に打診するのが基本になります。
同業以外、他地域、投資会社。そうした候補まで広く探すかどうかは、仲介会社の姿勢次第です。
ガイドラインでどう扱われているか
この問題は当局も認識しています。
2024年8月の中小M&Aガイドライン第3版では、相手方から受け取る手数料の開示が求められるようになりました。買い手側からいくら受け取っているかが分かれば、その仲介会社がどちらを向いているかを判断する材料になります。
また、仲介として双方から報酬を受け取る場合、その構造を説明することが求められます。
さらに中小企業庁は2026年3月に「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」を公表し、利益相反への対応を含む市場改革を進めています。「中小M&A資格試験」の実施事業者を選ぶ企画競争公募も同月に開始され、行動規範・倫理が試験科目に含まれています。
制度の方向は、透明化と専門職化に向かっています。
売り手が身を守る方法
1. 買い手側の手数料水準を聞く
17項目開示に含まれる項目です。「買い手側からいくら受け取りますか」と直接聞いてください。
答えを渋る、曖昧にする。そういう反応があれば、その時点で判断材料になります。
2. 打診先リストを毎回確認する
どこに打診するのか、リストを見せてもらってください。
- 同業以外の候補が含まれているか
- 特定の買い手に偏っていないか
- 除外したい先(競合、取引先)が入っていないか
追加の打診があるたびに確認するのが理想です。
3. 複数社を比較してから契約する
1社目で決めないでください。最低2〜3社から話を聞くと、想定価格も買い手候補の数もまったく違うことが分かります。
同じ会社に対する評価が、社によって倍近く違うことは珍しくありません。
4. 規模が大きければFAを検討する
FA(ファイナンシャル・アドバイザー)は、売り手か買い手の一方だけと契約します。利益相反がなく、依頼者の利益最大化が仕事です。
費用は仲介と同等かそれ以上で、交渉期間も長くなりがちです。譲渡額が3億円を超えるあたりから、費用に見合うようになります(M&A仲介・FA・マッチングサイトの違い)。
5. セカンドオピニオンを取る
事業承継・引継ぎ支援センターは各都道府県にある公的機関で、相談は無料です。営業目的がないため、中立的な意見が聞けます(事業承継・引継ぎ支援センターの使いどころ)。
提示された価格や条件が妥当かどうか、第三者に確認するだけでも判断の質が上がります。
6. 最終契約では自分側の弁護士を立てる
仲介会社は売り手の代理人ではありません。表明保証や補償条項の交渉は、自分側の専門家が必要です(最終契約(SPA)の重要条項)。
仲介が悪いわけではない
誤解のないように書いておきます。仲介を使うべきでない、という話ではありません。
中小M&Aで買い手を効率的に見つけられるのは、仲介のネットワークがあるからです。FAを使えば費用が上がり、期間も延びます。多くの中小企業にとって、仲介は現実的な選択肢です。
必要なのは、構造を知ったうえで使うことです。
「担当者がいい人だから任せておけば大丈夫」ではなく、買い手側の手数料を聞き、打診先を確認し、複数社を比較する。この3つをやるかどうかで、結果が変わります。
契約前の条件が妥当か判断したい方は、無料相談からお問い合わせください。
監修

長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役
経営者。1,800社の財務コンサル実績があるファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役。これまで4社を経営。経営者として投資や節税、資金調達、事業売却(M&A)など法人の財務に関する実務を経験してきた企業財政のエキスパート。
YouTube「社長の資産防衛チャンネル」(登録者25万人)と「社長のM&Aチャンネル」を運営。M&Aチャンネルでは、実際に会社を譲渡したオーナー経営者へのインタビューを継続して行っている。
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