DCF法・類似会社比較法をオーナー社長向けに噛み砕く

企業価値評価の教科書を開くと、まずDCF法と類似会社比較法が出てきます。理論的にはこの2つが主役です。
ところが中小M&Aの現場では、どちらも主役になりません。理由を理解しておくと、提示された価格の意味が読めるようになります。
DCF法 ― 将来のキャッシュを今の価値に割り戻す
DCF(Discounted Cash Flow)法は、その事業が将来生み出すキャッシュを、現在の価値に割り引いて合計する方法です。
考え方
1年後にもらえる100万円は、今もらう100万円より価値が低い。運用できる期間が違うからです。この「時間による目減り」を割引率で調整します。
事業価値 = 各年のフリーキャッシュフロー ÷ (1 + 割引率)^年数 の合計 + 継続価値
実務では、5年程度の事業計画を作り、それ以降は一定成長が続くと仮定した「継続価値」を足します。そこから有利子負債を引き、現預金を足して株式価値を出します。
なぜ中小M&Aで使われにくいのか
理由1:事業計画の精度が担保できない。5年先のキャッシュフローを積み上げる必要がありますが、中小企業でその精度の計画を作っている会社は多くありません。作ったとしても、根拠が「社長の見込み」であれば、買い手は信用しません。
理由2:前提を少し動かすと結論が大きく変わる。割引率を1%変えるだけで、価値が10%以上動くことがあります。成長率の仮定も同様です。交渉の場では、この不安定さが致命的です。売り手は高い前提を、買い手は低い前提を使い、議論が噛み合わなくなります。
理由3:社長が納得しにくい。「なぜその数字なのか」を腹に落としにくい。M&Aは売り手にとって一生に一度の取引であり、納得できない価格には判を押せません。
それでも知っておくべき理由
買い手が上場企業やファンドの場合、社内の投資判断でDCF法を使っています。表に出す価格は年買法で説明されても、内部では「この価格で買って何年で回収できるか」を計算している。
つまり買い手の上限価格はDCFで決まっていることがあるということです。交渉で「これ以上は出せない」と言われたときの、その根拠がここにあります。
類似会社比較法 ― 上場企業の株価から逆算する
マルチプル法とも呼ばれます。同業の上場企業が市場でどう評価されているかを、自社に当てはめる方法です。
考え方
- 事業内容が似ている上場企業を数社選ぶ
- その企業のEV/EBITDA倍率などを計算する
- 自社のEBITDAに、その倍率を掛ける
- 非上場ディスカウントを適用する
非上場ディスカウントが効く
ここが重要です。上場企業の株式はいつでも市場で売れますが、非上場株式は簡単に換金できません。この流動性の差を反映して、30%程度の割引が適用されるのが一般的です(水準はケースによります)。
さらに中小企業では、規模の小ささ、社長依存、顧客の集中といった要素で追加の調整が入ります。「上場企業の倍率が8倍だから自社も8倍」とはなりません。
使いどころ
自社単体の数字だけを見ていると、業種の相場観がつかめません。類似会社比較法は、「この業種はいま市場でどう評価されているか」を知るのに役立ちます。
ただし中小企業の場合、規模が違いすぎて比較対象として適切な上場企業が見つからないことも多い。実務では、EBITDA倍率の業種別レンジを参考にするほうが現実的です。
3つの方法をどう使い分けるか
| 方法 | 何を根拠にするか | 中小M&Aでの位置づけ |
|---|---|---|
| 年買法 | 今ある財産+将来利益の数年分 | 主役。交渉の共通言語 |
| DCF法 | 将来のキャッシュフロー | 買い手の内部判断。売り手は検証に使う |
| 類似会社比較法 | 市場での評価 | 業種の相場観をつかむ |
実務的には、年買法で価格を組み立て、他の2つで「外れていないか」を検証するのが現実的です。3つの数字が近ければ、提示価格の妥当性は高い。
大きく乖離する場合は理由があります。純資産が厚い会社では年買法が高く出ますし、成長性が高い会社ではDCF法が高く出ます。その差がどこから来ているのかを説明できる仲介会社かどうかは、選定の判断材料になります。
DCF法を提示されたときの検証ポイント
買い手からDCF法での評価を示されたら、次を確認してください。
1. 事業計画は誰が作ったか。買い手が保守的に作った計画なら、当然低く出ます。自社の見込みと突き合わせてください。
2. 割引率は何%か、その根拠は。中小企業では10〜20%程度が使われることが多いですが、幅があります。高い割引率を置けば価値は下がります。
3. 継続価値の成長率は。永久成長率を0%とするか1%とするかで、結果が大きく変わります。
4. どの年の数字を起点にしたか。一過性の要因で落ち込んだ年を起点にしていないか。
この4つを説明できない相手の数字は、根拠がない可能性があります。
社長が実際にやるべきこと
理論を理解する必要はありません。必要なのは次の2つです。
自社の年買法での価格を把握しておく。時価純資産と正常営業利益が分かれば計算できます(年買法とは)。
提示された価格の算定根拠を、必ず書面で求める。方法が何であれ、内訳が説明できない価格は交渉の土台になりません。
自社の企業価値を複数の方法で試算したい方は、無料相談からお問い合わせください。決算書3期分があれば計算できます。具体的な税務・会計の判断は、顧問税理士とあわせてご検討ください。
監修

黒瀧 泰介税理士法人グランサーズ 共同代表
青森県弘前市出身。早稲田大学商学部卒業。監査法人トーマツにて会計監査に従事したのち、税理士法人山田&パートナーズで相続コンサルティングや組織再編コンサルティングなど、法人・個人を問わず幅広い税務コンサルティング業務に携わる。
2015年に税理士法人グランサーズを開設。スタートアップからIPO準備支援まで、あらゆる成長段階の企業をサポートし、税務会計顧問にとどまらない「経営を強くするコンサルティング」で中小企業経営者から信頼を得ている。
YouTube「社長の資産防衛チャンネル」に税理士として出演し、オーナー経営者向けの税務・資産防衛について解説している。
- YouTube社長の資産防衛チャンネル