【業種別】IT・システム開発会社のM&A売却相場

監修 長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役公開 2026年8月15日
【業種別】IT・システム開発会社のM&A売却相場

IT・システム開発会社のM&Aは、他業種と評価の構造が根本的に違います。工場も設備もないため、時価純資産がほとんどないからです。

つまり譲渡価格のほぼ全額が「のれん」、すなわち将来生み出す利益に対する評価になります。だからこそ、利益の質が価格を大きく分けます。

相場のレンジ

EBITDA倍率で見るとおおむね4〜8倍と、製造業や建設業より高めのレンジになります。設備投資が軽く、利益率が高く、成長余地が見込まれるためです。

ただしレンジの幅が最も広い業種でもあります。同じ年商5億円のIT企業でも、受託開発中心の会社と、継続課金のサービスを持つ会社では、倍率が倍近く違うことがあります。

倍率を分ける最大の要素|ビジネスモデル

モデル 倍率の傾向 理由
SaaS・自社サービス(継続課金) 最も高い 収益が積み上がり、解約率で将来が読める
保守・運用の継続契約 高め ストック収益として評価される
受託開発(継続的な取引先あり) 標準 案件は取れるが、都度受注
受託開発(単発中心) 低め 来期の売上が読めない
SES・人材派遣型 最も低い 技術者の稼働がそのまま売上。労働集約的

「来期以降の売上がどれだけ読めるか」が、そのまま倍率に反映されます。

SaaSを持つ会社では、EBITDA倍率ではなくARR(年間経常収益)の倍率で評価されることもあります。この場合、赤字でも成長率が高ければ価格が付くことがあり、評価の考え方自体が変わります。

技術者が価値そのもの

IT企業のデューデリジェンスで、買い手が最も時間をかけるのが人です。

見られること

  • 技術者の人数と、スキルの構成
  • 正社員と業務委託・フリーランスの比率
  • 平均勤続年数と離職率
  • 主要メンバーの残留意思
  • 採用力(どれだけのコストで何人採れているか)

業務委託の比率が高いと、評価は下がります。契約が切れれば人がいなくなるためです。逆に正社員の技術者が定着している会社は、採用難のいま、それ自体が大きな価値になります。

キーマンの残留は、最終契約の前提条件になることがあります。CTOや主要エンジニアが辞めると言えば、取引そのものが止まる。だからこそ、誰に、いつ伝えるかの設計が他業種以上に重要です(従業員への開示タイミングと伝え方)。

知的財産の権利帰属 ― 最も危険な論点

IT企業のM&Aで、最も破談につながりやすいのがここです。

確認すべきこと

  • 受託開発したソースコードの著作権は、契約上どちらに帰属しているか
  • 自社サービスのコードを、業務委託の技術者が書いていないか。その場合、著作権が受託者に残っている可能性がある
  • OSSのライセンス条件を遵守しているか(GPL系のコードを商用製品に組み込んでいないか)
  • 生成AIで出力したコードの取り扱いを社内で決めているか
  • 従業員の職務発明規程はあるか

業務委託契約に著作権譲渡の条項が入っていないケースは、実際によくあります。この状態だと、買い手は「自社サービスなのに権利が自社にない」会社を買うことになります。

売却を検討するなら、まず契約書を全部確認してください。遡って権利譲渡の覚書を交わす必要が出ることもあり、時間がかかります。

顧客の集中度

受託中心の会社では、上位1社への依存が高くなりがちです。とくに元請けのSIerから継続的に案件を受けている構造では、上位1社で70%を超えることも珍しくありません。

この場合、買い手から見れば「その1社との関係が切れたら終わる会社」です。倍率は大きく下がります。

一方で、その元請けとの関係が長く、技術的に代替が効かないことを説明できれば、扱いが変わります。取引の質を数字と事実で示せるかどうかです。

その他の評価ポイント

押し上げるもの

  • 特定業界に特化した業務知識(医療、金融、物流など)
  • 自社プロダクトを持っている
  • 開発プロセスが整備され、属人化していない
  • ドキュメントが整っている(引き継ぎコストが低い)
  • 単価が高い(技術力の裏付けとして見られる)

引き下げるもの

  • 未払残業代。みなし残業の設定が実態と合っていないケースが多い業種です
  • レガシーな技術スタックに依存している
  • 特定の技術者しか触れないシステムがある
  • 偽装請負のリスク(客先常駐の指揮命令系統)
  • 情報セキュリティ体制の不備、インシデントの履歴

売る前にできること

  1. 契約書の総点検(3〜6ヶ月)。著作権の帰属、業務委託契約、OSSライセンス。最優先です
  2. 労務の適正化(半年〜1年)。勤怠管理とみなし残業の見直し
  3. 継続収益の比率を上げる(1〜2年)。保守契約、サブスクリプション。倍率に最も効きます
  4. 属人化の解消(1〜2年)。ドキュメント整備、コードレビュー体制
  5. 顧客の分散(2〜3年)。時間はかかるが、評価への影響が大きい

自社の位置を知る

IT企業は、決算書だけでは価格が出ません。技術者の構成、契約形態、収益の継続性、権利関係。これらを聞かずに価格を提示してくる担当者は、その価値を買い手にも説明できません。

無料相談では、決算書3期分に加えて、技術者の構成と主要契約の内容が分かれば、より精度の高い見立てをお伝えできます。

監修

長谷川 桂介

長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役

経営者。1,800社の財務コンサル実績があるファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役。これまで4社を経営。経営者として投資や節税、資金調達、事業売却(M&A)など法人の財務に関する実務を経験してきた企業財政のエキスパート。

YouTube「社長の資産防衛チャンネル」(登録者25万人)と「社長のM&Aチャンネル」を運営。M&Aチャンネルでは、実際に会社を譲渡したオーナー経営者へのインタビューを継続して行っている。

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