【業種別】製造業のM&A売却相場と評価されるポイント

監修 長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役公開 2026年8月15日
【業種別】製造業のM&A売却相場と評価されるポイント

製造業のM&Aは、決算書の数字と実態の差が最も出やすい業種です。設備の簿価と時価が大きく離れ、在庫の評価に幅があり、技術が人に紐づいている。

この記事では、製造業の売却で実際に何が見られるのかを整理します。

相場のレンジ

算定の出発点は他業種と同じです。

譲渡価格 = 時価純資産 + 正常営業利益 × 3〜5年分

EBITDA倍率で見るとおおむね3〜6倍のレンジに入ることが多い業種です。設備投資が重いためEBITDA(営業利益+減価償却費)と営業利益の差が大きく、EBITDA倍率で見たほうが実態に近くなります(EBITDA倍率で見る自社の相場)。

実際にいくらで売れているか ― 開示103件

ここまでは一般的な算定の話です。ここからは、上場企業が実際に製造業の会社を買ったときに、いくら払ったかを見てください。

買い手名鑑に入っている上場企業91社が、製造業で223件の買収を公表しています。うち取得価額が開示されたのは103件。その中で営業利益の倍率まで計算できた74件の中央値は8.1倍でした。取得価額の中央値は5億7,000万円です。

実際の倍率は「3〜5年分」の目安よりばらつきます。設備投資が重く営業利益が薄く出る業種なので、営業利益だけを基準にすると倍率が大きく振れるためです。自社の利益率が低い場合は、売上や時価純資産との比で見てください。

売上の小さい順に並べています。自社に近い規模の行を見てください。

時期 買い手 対象会社 取得価額 対象の売上 営業利益 営業利益の倍率
2022年12月 ゼネテック 株式会社TOPWELL 5億4,700万円 1億8,600万円 900万円 60.8倍
2026年06月 ポエック マルコ電機技術株式会社 5億5,370万円 2億1,084万円 4,006万円 13.8倍
2023年12月 高島 株式会社ファミール 500万円 2億3,000万円 1,500万円 0.3倍
2019年06月 ヒビノ 株式会社サンオー 4,500万円 2億4,600万円 2,500万円 1.8倍
2019年10月 ポエック 協立電機工業株式会社 2億5,000万円 2億6,176万円 6,909万円 3.6倍
2026年02月 ヴィッツ 株式会社アグコントロールシステム 5億3,000万円 2億6,800万円 5,400万円 9.8倍
2023年11月 東京通信グループ 株式会社テトラクローマ 5億3,300万円 3億1,900万円 1億9,300万円 2.8倍
2022年12月 ファーマフーズ 株式会社アンテグラルのバイオサイエンス事 1億3,500万円 3億4,000万円 2,300万円 5.9倍
2013年11月 トレンダーズ 株式会社H&BC 3,000万円 4億3,832万円 2,224万円 1.3倍
2024年03月 東陽テクニカ 株式会社エル・テール 3億3,000万円 5億2,000万円 9,700万円 3.4倍
2026年03月 南陽 アプリオリ株式会社 11億2,000万円 5億4,700万円 3,400万円 32.9倍
2016年08月 ギグワークス ヒューマンウェア株式会社 4億6,400万円 5億5,500万円 1億円 4.6倍

数字はすべて買い手が公表した適時開示から転記したものです。各社の取引の詳細と出典は、買い手の名前をクリックすると見られます。

この業種を買っている上場企業

買い手 市場 この業種での買収
三井松島HD 東証プライム 11件
技術承継機構 東証グロース 10件
イチネンHD 東証プライム 9件
日創グループ 東証スタンダード・福証 8件
三洋貿易 東証プライム 6件
RIZAPグループ 札証アンビシャス 6件
ワイエイシイHD 東証プライム 6件
ブイ・テクノロジー 東証プライム 6件
日本創発グループ 東証スタンダード 5件
ランドビジネス 東証スタンダード 5件
ポエック 東証スタンダード 5件
高島 東証プライム 4件
ノーリツ鋼機 東証プライム 4件
セレンディップHD 東証グロース 4件
SPK 東証プライム 4件

同じ業種を何件も買っている会社は、次も買う可能性が高い相手です。

時価純資産で調整が入るところ

製造業は、ここで価格が数千万円単位で動きます。

機械設備。 簿価と時価の乖離が最も大きい項目です。減価償却が進んで簿価1円になっている機械が、実際にはまだ十分に稼働することもあれば、簿価が残っているのに市場価値がほぼゼロのこともあります。汎用機は中古市場で値が付き、特注機はほぼ値が付きません。

在庫。 原材料、仕掛品、製品。とくに仕掛品の評価と、滞留在庫の有無が見られます。「いつか使う」材料が数年分積まれていると、その分は評価されません。

土地・建物。 工場用地の含み損益。市街化調整区域や、用途が限られる立地は流動性が低く評価されます。

土壌汚染のリスク。 古い工場では調査を求められることがあります。判明すると対策費が価格から引かれるため、心当たりがあるなら先に把握しておくほうが有利です。

退職給付引当の不足と未払残業代。 勤続の長い従業員が多い業種なので、金額が大きくなりがちです。

価格を押し上げる条件

技術者の年齢構成

製造業で最も見られる非財務項目です。熟練工の技能に依存している会社で、その人たちが60代後半なら、買い手は「あと数年で技能が失われる」と判断します。

評価されるのは次のような状態です。

  • 30〜50代の技術者が育っている
  • 技能が手順書、加工条件、検査基準として文書化されている
  • 若手の採用と定着ができている

技能の文書化は、売却前に着手できる数少ない打ち手です。

取引先の構成

売上に占める上位1社の比率は必ず見られます。系列や下請け構造の中にいる会社では、上位1社で50%を超えることが珍しくありません。

  • 30%未満:問題視されにくい
  • 50%超:引き下げ要因
  • 70%超:買い手が付きにくくなる

ただし製造業では、その1社との取引が数十年続いていて、技術的に代替が効かないなら、依存というより参入障壁として評価されることもあります。取引の質を説明できるかどうかで、扱いが変わります。

図面と知的財産の帰属

見落とされやすい論点です。

  • 図面の権利は自社にあるか、発注元にあるか
  • 治具、金型の所有権は誰にあるか
  • 設計データを外注先に預けたままになっていないか

発注元に権利がある図面ばかりなら、その事業の自立性は低いと見られます。

認証と許認可

  • ISO9001、IATF16949などの品質マネジメント認証
  • 業種によっては、防衛、航空、医療機器などの特殊な認定
  • 化学物質、産業廃棄物、消防関連の許認可

買い手が自前で取得するのに年単位かかるものは、そのまま価格になります。

設備の更新時期

直近で大型の設備投資が必要な状態だと、その投資額が価格から差し引かれる方向に働きます。逆に主要設備を更新したばかりの会社は、その分が評価されます。

引き下げる要因

  • 社長が技術の要になっている(設計も見積も社長がやっている)
  • 原価計算ができておらず、製品別の採算が不明
  • 特定の熟練工1人に依存する工程がある
  • 老朽設備の更新が先送りされている
  • 労災の履歴、安全管理体制の不備
  • 外国人技能実習生に依存し、その体制に不安がある

売る前にできること

効果が出るまでの時間順に並べます。

  1. 技能の文書化(1〜3年)。加工条件、段取り、検査基準を手順書にする。人が抜けても回る形にする
  2. 原価管理の整備(1〜2年)。製品別・取引先別の採算を出せるようにする。これがないと買い手は保守的に見積もります
  3. 取引先の分散(2〜3年)。比率が下がる方向に動いている実績があれば、それ自体が評価される
  4. 在庫の整理(半年〜1年)。滞留在庫を処分し、時価純資産を実態に近づける
  5. 労務の適正化(半年〜1年)。勤怠管理と残業代。デューデリジェンスで最も指摘されやすい領域です

自社の位置を知る

製造業は、工場を見ないと価格が出ない業種です。設備の状態、レイアウト、5S、作業者の年齢構成。決算書だけを見て価格を提示してくる担当者は、その価値を買い手にも説明できません。

無料相談では、決算書3期分に加えて設備一覧と主要取引先の構成が分かれば、より精度の高い見立てをお伝えできます。売却を決めていない段階でのご相談で構いません。

監修

長谷川 桂介

長谷川 桂介ファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役

経営者。1,800社の財務コンサル実績があるファミリーコンサルティング株式会社 代表取締役。これまで4社を経営。経営者として投資や節税、資金調達、事業売却(M&A)など法人の財務に関する実務を経験してきた企業財政のエキスパート。

YouTube「社長の資産防衛チャンネル」(登録者25万人)と「社長のM&Aチャンネル」を運営。M&Aチャンネルでは、実際に会社を譲渡したオーナー経営者へのインタビューを継続して行っている。

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